国際電気通信基礎技術研究所(ATR)と慶應義塾大学(慶応大)は、脳卒中患者のリハビリテーションに向けた患者の脳全体の活動を自身や医療従事者に、時間的にも空間的にも高精度かつ実時間でフィードバックするシステムを開発したことを発表した。同成果は、ATR脳情報通信総合研究所の脳情報研究所および脳情報解析研究所、慶應義塾大学医学部、東京湾岸リハビリテーション病院、長岡技術科学大学、国立精神・神経医療研究センター、村山医療センターの共同研究によるもので、米国脳機能イメージング専門誌「NeuroImage」に掲載された。

脳卒中患者は食事の高エネルギー化や高脂質化、高齢化などにより10年後には300万人に達するだろうという推計があるが、そのうち約半数がコミュニケーション能力、運動能力に障害が残り、リハビリが必要になると考えられている。

ただ、リハビリは失われた脳機能を、脳の可塑性に基づいて、他の脳部位の再編成で補うことであると考えられているが、肝心の脳の状態が患者にも医療従事者にもリハビリ中には見えないことが、モチベーションが続かなかったり、大きな妨げとなることが多々ある。こうした事態を避けるために、患者の脳全体の活動をリハビリ中に正確に時々刻々観察することができれば、改善が目に見えるため、モチベーションの維持や無用な過活動の避けることができることが期待され、すでに慶應義塾大学にて医工連携による大脳皮質運動野の脳波をニューロフィードバックすることで、麻痺手を訓練するBMIリハビリが実施されており、今回の研究はこれをさらに進め、脳全体の活動を患者や医療従事者に、時間的および空間的に高精度かつ実時間でフィードバックするシステム「脳活動ダイナミクス推定システム」と、脳活動ダイナミクスを高精度で推定する基礎技術を開発した。

これまでの脳機能イメージングでは脳にダメージを与えてしまうか(侵襲)、大型装置に頭や体を固定する必要があり(非侵襲重厚長大型)、日常生活で通常行われるような運動中の脳活動の計測が困難であった。一方、今回の技術では可搬・携帯型でかつ非侵襲、低拘束の脳機能計測装置を用いて、「侵襲型装置」や「非侵襲重厚長大型装置」と同等もしくはそれ以上の高い精度で脳活動を推定することができるという。

今回取り入れられた脳活動の推定方法は2段階からなる。まず、空間的な精度は高いが時間的な精度は劣る脳活動に伴う血液中のヘモグロビン濃度変化を計測する「NIRS」と呼ばれる装置を用い、その次に、時間分解能は高いが空間分解能が劣る脳活動に伴う電位変化を頭皮表面に配置された電極で脳波(EEG)を用いて計測を行う。最終的にこの2つの異なる情報を統合し、それぞれの欠点を補うように、EEGで観測される電位変化を引き起こす脳内の「電流源」を推定するというもの。もともとこの技術はATRが開発してきた、非侵襲大型装置である機能的磁気共鳴画像(fMRI)と脳磁計測(MEG)を組み合わせて高分解能で脳活動ダイナミクスを推定する技術を、より可搬性の高いNIRSとEEGの組み合わせに適用したもので、これによりプローブと電極を頭皮に配置させるだけで1ms、1cm程度の精度で脳全体の活動を推定することが可能になったという。

さらに、研究グループは同技術を発展させ、ほぼリアルタイムに脳活動を可視化し、リハビリ中に脳活動を提示するリアルタイム脳活動フィードバックシステムを東京湾岸リハビリテーション病院にて開発したという。このシステムを用いれば、リハビリの過程で脳活動がどのように変化するかを確認(脳活動フィードバック)することができるようになり、運動や行動の結果だけではなく脳活動そのものを評価しながら、機能回復へとつなげることが可能となると研究グループでは説明している。

今回開発されたリアルタイム脳活動フィードバックシステムの概要