米Adobe Systemsでは、Flashテクノロジー向けに「Adobe Flash Player」と「Adobe AIR」の2種類のランタイム環境を提供している。両者は、Webブラウザ環境において利用するFlashコンテンツに対してはFlash Playerで、Webブラウザに限定されないネイティブ環境に対するFlashコンテンツの提供にはAIRでカバーするという位置づけになっている。両者ともにマルチプラットフォーム対応をうたっており、デスクトップPCだけでなく、スマートフォンやタブレット、テレビなどのデバイスにおける動作をサポートしている。

2011年10月、これらFlashランタイムの最新版である「Flash Player 11」および「AIR 3」がリリースされた。デバイスネイティブの性能を引き出すことが可能になったこれらのアップデートにより、Flashのマルチプラットフォーム対応はより現実的な段階に突入したと言える。本レポートでは、ユーザーカンファレンス「Adobe MAX 2011」において得られた同プラットフォームに関する最新情報を、Adobeの製品担当者の話を交えながら紹介する。

Flashプラットフォームのフォーカスは3つ
「ビデオ」、「ゲーム」、「データ中心アプリケーション」

まずどうしても気になるのがFlashとHTML5の関係だ。Adobeの戦略が双方を並行してサポートしていくものだということはすでに疑う余地もないが、問題は同社がこのふたつの異なる技術をどう位置づけているのかということである。これについて同社でランタイム製品のディレクターを務めるMark Hopper氏は次のように説明している。

「AdobeではFlashとHTML5の両方を必須のものと考えています。Flashについては、これまで通り最先端の技術へのチャレンジを続け、ユーザーのニーズを反映させながらイノベーションの創出を図っていきます。一方でHTML5は業界標準のWeb規格です。安定性と互換性を重視したスタンダードな技術としてサポートしていきます」

Adobe Systemsでランタイムプロダクトのディレクターを務めるMark Hopper氏

同氏によれば、現時点におけるFlashプラットフォームの長期的な戦略としては、主に3つのフィーチャーにフォーカスを当てているという。「ビデオ」、「ゲーム」として「データセントリックなアプリケーション」である。これはFlash Player 11およびAIR 3にもよく現れている。例えば新たに搭載された「Stage 3D」はネイティブのGPUを利用した高速なレンダリングエンジンであり、高画質なビデオやゲームグラフィックスの再生を実現するものだ。Flash Accessによるコンテンツ保護機能も強化され、モバイルデバイスもサポートに加わった。Protected HDSや高効率のSWF圧縮、G.711オーディオ圧縮などのサポートによって、コンテンツ配信機能も強化されている。これらの強化によってビデオを含めたコンテンツ配信ビジネスにおけるFlashの可能性を大きく広げたことになる。

対応プラットフォームについては、現在はデスクトップではWindowsとMac OS X、モバイルデバイスではiOSとAndroidがサポートされている。Windows PhoneやWindows 8については現在検討中とのこと。家電製品への進出も目指しており、2010年に発表したテレビ向けランタイムの他に、SamsungやLG電子と共同でディジタルセットトップボックスへの対応を進めているという。

Hopper氏は、これらのプラットフォーム間で互換性を保てるようにできるだけ頻繁なアップデートを行いたいと語る。目標はFlash PlayerとAIRの両方を、全てのデバイス向けに同時にリリースすることだが、開発の進み具合によってはリリース時期がずれることもあるという。実際、Stage 3Dは現時点ではデスクトップ版とテレビ版にしか搭載されていない。モバイル版については今後のリリースに持ち越されたが、Hopper氏によれば2012年の早い時期にはリリースできる見込みだという。オープンベータの公開も検討しているが、時期などの詳細は未定とのこと。

「Native Extension」はAIRアプリ開発者に自由を与える

AIR 3に関しては、新たに追加された「Native Extension」がAIRアプリケーション開発の世界を大きく変えるだろうと言われている。これまでのAIRは複数プラットフォーム間でのポータビリティが大きなメリットである半面、プラットフォーム固有の機能を利用することができず、デバイスが備えた性能を100%活用しきれていないという問題があった。Native Extensionを使えばネイティブコードで書かれたライブラリを呼び出すことが可能になるため、その問題は完全に解決する。

しかし逆に言えば、Native Extensionの利用はこれまでの強みであったポータビリティを犠牲にするということになるのではないだろうか。この疑問に対して、Adobeでプロダクトマーケティングディレクターを務めるAnup Murarka氏から次のような回答をもらった。

「Adobeが開発者のすべてのニーズに応えるには膨大な時間とエンジニアが必要です。そこで現実的には、より多くの開発者が必要とする機能を優先的に実装するというアプローチを取ることになります。Native Extensionは、開発者がそのような制約に囚われることなく、必要な技術を自由に選択できるようにするためのものです。イノベーションのスピードを開発者のニーズに合わせていくための方策だと思ってください。Adobeが用意したインフラだけを使えるというものではなく、開発者が何をどう使うのかを選択できる、その自由さに重点を置きました」

Adobe Systemsでプロダクトマーケティングディレクターを務めるAnup Murarka氏

Adobe MAX 2011ではAIR 3とNative Extensionの能力を証明する恰好の素材が公開された。タブレット向けのアプリケーションファミリー「Adobe Touch Apps」である。同社CTOのKevin Lynch氏は、これらのアプリケーションについて「AIRをベースで開発し、パフォーマンスを必要とする部分やデバイス固有の機能にはNative Extensionで対応した」と紹介した。

Murarka氏はこれに補足して、「全てがAIRで作られているというわけではなく、ネイティブコードから開発がスタートしたものもある」と説明。一部のアプリケーションで、開発プロジェクトがスタートした時期にまだAIR 3が利用可能になっていなかったという事情からだ。そのようなプロジェクトではネイティブコードで開発した成果物がベースになっているとのこと。この事例はNative Extensionの二通りのユースケースを表している。ひとつはデバイス固有の機能を活用するための使い方。もうひとつは、ネイティブコードで書かれた既存の資産を活用するための使い方である。

「Adobeで提供する全てのスタンドアロン・アプリケーションがAIR製である必要はないと考えています。可能なかぎりベストな選択をするのが我々のやり方です。AIRは開発者のほとんどの要求を満たしてくれると信じていますが、何も盲目的にAIRでなければダメだと言うつもりはまったくありません。開発者のニーズを満たす物であれば、それを使うのが一番いいと思います」(Murarka氏)

あくまでもユーザの望む物を提供するのがAdobeの変わらないポリシーだとのこと。その姿勢がFlashおよびAIRを成長させている。