横浜市立大学(横浜市大)は、SUELレクチンドメインを有す魚卵レクチンが、悪性リンパ腫の一種であるバーキットリンパ腫の細胞膜に存在するグロボトリオース糖鎖と結合すると、がん細胞が抗がん剤を排出させる時に働く多剤耐性トランスポーターMRP1の遺伝子発現が抑制され、通常の1/10の低濃度の抗がん剤で細胞死が起きることを見出したと発表した。

同成果は同大客員研究員で現長崎国際大学薬学部 専任助教の藤井佑樹博士と大学院生命ナノシステム科学研究教授で元文科省学術調査官 大関泰裕氏(糖鎖生物学)、東北薬科大学分子生体膜研究所助教 菅原栄紀博士、同 仁田一雄所長、同大 高柳元明 学長(医学博士・内科学)、パシフィックノースウェスト糖尿病研究所部長で米国アカデミー会員の箱守仙一郎博士(糖鎖腫瘍学)、および横浜市大 教授 安光英太郎氏(分子生物学)、同准教授ロバート・カナリー氏(環境毒性学)らによるもので、2012年6月25日付けで、文科省共同利用・共同研究拠点事業JAMBIOの「研究トピックス」およびカナダの医学情報Webサイト「Global Medical Discovery」に掲載された。

レクチンは生物に広く存在する糖鎖結合性タンパク質の総称で、特徴的なアミノ酸配列(一次構造)を持ち、糖鎖と結合して細胞増殖や自然免疫などの働きが報告されている。大関博士は1991年に、ウニ未受精卵からガラクトシド結合性レクチンSUELの一次構造を決定し、従来のタンパク質とまったく類似性がない、新規な構造を報告していた。

「SUEL型レクチンドメイン」(IPR000922)は最初の構造決定以来20年を経て、ヒトやマウス脳の神経毒受容体、魚類卵レクチン、植物の糖分解酵素などの多くのタンパク質や遺伝子に見出され、2012年時点でゲノムデータベースに登録されている数は1000種類以上にのぼっている。また、「糖鎖」は遺伝子やタンパク質に次ぐ第三の生命鎖と呼ばれ、細胞表面や血清、粘液中の糖タンパク質や糖脂質に存在し、がん化した細胞やiPS細胞で糖の配列、鎖の長さや枝分かれ数などの構造が変化することから、医学的に重要な分子となっている。

タンパク質中に3回のSUEL型レクチンドメインの繰り返し配列を持つナマズ卵レクチンSALは、今回の共同研究者である細野雅祐博士が発見し、O157細菌が分泌するベロ毒素の受容体としても知られるグロボトリオース(Gb3:Galα1-4Galβ1-4Glc)糖鎖への結合が証明されているが、今回の研究では細胞膜にGb3が発現しているヒトのバーキットリンパ腫Raji細胞にSALを加えると細胞が縮小したことから、レクチンの処理による膜タンパク質の消失が示唆された。

細胞膜にGb3が発現しているヒトのバーキットリンパ腫Raji細胞にSALを加えると細胞が縮小した

この結果に基づき、定量的PCR、FACS、siRNAによる解析を行った結果、SALが細胞上のGb3に結合した後に、抗がん剤を投与すると、がん細胞が薬物を排除して生き残るために働く多剤耐性トランスポーターMRP1タンパク質とそのmRNAが、レクチンの添加量と時間に依存して消失することが判明したほか、SALの添加でMRP1が消失したバーキットリンパ腫細胞に、ビンクリスチンなどの抗がん剤を加えると、薬剤を単独で加えた時の致死量に比べ、1/10量の濃度で細胞死が起き、SUEL型レクチンとGb3糖鎖の結合による低侵襲治療研究への可能性が見出された。

SUEL型レクチンの概要

多剤耐性トランスポーターの制御は、がん化学療法分野で重要視されており、近年、糖鎖と多剤耐性トランスポーターの関連性も明らかになってきている。そうした背景から研究グループは、SUEL型レクチンが直接薬になるものではないものの、同レクチンを用いて糖鎖と糖鎖認識の観点から多剤耐性分子の発現調節の研究が進めば、将来、Gb3糖鎖結合抗体の作成や、糖鎖識別のできる化学分子の合成などから、創薬への可能性が期待されるとコメントしている。