最近のMicrosoftは、面白い試みを実施している。そもそも同社は、Microsoft Research(マイクロソフトリサーチ)という研究機関を設けており、本社から独立した研究・開発を行ってきた。しかし、その成り立ちから、同研究所で行われている結果が世に知られることは少ない。Webサイト上で様々な情報を公開しているが、能動的に追いかけるのは難しいのが現実だ。

もちろんMicrosoft Researchだけでなく、Microsoft本社でも数多くの次世代技術の開発を行っているが、PDC(Microsoft Professional Developer's Conference:ソフトウェア開発者向けの説明イベント)などに参加するか、報道をチェックしないと知ることは難しい。そこでMicrosoft Researchや本社で開発中の新技術を、より伝えやすい形に加工したブログが「Next at Microsoft」だ。2010年末に立ち上げられ、Windows PhoneやUSB 3.0への取り組みなど興味深い記事が多く並んでいる。

今回批評する「Mouse Without Borders」もその一つ。同ツールはLANにぶら下がる最大四台のコンピューターでキーボードおよびマウスを共有するというもの。例えば目の前に三台のコンピューターがある場合、各コンピューターにMouse Without Bordersをインストールし、特定のコンピューターをホストマシン、それ以外のコンピューターをクライアントマシンと設定。

これでホストマシンに接続したキーボードおよびマウスを用いて、クライアントマシン上のWindows OSも操作可能になる。端的に述べればソフトウェア的にKVMスイッチを実現するというものだ。

ここまでご覧になった読者のなかには、目新しさを感じない方もおられるだろう。確かに同様の機能を実現するツールとしてSynergy+Input Directorなどが存在するものの、Mouse Windows Bordersは設定が簡略化されているため、コンピューターの操作に不慣れなユーザーでも使えるのが大きな特徴である。

使用可能にするまでの一連の流れは、Mouse Without Bordersを各コンピューターにインストールし、ホストマシン側でセキュリティキーを自動生成させる。クライアントマシン側ではセキュリティキーおよび、ホストマシンの名前を入力するだけだ。これだけの操作でコンピューター間のクリップボード共有やドラッグ&ドロップによるファイル操作が可能になる(図01~05)。

図01 Mouse Without Bordersのセットアップ画面。シンプルな構成である

図02 Mouse Without Bordersを起動すると、最初にホスト/クライアントの選択をうながされる

図03 図02の画面で「NO」を選択した場合はホストマシンとなり、セキュリティコードとホスト名が表示される

図04 図02の画面で「YES」を選択した場合はクライアントマシンとなるので、セキュリティコードおよびホストマシンの名前を入力する

図05 これで共有完了。ホストマシンのデスクトップ右端にマウスポインターを移動させると、クライアントマシンの操作が可能になる

コンピューター間の接続は、一般的なソフトKVMツールと同じくTCP/IPを使う仕組みのため(UDP接続も可能)、大容量ファイルのコピーなどでネットワーク帯域を使い切ってしまうと、必然的にマウスポインターの反応は悪くなってしまう。このような場合はエクスプローラーのコピー機能ではなく、転送レートを調整できるファイルコピーツールを併用した方が良さそうだ。

設定画面には二つのタブが用意されており、<Machine Setup>タブではコンピューターに割り当てられたIPアドレスやセキュリティキーの確認が可能。ここから接続・接続解除するコンピューターを選択すればよい。また、前述のネットワーク接続形式も同画面から変更できる(図06)。

図06 設定画面では現在の接続状態も確認可能。画面の例では「adam」がホストマシン。「eve」がクライアントマシンとなる

<Other Options>タブでは、Mouse Without Bordersの動作に関する設定やショートカットキーの割り当てが可能である。もっとも設定項目は非常少ないため、初期状態のまま使っても問題ないはずだ(図07)。

図07 設定画面の<Other Options>タブでは、ログオン画面の書き換えやスクリーンセーバーの抑制、ショートカットキーの割り当てが可能

ちょっと面白いのが、各コンピューターのデスクトップ画面を取得・送信できる機能だ。通知領域にあるアイコンを右クリックすると表示されるメニューには<Get Screen Capture from><Send Screen Capture from>という項目が用意されている。前者を使用すればホスト/クライアントに関わらず、そのコンピューターのデスクトップ画面が自身のコンピューターに転送され、後者を使用すれば自身のデスクトップ画面を送信するというものだ(図08~09)。

図08 通知領域にあるアイコンのメニューから<Send Screen Capture from>を選択し、送信するコンピューターを選ぶ

図09 そのコンピューター上で自動的にペイントが起動し、デスクトップのスクリーンショットが表示される。取得する場合は<Get~>を選択する

Mouse Without BordersはLANを前提にしたソフトKVMツールのため、デスクトップ画面を参照する場面が必要とは言い難いものの、各コンピューターのリソースを活かせるのは面白い機能である。

前述したように、ソフトKVMツールとしては後発に位置するMouse Without Bordersは、高機能性よりも誰でも使えるシンプルさが長所だ。例えば、マウスポインターの切り替え位置は設定画面の「Machine Matrix」セクションに並ぶコンピューターアイコンをドラッグ&ドロップで入れ替えるという直感的な操作に仕上がっている。

それでも各ソフトKVMツールと比較すると、セキュリティ面では見劣りする部分も見受けられる。そのため現時点のMouse Without Bordersは、これまでソフトKVMツールを使ってこなかった方や、難しい設定を避けて気軽に入力デバイスの共有を行いたいユーザー向けのツールと言えるだろう。

Mouse Without Bordersが属する「The Garage」は、Microsoft社員のちょっとしたアイディアを、単体のプロジェクトへ育て上げることを主目的としている。そのため、同ツールBordersが今後どのように成長していくのか想像するのは難しい。現在、Mouse Without Bordersのフォーラムではアイディアの募集も行っているので、興味のある方は自身のアイディアを投稿してみるのも面白いだろう。

阿久津良和(Cactus