――もうひとつ、御社の取り組みとして、ユニークなのが「ウェブコンポーザー学校」ですね。これは、どのような経緯でスタートしたのでしょうか。

平野「やはり、僕たちは個人・中小企業ユーザーの味方でいたいんです。だから、何か新しいことを提供したいと考えたときに、ソフトの新機能として搭載することもあればハウツーネタとして提供することもあります。そのような情報を最適な形で提供したいと考え、『ウェブコンポーザー学校』というフリースクールを立ち上げ、Ustream上で毎週水曜21時から授業を放送しています。ウェブコンポーザー学校の生徒さんは、半分くらいはBiNDユーザーですが、それ以外は純粋にWebとクリエイティブに興味のある人たちです。いわば、『ソーシャルメディア上に学校を作ったらどうなるか』を一緒に遊びながら考える公開実験ですね。リアルな授業をUstream中継して質疑応答やアンケートを実施しながら、写真の撮り方や、アイデアのまとめ方、文章の書き方などのテーマを決めて開講しています。学生証や学級通信、教材なども作ったりして、無料の割に結構真剣なんですよ。学校というのは共通体験ですし、夜中にホンモノの教室を使って勉強し合うことは純粋に楽しいですね。ものすごく真面目な部分とふざけた部分が良い具合に混ざっていて、本当に面白いことをやってるなぁと思います」

――そして、坂本龍一さんとのコラボレーションで生まれた東日本大地震被災地支援プロジェクト「kizunaworld.org」では、新しいソーシャルメディアへの挑戦が感じられます。

平野『kizunaworld.org』は2011年4月27日にスタートした東日本大地震被災地支援プロジェクトです。そもそものきっかけは、震災直後に坂本龍一さんからもらった『こんなときだからこそ会いたいね』というFacebookに書き込まれた一言でした。お互いの時間を縫って会うことができたのは朝5時くらいだったのかな。このときにふたりで何ができるんだろうって言い合って、『とにかく今までソーシャルメディアの実験をやってきたけど、これからどういう風にそれを発展させていくかが課題だね』と話していたら、後日坂本龍一さんから『これで何か始めたい』と曲が送られてきたんです。それを受けて考えたのが『アーティストが個人でできることは何か』に呼応して募金できるWebサイトでした。アーティストが呼び合ってリリースを続けるという意味では、ソーシャルメディア上のレーベルのようなものと言っても良いかもしれません。音楽に限らず、ペインティングでも写真でもアーティストが直接寄付した人とつながることのできるサービスを提供する。そして、ダウンロードの対価として寄付を募り、僕らが選んだ5つのテーマ(団体)に寄付していく。それも寄付して終わりなのではなく、寄付した先がどんな団体なのか、あるいは参加アーティストが震災に対してどういう活動をしているのかをアップデートしながら提供するのがkizunaworld.orgの目的です。まだよちよち歩きのプロジェクトですが、すでにミュージシャンのデヴィッド・シルヴィアンなども参加表明してくれていて、月1くらいのペースで今後アップしていく予定です。坂本龍一さんとも『何年もやっていけたらいいね』と話しています。一般に震災支援プロジェクトは、その直後にピークを迎えて段々と下がっていってしまいます。でも、このプロジェクトでは、復興が進むにつれていろいろな人たちが前向きに参加できる仕掛けを企画していきたい。これもソーシャルメディアの実験と言えますが、小さなところから始めて大きな輪につなげていきたいですね」

――Web上の学校にソフト開発、さらにkizunaworld.orgとアグレッシブに活動を拡げられていますが、それらを続ける意思(モチベーション)はどこから来るのでしょうか?

平野「やっぱり『ソーシャルメディアってめちゃくちゃ面白い』ということに尽きると思います。この仕事を始めて15年になりますが、ソーシャルメディアは、これから10年、もしかしたら一生続けても良いかもしれないと思うほど新しい面白さがあります。これまでの企業活動は、"ビジネスとしてどうか"がスタートラインでしたが、ソーシャルメディアの場合は"とりあえずやってみよう"から始まって参加してくれる人がいて、そしてビジネスに繋がっていくという違いがあります。坂本龍一さんのコンサートをUstream中継したときも、それを音源としたアルバムを後で販売したらiTunes Music Storeで1週間以上、セールスランキングの10位以内にランクインするセールスを実現しました。これが何を示しているかというと、人々は共通体験として得たものは形として残しておきたいということです。最初はビジネスとして考えていなかったわけですから、僕自身も当時、iTunes Music Storeのランキング結果に大きな驚きを覚えました。ただ、最近は我々の会社が何の会社か分からなくなってきましたけど(笑)。震災前に『これからはソフトハウスではなく、ソーシャルメディアを育てる会社になっていこう』と決めて走り始めたばかりでしたが、その後、世の中の動きとともに加速している気がします。いろんなコミュニティを育んでいける"事務局的な存在"になれればいいなと思うし、そこでソフトが作れることは大きな強みです。これからも"面白い"と感じたことはどん欲に実現していきたいし、そこで得た情報はユーザーの皆さんに還元したい。そうやって、ソーシャルメディアがもっと面白くなればいいなと思います」

「ユーザーが本当に必要としていること」をあらゆる手段で実現するデジタルステージ。とくにソーシャルメディアは平野氏自身が楽しんで、ポジティブな現実世界として捉えていることが伺える。ソーシャルメディアを意識した新しいソフトウェアも開発中とのこと。デジタルステージのこれからに大きな注目が集まっている。

インタビュー撮影:糠野伸