COMPUTEX TAIPEI 2012で、トピックとなっているWindows RT。関連してQualcomm社にも動きがあった。3GやLTEなどのモバイルネットワーク用のチップセットを開発するQualcomm社の現在の主力デバイスが、Snapdragonシリーズ。同シリーズは、独自開発したARM互換のプロセッサを搭載するのが特徴だ。現在の製品は、Kraitコアを搭載したSnapdragon S4シリーズだ。
スマートフォンには、ARM系のプロセッサが使われることがほとんどであるが、多くは、ARM社の設計したコアのライセンスを受け、これに携帯電話やスマートフォンに必要な周辺回路などを付加してSoC(System On Chip)デバイスを開発する。現在の最新アーキテクチャはARMv7で、これに対応したコアとしては、Cortex-A9などがあり、次の設計であるCortex-A15の投入もそろそろと言われている。
これに対してQualcomm社は、ARMv7のアーキテクチャのライセンスのみを受け、コアの設計を独自に行う。最初のコアはScopionと呼ばれ、現在はその後継となるKraitコアになっている。
Kraitコアでは、クワッドコアまでのマルチコアに対応しており、幅広い製品レンジに対応できる。今回、Qualcomm社は、このS4を4つのクラスに分けてユーザーに提示するようにした。それは以下のようなものだ。
- S4 Prime
- S4 Pro
- S4 Plus
- S4 Play
このうちS4 Primeが最も上位となるが、非モバイル分野向けで、ケーブルTVなどのセットトップボックスなどで利用するプロセッサだ。
S4 Proは、モバイル向けであるが、最も高い性能を持ち、スマートフォン、タブレットだけでなく、クラムシェル型などの「Computing Device」でも利用するもの。
S4 Plusは、スマートフォン、タブレット向けの製品。S4 Playは、モバイル向けで、SNSやメール、メディア共有といった目的で利用する。
モバイル向けで3つのクラスがあるが、現状のハイエンドモバイル分野は、S4 Proでカバーする。実際、Windows 8向けに使われるS4プロセッサは、S4 Plusなのだという。つまり、S4 Proは、それ以上の性能が必要な分野向けなのだと想像される。このため、バッテリなども大きなものが必要となり、クラムシェル型などの大きな筐体となるのではないかと想像される。
また、Qualcomm社は、2G時代から携帯電話のチップセットを手がけており、幅広い製品を持つ。現状でも、ARM11の低コストなプロセッサから、Kraitのクアッドコアまでの製品がある。また、2Gや、3G、4G(HSPAとLTE)に対応可能な無線デバイス技術があるため、その組み合わせも幅広い。通常の2G+3Gから4Gまでのバリエーションをプロセッサと組み合わせることができるわけだ。
その中で、現在の主力製品がSnapdragon S4シリーズだ。S4は、4世代目のSnapdragonで、第一世代は2008年に出荷されている。これははじめて1GHzを超えた、モバイル機器のアプリケーションプロセッサであり、ARMプロセッサとしてもはじめて1GHzを超えた製品だ。
現在のスマートフォン、タブレット市場は、ハイエンド分野での競争が激しいだけでなく、普及を期待して、低価格のチップセットも登場している。これらは、必要な回路の大半を1チップとし、液晶は2~3インチ程度と小さいものの、100~150ドル程度の製品価格を可能にするものだ。昨年ぐらいまでは、Androidの2.2(Froyo)、2.3(Gingerbread)がターゲットだったが、今年ぐらいからはAndroid 4.0(ICS、Ice Cream Sandwitch)がターゲットとなる。
Qualcommは、基本的にハイエンドの製品を投入し、そこから下のクラスへと製品範囲をのばしていく戦略をとる。半導体は製造を続けることで、製造コストをだんだんと下げていくことが可能であるため、投入時としばらくたってからでは、同じ性能の同じ製品であっても、コストが大きく下がってくるからだ。
低価格な製品クラスに対しては、S4でも同様の戦略をとるようだ。今回のクラス分けでは、S4 Playが一番低コストな範囲をカバーするが、これをだんだんと下方向へ広げていくのであろう。同社には過去の製品もあるため、今すぐカバーできない領域には、こうした前世代の製品を使う方法がある。実際、市場には、ARM11クラスのコアを内蔵したQualcomm社のプロセッサを採用する低価格な製品が出ている。
また、今年、Qualcomm社が大きく期待するのは、Windows RTにより、PC市場へと参入すことだろう。これまで、ARM系のプロセッサは、スマートフォンやタブレット市場向けであり、PC市場では周辺機器などの組み込み用としてしか利用されていなかった。
スマートフォン市場は、携帯電話の事業者という大きなプレーヤーがいて、PCとはまた違った市場構造になっている。しかし、Windows 8、Windows RTは、その垣根を越える可能性がある。
1つは、ARMプロセッサ向けのWindows RTで、もともとスマートフォンなどに使われていたことから、3G、4Gの通信技術との組み合わせで実績があり、消費電力を低く保ったまま、長時間動作が可能になる。このため、Windowsでありながら、事業者が扱う可能性も高くなるし、Windows自体もスマートフォンクラスへの拡大を期待できる。
また、Qualcomm社のSnapdragonは、マイクロソフトのWindows Phoneの標準プロセッサとしても採用されていた。Windows Phoneでは、ハードウェア設計、ソフトウェア開発の期間を短縮するため、多くのハードウェアコンポーネントを指定した形で当初開発が進んでいた。一定仕様のプラットフォームとすることで、ハードウェア設計とソフトウェア開発を平行して行うことができ、また、ソフトウェア開発時に複数のバリエーションを作らずに済む。
利用可能なARMプロセッサベンダーは複数あったが、結果的にWindows Phoneで選択されたのはQualcommだった。こうした背景もあり、QualcommとMicrosoftは接近しつつあるというのが業界の観測だ。
1月のCES基調講演に登場したQualcomm社のCEOも、Windows 8(RT)のデモを行うなど、Windows RTでは、先行しているアピールを行う。実際には、他のARMベンダーも、PCメーカーなどと組んでWindows RT搭載マシンの開発を進めており、4社程度がWindows RTマシンを最初に出荷できる見込みだという。
Qualcomm社が独自コアを開発した背景には、消費電力の問題があったからだという。ARM社の設計では、製造プロセスや部分的な改良では、電力効率の改善に限界があり、そのためには独自でプロセッサを開発する必要があったのだという。もちろん、ARM社のプロセッサの消費電力が大きいということではなく、同じ設計を使う限り、改善できる範囲が限られるということだ。特にQualcomm社は自社で工場を持っているわけではないため、製造はファウンダリーに依頼するしかない。となると、同じ設計、同じファウンダリーを使う他社と電力効率という点では大きな差がつけられないわけだ。
同社では、プレス向けの説明会で、他社プロセッサとの発熱の違いを見せるビデオを公開した。これは、動作中のスマートフォンの上にバターを置いて、どれだけ溶けるのかを見せるもの。消費された電力は最後には熱となるため、バターがよく溶けるということは消費電力も大きいと考えられる。また、スマートフォンなどのモバイルデバイスは匡体が小さく、放熱も容易ではない。ましてや冷却ファンなども使えない。そうなると、発熱の問題は、PC以上に大きな問題となる。最近では、防水といった仕様もあり、そうなると、空気の循環もなくなるため、放熱はかなり大きな問題となる。
Snapdragonでは、各コアの電源電圧、クロックを独立して設定できるために、各コアの最適な状態とすることが可能で、そのために電力効率が高くなるというものだ。