東京大学所属の国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(カブリIPMU)と物性研究所(物性研)は4月2日、未発見の素粒子「アクシオン」の予想される振る舞いと最近物性の分野で注目されている「トポロジカル絶縁体」の類似性に着目した共同研究を行い、「アクシオン場」が強い電場の下で示す新たな「相転移」についての予言を行った。

発表を行ったのは、カブリIPMU主任研究員兼米カリフォルニア工科大教授の大栗博司氏と、物性研の押川正毅教授。研究の詳細な内容は、4月11日付けで「Physical Review Letters」オンライン版に掲載される予定である。なお、数物連携宇宙研究機構(IPMU)は2012年4月より米国カブリ財団の寄附による基金設立を受けたことで、カブリIPMUと名称が変更されている。

大栗氏はアクシオンの新たな検出方法として、磁場の代わりに強い電場をかけた時のアクシオン場の応答を用いる方法を検討していたが、期待されるアクシオンの質量や電磁場との相互作用を用いて計算をすると、検出に必要な電場が大きすぎて、現在の観測技術ではこの方法を適用するのは難しいという結論に至っていた。しかし、物性研の押川教授との交流により、研究に転機が生じたのである(両組織の連携は今回が初のケース)。

なおアクシオンとは、素粒子のクォーク同士を結びつける「強い力」を記述する「量子色力学」において、「CP対称性」が保たれていることを自然に説明するために提唱された素粒子のことだ。宇宙物理における「見えない」物質、暗黒物質(ダークマター)の正体の候補として有力視されている素粒子である。

これまで、暗黒物質として空間に漂っているアクシオンに強い磁場をかけて電磁波に変換して検出する方法、ゲルマニウム検出器の結晶構造によってアクシオンを光子に変換して検出する方法、強磁場中に大出力レーザーを通してアクシオンを発生させて検出する方法など、さまざまなアイデアに基づく探索が行われてきたが、いずれの方法でも現時点では未発見である。

最近、物性の分野で注目されているのが、トポロジカル絶縁体に磁気を持つイオンを添加(ドーピング)した場合、素粒子で考えられているアクシオン場と共通する振る舞いが現れることだ。

トポロジカル絶縁体とは、従来の物質とは大きく異なる新しい種類の固体物質で、内部は絶縁体なのに対し、周辺部(2次元体ならば端、3次元体ならば表面)は金属状態が生じているという物質である。位相幾何(トポロジー)を物質の電子状態の解析に取り入れることで2005年に提唱され、2007年に実験で確かめられたという経緯を持つ。

トポロジカル絶縁体の周辺部の伝導電子は、従来の物質中の電子よりも格段に動きやすい上に不純物に邪魔されにくいという性質を持っており、この性質を利用した次世代の超低消費電力デバイス(スピントロニクス)や超高速の量子コンピュータなどへの応用が期待されている。

そこで、大栗氏と押川教授とで詳細に検討した結果、強い電場のもとではアクシオン場が相転移を起こし、外部から加えた電場を遮蔽するという新しい現象が理論的に導かれたというわけだ。

しかも、自然によってパラメータが決定されているはずの素粒子のアクシオンとは異なり、物性物理の実験では不純物のドーピングを調節するなどの方法でパラメータを調整することができる点も大きな特徴である。

特に、ドーピングを調節することでアクシオンの有効質量を小さくすれば、今回見出した現象の観測の可能性が高くなるというわけだ。ちなみに、トポロジカル絶縁体に限らず通常の絶縁体でも、物質中の磁化と電荷の結合によっては同様の現象が生じる。

なお、相転移とは、通常、物質の性質(例えば密度)は温度の変化とともになめらかに変化するが、特定の温度で性質が急激に変化することがあり、このことを物質が固体と液体など異なる状態(相)の間を移り変わることを指す。相転移は、温度の変化に限らず、圧力などさまざま物理量を変化させることによっても起こるという特徴を有する。

相転移の概念は物性の研究から生まれたものだが、現在では素粒子や宇宙の研究にも応用されているのが今日だ。「真空」は何もない空間であるというよりも、多くの原子からなる物質のような性質を持ち、相転移を起こすと考えられるようになっているのである。

なお、今回の理論を素粒子実験によって検証できるかについての展望は必ずしも明らかではないという。また、カブリIPMU長の村山斉氏によれば、アクシオン発見はまだ時間がかかりそうだというが、今回の理論によって今後のアクシオン研究に弾みがつくとしている。