東京工業大学の白田雄高院生と田中秀数教授、東京大学物性研究所の松尾晶博士と金道浩一教授の研究グループは、量子効果が顕著とされる三角格子反強磁性体の磁気の発生過程を強磁場実験で検証したことを発表した。同成果は米国学術誌「Physical Review Letters」(電子版)に掲載された。

磁石に代表される磁性体の磁気は負の電荷を持った電子の自転運動(スピン)によって発する。絶縁性の磁性体ではこのスピンが磁性原子に局在し、互いに交換相互作用と呼ばれる量子力学的な力を及ぼし合っている。交換相互作用はスピンを平行(強磁性)、あるいは反平行(反強磁性)にする働きを持つため、多くの磁性体は温度を下げると、スピンが平行に揃った強磁性状態や反平行に揃った反強磁性状態になる。

しかし、磁性原子が三角形の格子点に位置し、スピン間に反強磁性的な交換相互作用が働く場合には事情が異なる。どれか2つのスピンを反平行に置くと、残りのスピンはどの方向を向いてもエネルギーが変わらないため、安定な配置が決まらなくなるのだ。このような状況をスピンのフラストレーションと呼び、三角格子上にスピンがあり、隣り合うスピン間に反強磁性的な交換相互作用が働く物質は三角格子反強磁性体と呼ばれている。

図1 スピンのフラストレーション。矢印の向きはスピンの向き(電子の自転が右回りか左回りか)を表す

三角格子反強磁性体では、強いフラストレーションがスピン間に働くため、基底状態は、従来から良く知られている強磁性状態や反強磁性状態にはならず、スピンは互いに妥協し合い、隣り合うスピンが120°をなす三角スピン状態になることが知られていた。

図2 三角格子とスピンが互いに120°をなす三角スピン状態(赤の矢印)

このような三角スピン状態に磁場を加えると、スピンが量子効果のない古典スピンの場合には、エネルギーが等しい基底状態が無数に存在し、基底状態が一意的に決まらない。このような場合、量子効果が決定的な役割を果たすため、磁場中の量子効果について、多くの理論研究がなされ、量子効果によって安定な状態が1つだけ選ばれ、磁場を増加するに従って、3つの状態が順次安定化されることが予言されていた。

図3 磁場中のスピン状態。(a)は平面状態I(Y字状態)、(b)はup-up-down状態、(c)は平面状態II、(d)は傘状態

また、対称性の良い図3の(d)の傘状態はエネルギーが高く、不安定になるほか、同(b)のup-up-down状態は量子効果のために古典スピンの場合と異なり、有限の磁場範囲で安定化される。その結果、磁化曲線に平坦領域(プラトー)が現れ、磁化が量子化される。また、(a)と(c)の状態でも、量子効果のために磁化の磁場依存性は、単純に磁場に比例する古典スピンの場合と異なることとなる。このように、強いフラストレーションのある磁性体では、強磁場中で通常の磁性体には現れない顕著な量子効果が現れるが、これまで適当なモデル物質がなかったために明確かつ定量的な実験的検証が行われてこなかった。

そこで今回、研究グループでは三角格子反強磁性体の「アンチモン酸バリウムコバルト(Ba3CoSb2O9)」に着目。図4は同物質の結晶構造だが、青い八面体CoO6の中心に位置する磁性イオンCo2+が三角格子を形成している。同イオンのスピンの大きさは1/2と小さいほか、Ba3CoSb2O9は、スピン間に働く交換相互作用がスピンの向きに殆ど依存しない等方的なものであり、これはコバルト化合物では例外的なことであるという。そのためBa3CoSb2O9は量子効果が大きい三角格子反強磁性体のモデル物質になると期待されるという。

図4 Ba3CoSb2O9の結晶構造。(a)は全体の透視図、(b)はc軸方向から見た構造。青い八面体は中心に磁性イオンCo2+があるCoO6八面体を表す。Co2+イオンはab面内で三角格子を形成する

具体的な実験としては、Ba3CoSb2O9の高純度粉末試料を用いて強い磁場中での磁化の精密測定が実施された。使用した強磁場装置は金道教授のグループが開発した装置で、パルス的な強い磁場を安定的に発生させることができる。

図5 パルス強磁場発生用マグネット。中心軸に沿ってくり貫かれた孔の中にサンプル、磁場と磁化の検出コイル、温度を下げるためのヘリウムなどを入れた装置が入り、これら全体を液体窒素の中に沈める

同強磁場実験の結果、観測された磁化曲線では、飽和磁化の1/3に量子効果による明瞭なプラトーが見られるほか、プラトーに入る直前や飽和の直前で量子効果による磁化の急速な増大が見られた。これらは、細い点線で示した量子効果のない古典スピンの単調な磁化曲線とまったく異なったものであるという。

図6 Ba3CoSb2O9で観測された磁化曲線(縦軸M:磁化=磁気の強さ、横軸H:加えた磁場の強さ、測定温度は1.3K)。赤い印が実測値、太い実線と破線はそれぞれ厳密対角化と結合クラスター法による計算結果、細い点線は古典的な磁化曲線を表している。実験と理論の一致は極めて良いことが見て取れる

図6は39個のスピンからなる系を厳密に計算して得られる磁化曲線(スピンの個数が有限であるために、磁化曲線が階段的になっている)と結合クラスター法と呼ばれる方法で計算した磁化曲線が合わせて示されているが、実験と理論が一致していることが見て取れる。こうした理論と実験の良い一致は、比較的単純な一次元磁性体を除くと初めてのことだという。

強磁場が重要な発見をもたらした例として、ノーベル賞を受賞した量子ホール効果と分数量子ホール効果の発見がよく知られており、今回の研究成果も含めて、今後も多くの新しい現象が強磁場中で発見されるものと期待されると研究グループではコメントしている。