名古屋大学(名大)は、帝人との共同研究により、炭素繊維が微生物を集めて水を浄化するメカニズムを解明したと発表した。
成果は、名大工学研究科 生物機能工学分野の堀克敏教授らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、米国化学会の専門誌「Environmental Science & Technology」オンライン版に掲載された。
1994年に群馬高専の小島氏らが、炭素繊維(画像1)は微生物や汚泥を含む水中の微小粒子を付着させ、「バイオフィルム」を形成させる能力が高いこと、付着した微生物やバイオフィルムの働きにより高い水質浄化効果を発揮すること、さらにそれらが魚類などの水中生物のエサとなると共に、炭素繊維そのものが水中生物の棲み家となることを発見している。
以来、日本各地の湖沼や池、沿岸の水質浄化や人工藻場に炭素繊維が適用され、国内250カ所以上にてその実証が進められており(画像2~4)、最近では、中国蘇州やフィリピンのマニラでも実証試験が行われている。
しかし、炭素繊維が微生物や汚泥を付着させるメカニズムは明らかになっておらず、炭素繊維の水質浄化効果は科学的に立証されたものではなかった。そのため、炭素繊維が超音波を発し、それに微生物が引き寄せられるといった説まで出たが、科学の理論に基づくものではなかった。
堀教授は、微生物の付着やバイオフィルムについての専門家で、国の最先端・次世代研究を担う若手研究者として、国の大型研究プロジェクトにも採択されている。4年ほど前に専門家の立場から炭素繊維への微生物の付着メカニズムの解明に乗り出し、炭素繊維の主要製造企業の1つである帝人との共同研究として、今回、その解明を行った。
堀教授らは、複数種類の微生物の繊維への付着速度を、炭素繊維とほかの合成繊維(ポリアミド繊維、アクリル繊維、ポリエチレン繊維)と比較して、炭素繊維への付着速度が速いことをまず確認した。次いで、各微生物細胞の表面の電位と各繊維の表面の電位を測定し、水中で微生物細胞も繊維も負の電気を帯びている(負電荷を持っている)ことを確認した。
ただし、炭素繊維は負電荷がほかの繊維に比べて少ないことも判明した。また、すべての物質には分子間力と呼ばれる互いに引き合う相互作用が働くが、水中では微生物と炭素繊維間に働くこの相互作用が、微生物とほかの繊維との間に働く相互作用より強いという特性もあることから、堀教授らは、微生物細胞および各繊維の表面電位、ならびにこれらの相互作用を算出し、微生物が各繊維に付着する際に生じるエネルギーを計算した。その結果、炭素繊維以外の繊維と微生物が付着する際にはエネルギーの障壁が存在するが、炭素繊維に微生物が付着する際には、このエネルギーの障壁が存在しないことが明らかとなったのである。
微生物がほかの繊維に付着するにはエネルギーの障壁を越えねばならず、時間がかかってしまう。しかし、炭素繊維に対しては、越えねばならないエネルギー障壁がないため、微生物は素早く、容易に付着することができるというわけだ。
炭素繊維への微生物の付着メカニズムが明らかとなり、その水質浄化能力が科学的に立証されたことで、炭素繊維の水浄化への利用が進むだろうと堀教授らは述べている。また、研究では、窒素汚染を除去する働きを持つ硝化細菌と呼ばれる微生物も、炭素繊維によく付着することが明らかとなった。これらの特性から、炭素繊維を利用した廃水処理システムの開発に繋がる可能性も期待されるという。
さらに、メカニズムに基づいて炭素繊維と同じような特徴を持つ繊維を設計することが可能であり、今後、炭素繊維と同等以上の微生物付着能力を有する水質浄化用繊維の開発も促進されるだろうと、堀教授らはコメントしている。