科学技術振興機構(JST)は産学連携事業の一環として、大学・公的研究機関などの研究成果をもとにした起業のための研究開発を推進している。

平成21年度より京都大学に委託した研究開発課題「新規γ-グルタミルトランスペプチダーゼ(GGT)阻害剤によって引き起こされる細胞内コラーゲン産生の応用」(開発代表者:京都大学 化学研究所 平竹潤 教授)では、新しいコンセプトに基づく画期的なアンチエイジング化粧品(原料)の創製を目指して研究開発に取り組んできた。この成果をもとに、「株式会社ナールスコーポレーション」が設立された。

平竹教授は以前、アミノ酸(グルタミン酸)の誘導体として設計・合成した化合物「ナールスゲン(GGsTop)」に強力なγ-グルタミルトランスペプチダーゼ(GGT)の阻害作用を見いだし、選択的にGGsTopを作り出すことに成功。

今回、平竹教授は、大阪市立大学大学院 生活科学研究科の小島明子 准教授や湯浅勲 名誉教授らとの共同研究により、GGsTopには、強力なGGT阻害活性とともに、皮膚線維芽細胞によるコラーゲンやエラスチン(コラーゲンとともに、皮膚のつや・張りを保つ重要なたんぱく質)の産生を促進する特性があることを発見した。

さらに、共同研究開発パートナーのドクターシーラボにおける、人に対するモニタリングテストでも"保湿効果や肌弾力の向上とともに、適度なシワ改善効果"の発現が見いだされ、新しいタイプの"アンチエイジング化粧品(原料)"となり得ることが実証された。また、安全性の面でも、化粧品として必要な所定の試験を完全にクリアし、商品名「ナールスゲン」として製造・販売することを決定した。

今後の事業展開として、関連部門との連携・協業によりコスト面および製剤面での改良を図り、今後5年間で1億7000万円の売上げを目指し、世界市場にも深く浸透させていく。さらに、薬用化粧品として展開するために、医薬部外品の許認可取得を目指し、これらの技術、情報蓄積により、医療への道も開いていく予定。

そのために、大学など公的機関を含め、関連分野との連携、協業を推し進め、人々の「健やかな快い生活」に貢献することを目指すと言う。

日本の化粧品の総売上げ(約1兆4000億円)や大手化粧品会社の売上高は、この数年、停滞あるいは下降気味ながら、アンチエイジング化粧品市場だけは堅実な成長を続けている。その背景には、消費者の商品選択動機が単なる有名ブランド指向ではなく、好ましい効能を実感できる、"自分の肌に合う"実質適合型化粧品選びへと移行しつつあり、それに伴い、異業種(医薬品、食品、業界など)からの参入が著しいことが挙げられる。さらに、安全・安心と価格に加え、化粧品の効果が科学的に証明され(evidence-based cosmetics)、納得できる商品であるか否かを評価する機運も高まっている。

そのため、科学的な根拠に基づき、安心して使える化粧品(原料を含む)が創製できる大学発ベンチャーは時代の流れに沿ったものであり、確固たる科学的裏付けを持つ大学発の知的財産をアンチエイジング化粧品(原料)分野に展開し、その製造・販売会社設立を目指したと言う。

図1 皮膚の構造とコラーゲン。真皮の線維芽細胞がコラーゲンやエラスチンを作り出し、皮膚を内側から支える堅い線維や柔軟な線維を形成して、皮膚の張りやツヤを維持。線維芽細胞の働きが衰えると、コラーゲンやエラスチンの量が減少し、肌の弾力性が低下する結果、肌のタルミやシワが増加する

皮膚の張りやつや、弾力を保つために重要な線維状たんぱく質のコラーゲンやエラスチンは、皮膚真皮にあるヒト皮膚線維芽細胞によって作られる(図1)。GGsTopの作用は、その線維芽細胞に働きかけ、コラーゲンの生合成を約2~3倍に促進させる(表1)。

表1 GGsTop(ナールスゲン)によるコラーゲン産生亢進とビタミンCの作用。GGsTop(ナールスゲン)は、健康な肌の維持に必要なビタミンCの1/10以下の濃度で、皮膚細胞のコラーゲン産生を約2倍に増強させ、さらに、ビタミンCとの相加効果も見られた。すなわち、ビタミンCとの併用により、さらに高いコラーゲン産生亢進が期待される

その効果は、肌に良いと言われるビタミンCの16倍にも上る。また、ビタミンCとの相加効果も見られ、GGsTopがビタミンCとの併用により、さらに高いコラーゲン産生亢進作用を示すことが実証された(表1)。

しかも、ある一定量(約3倍)以上のコラーゲンを産生することはなく、適度な量のコラーゲン増大にとどまることは、コラーゲン産生が細胞自身のコントロール下にあることを示す。

図2 エラスチンの産生促進効果。エラスチンは、堅いコラーゲン繊維(膠原繊維)を支える役割を担う柔軟な線維(弾性線維)で、肌の弾力を維持する非常に重要なたんぱく質。皮膚や血管に多く含まれ、年齢とともに減少しシワの原因となる

それに加え、これまで注目度が低く、実際に発現を促す成分があまり報告されていなかったエラスチンの産生も、同時に1.5倍以上促進させ(図2)、また、HSP47(生合成されたコラーゲンが、三重らせんのコラーゲン線維に成熟するのを助けるたんぱく質)の合成も大きく促進させた(図3)。

図3 HSP47の産生促進効果。HSP47は、コラーゲンが正しい三重らせん線維を作る過程に必要なたんぱく質で、また、線維芽細胞で生合成されたコラーゲンを細胞外に運び出す役割も担う。線維芽細胞の活性化(コラーゲンやエラスチンを盛んに作り出す)の指標ともなり、HSP47の発現量が多いと、線維芽細胞が元気に活動していることを示す

その結果、単なるコラーゲンの産生促進だけでなく、正しく成熟したコラーゲン線維が増え、重要な弾性線維であるエラスチンとともに、皮膚の張りや弾力、つやなどを保つと期待される(後述のヒトモニター試験結果 図6~9参照)。

図4 GGsTopによる過酸化水素(H2O2)の産生抑制作用。細胞に紫外線が当たると、光化学反応により、細胞内に活性酸素を生じる。GGsTopを低濃度与えた線維芽細胞では、この活性酸素(この場合、過酸化水素H2O2で測定)の生成を顕著に抑制する。そのため、紫外線による肌の光老化を抑える働きが期待できる

また、GGsTopには、紫外線暴露による活性酸素の生成を顕著に減少させ(図4)、皮膚の光老化を軽減する効果や、傷の治癒に重要な表皮の角化細胞の遊走・増殖促進効果も見いだされている(図5、表2)。

図5 ヒト角化細胞の増殖促進作用。表皮を構成している角化細胞に、低濃度のGGsTopを与えると、細胞が活発に動き回り、増殖が盛んになる。その結果、細胞をはぎ取った溝(スクラッチ幅a、bで表示)が早く埋まる。表皮の角化細胞の増殖は、傷の治癒に関係しているため、ひび、あかぎれ、切り傷などの創傷治癒効果が期待できる

表2 ヒト角化細胞の増殖促進作用。GGsTopを与えた角化細胞は、与えた濃度に応じて活発に動き回り、増殖が盛んになる結果、培養細胞を物理的にはぎ取った溝幅が7割も早く埋まる

これらの特性は、紫外線による肌の光老化を抑えるばかりでなく、皮膚のターンオーバーを促し、紫外線で傷ついた細胞の新陳代謝を促すことで、例えば、紫外線により生じたメラニン色素の排出を早め、真皮のコラーゲンが作る膠原線維(こうげんせんい:堅い線維)とエラスチンが作る弾性線維(しなやかな線維)によって肌弾力を回復させることで、肌のシミやくすみを取り去り、みずみずしい肌を再生させる相乗的な効果が期待できる。

さらに、ヒト線維芽細胞に対しては、1mMの高濃度(コラーゲン産生促進を引き起こすのに必要な濃度の1000倍)においても、何ら細胞毒性を示さず、GGsTopは、安全で、皮膚を健全かつ若々しい状態に保つ「アンチエイジング効果」を複合的に発揮する好ましい特長を備えていることが分かった。

図6 GGsTop 含有化粧水による肌の角質水分含量の改善。ヒトモニター試験の結果、GGsTopを0.005%含有する化粧水を2ヵ月使い続けると、肌の角質水分含量が顕著に増大する。すなわち、みずみずしい肌を作ることに役立つ

人でのモニター試験では、GGsTopを含有する化粧水の2ヵ月連用により、角質水分量が顕著に増大し(図6)、また、肌弾力も向上した(図7)。すなわち、細胞レベルでのコラーゲン、エラスチンの産生促進と対応する有用性が、人でのモニター試験でも実証されたことになる。

図7 GGsTop含有化粧水による肌弾力の向上。ヒトモニター試験の結果、GGsTopを0.005%含有する化粧水を1~2ヵ月使い続けると肌弾力が大きく増加する。これは、細胞レベルの実験で示された、コラーゲンやエラスチンの増加を裏付ける結果である。GGsTopは張りやつやのある肌を作り、タルミや小じわの解消に役立つことが期待される

また、GGsTopは、人でのモニター試験において、既存のアンチエイジング剤(抗しわ剤)として広く使われている合成ペプチドと比較しても、勝るとも劣らない成績を示し、非常に有用なアンチエイジング化粧品原料であることが分かった。

図8 人でのモニター試験による、(A)角質水分含量の経時変化と(B)肌弾力改善の経時変化。被験者:30代~50代の一般女性 10名、3カ月連用。GGsTop:10μM、合成ペプチド3%を含む化粧水との比較。プラセボ:化粧水のみ。GGsTopを0.005%含有する化粧水を1~3カ月使い続けると、市販の抗しわ剤(合成ペプチド)と比べても、勝るとも劣らない効果があった。プラセボは、「偽薬」のことで、有効成分が何も入っていない化粧水。心理効果を排除し、正確な効能を調べるため、いずれの実験も、実験者および被験者ともに、使用しているサンプルに何が入っているかは知らされていない(二重盲検テスト)

図9 人でのモニター試験による、しわスコアの比較(3ヵ月連用後)。GGsTop:10μM、合成ペプチド3%を含む化粧水との比較。プラセボ:化粧水のみ。GGsTopを0.005%含有する化粧水を3カ月使い続けると、小じわが大きく減少し、市販の抗しわ剤(合成ペプチド)と比べても、勝るとも劣らない効果があった。プラセボは「偽薬」。実験はいずれも二重盲検テストによる結果

GGsTopは、科学的根拠に基づいて作用機序が解明された数少ない「アンチエイジング化粧品成分」だ。GGsTopはGGTを選択的に阻害し、その結果、天然の抗酸化物質であるグルタチオンを生合成するのに必要なシステインを細胞に供給できなくすることで細胞のグルタチオン量を減少させる。

その結果として、細胞内の活性酸素種がわずかに増え、その酸化ストレスを細胞が察知することで、通常は眠っている抗酸化ストレス応答のスイッチをONにし、あらゆる酸化ストレス対抗手段(抗酸化ストレス応答酵素群、サイトカイン類)を立ち上げ、コラーゲンやエラスチン産生の促進を含む、一連の「アンチエイジング」作用を発揮する。

すなわち、GGsTopは、細胞に軽い酸化ストレス(警告)を与え、細胞がもともと備えている防御機構を目覚めさせることにより、細胞自身が抵抗力や回復力を発揮するきっかけを作る、一種の「ワクチン」のような作用を持っている。つまり、化合物が直接的なアンチエイジング活性を持っているわけではなく、細胞自身が本来持っている抵抗性や回復力を引き出すための脇役に徹しているからこそ、細胞にとっては何一つ有害な作用を及ぼさないと考えられる。

安全性に関しては、日本化粧品工業連合会の化粧品安全性評価の指針に基づき、9項目の安全性試験を実施し、全てにおいて陰性(毒性・刺激性なし)であることを確認。さらに、微生物を使った変異原性試験(Amesテスト)による変異原性や、動物細胞を用いた染色体異常も認められず、発がん性もなかった。

また、ドクターシーラボでの3カ月間にわたる3回の人でのモニター実験(顔肌に塗布)でも、肌荒れや健康トラブルなどは全く見られなかった。現在までに、細胞レベル、動物実験、人でのモニターテストのいずれにおいても、不都合な毒性、刺激性、副作用などは全く認められていない。

今後は、以下の諸事項を実践することにより、持続可能で健全な企業を構築し、化粧品業界および関連業界、さらに最終的には国民の「健やかさと快さ」への貢献を目指す。

なお、特許防衛などを含め、研究開発体制の一環としても両大学と設立会社とは密な連携を取りながら、産学連携を推進していくと言う。