東京大学は、複雑な構造ゆえに合成が難しかった凸型の表面を持つ「星形多面体」を自己組織化によって100%の効率で作り出すことに成功したと発表した。カギとなる手法は、立方八面体型の分子(「アルキメデスの立体」の一種)を一度作り、この分子に突起部を付け加えることで星形化した立方八面体に変換する合成法であり、また突起部を除くことで元の立方八面体に戻すこともできたという。

成果は、東大大学院工学系研究科応用化学専攻の藤田誠教授らの研究グループによるもの。理化学研究所が所有する大型放射光施設「SPring-8」の構造生物学IIIビームライン「BL38B1」および高エネルギー加速器研究機構が所有する「フォトンファクトリー」のビームライン「PF-AR NE3A」を利用して、X線結晶構造解析データが収集された。

詳細な研究内容は、英科学誌「Nature Chemistry」に掲載される予定だ。それに先立ち、英国時間3月11日付けで「Advance Online Publication (AOP) web版」で公開された。

美しい立体は、古来より数学者を魅了し、すべての面が同じ正多角形で構成される「プラトンの立体(正多面体)」や、すべての面が正多角形で構成され頂点の形状が合同であるアルキメデスの立体(半正多面体)、さらにこれらの多面体の各面や各辺を広げてできる凸型の面を持つ「星形多面体」などに分類される。

化学者も、この立体形状の美しさに惹かれて、さまざまな立体構造の分子を人工合成し、その形によってさまざまな機能が生み出されることを見つけてきた。藤田教授らの研究グループは新しい立体分子の合成に挑んでおり、「一義構造」の分子を100%の効率で作り出すためには「自己組織化」(小さな構成成分が自然と集まって、秩序だった巨大構造が生みだされる現象のこと)が有効であることを実証してきた。

なお一義構造とは、立体構造を構成するユニットの数や集まり方が厳密に決まっており、形、大きさ、重さ(分子量)に一切分布を持たない、厳密に定まった構造のことをいう。

今回、研究グループは複雑であるがゆえに誰も作りだせなかった「星形多面体」の分子を金属イオン(M)と湾曲した「有機配位子(L)」の組み合わせによってはじめて自己組織化させることに成功した(画像1~3)。ちなみに配位子とは、金属イオンと弱い結合を作る性質を持つ分子のこと。この弱い結合が協同的に働くことによって金属イオンと配位子とが結びつきあい、1つの立体的な分子へと組み上がるのである。

画像1。立方八面体と星形化した立方八面体

画像2。単結晶構造解析によって明らかになった立方八面体の分子

画像3。単結晶構造解析によって明らかになった星形化した立方八面体の分子

立体の頂点がM、辺がLに対応。アルキメデスの立体の一種である立方八面体の分子(M12L24組成)をまず構築し、次に6つの頂点を追加することでM18L24組成の星形化した立方八面体が作り出せることが発見された。M12L24組成の分子、M18L24組成の分子のどちらもが、大きさや成分数に一切分布がない一義構造を採っていて、この構造だけが100%の効率で生成する結果となっている。

この研究で明らかになった重要な点は、以下の通りだ。(1)前例のない凸平面を有する「星形多面体」の分子を、自己組織化を使って人工的に構築した。(2)立方八面体の分子を土台として、突起部を付加することで星形多面体に変換した。(3)生成物から突起部を取り除くことで元の立方八面体の分子に戻した。形状が可逆的に変換できる新しい立体分子であることも判明している。

これまでの研究で、より複雑な多面体を作るためには、既知の多面体分子を土台に使うとよいことはわかってきていたという。また、構造を自在に変換できることは、新しい機能を引き出す上で大切な知見となる。例えば自然界においては、球状のウイルスの殻構造は一義構造であるといった点だ。

あるウイルスは殻に窓を持っていて、可逆的に窓を開けたり閉めたりすることで殻の内外の物質の出入りを制御している。今回合成した分子においても、星形化することで分子表面の窓を閉じられたことがX線結晶構造解析によって確認された。将来、窓が閉じた状態で立体内部に薬剤を閉じ込めて、良いタイミングで開いて薬剤を放出する、などの分子の機能を活用した応用例が期待されると、研究グループはコメントしている。