担当教授に聞く「今、大学の講義には何が必要なのか?」

明治大学 理工学部情報科学科教授であり、明治大学ソフトコンピューティング研究所所長 工学博士の高木友博氏に、なぜこのような形式の講義を取り入れようと考えたのか、そして、その必要性を感じた大学教育での背景についてお伺いした。

明治大学 理工学部情報科学科教授 明治大学ソフトコンピューティング研究所所長 工学博士 高木友博氏

そもそもの発端は、「学生は、ともすると自分たちがいま勉強している内容が、どう実社会のシステムにつながっていくのかを知らないまま、勉強を続けたり、卒業してしまったりする可能性がある」という危惧から始まったという。

「大学は、プログラミングや論理といった『部品』ばかりを教えるところだと妙に感じています。学生たちは、この部品がどのように使われているか分からないまま社会に出ていく。さらに言えば、世の中にあるシステムは、様々な部品を組み合わせて形成されているが、その仕組みがまったく理解できていない。高度に複雑になっている現状を知ること、適応を知ること、そして、自分自身が新しい仕組みを生み出していくための構想力を養うことが必要だと思っています。しかし大学では、製品知識を教えることはなく、構想力を付けることも行なわれてはいません。これではいけないのではないかと考えています」(高木教授)

こうした考えをもとに「世の中を知り、自分が将来、その場に入った時に何を要求されているかを知る」授業の構想を練り、企業に講義を依頼することとなった。

2006年4月から開始されたこの授業は、毎年、学生たちに人気の高い授業となっている。明治大学では、GP、GPAと2通りあった成績指標が2年程前にGPAに統一され、学生の履修率が減ってしまい、ひどいものでは履修申し込みが0人ということもあるという。これは、GPA評価では、不用意に授業を履修すると全体のスコアが下がってしまう可能性もあるため、学生たちが、授業を選り分けて受ける傾向があるからだ。全体の履修率が減少する中で、今年も履修者80名という数字は、学生たちに必要とされている授業であることを物語っていると言えよう。

なお、GPAは、欧米の大学などで採用されている成績評価制度で、国際化にともない日本でも多くの大学が積極的に採用している。

現在の『IT業界の全体像』を学ぶことができる「情報システム論1」は、履修者80名と人気の高いクラスとなっている

「大学という組織の中において、この講義に反映されたような私自身の『考え』は、マイナーなものだと感じています。受講する学生が減っているのであれば、生徒の役に立つ魅力的な授業を行えば良いのではないかと思うのですが、情報科学科のような分野でさえこれを大衆迎合と捉えられてしまう。アカデミズムはもっと高みにあるべきものという意見が圧倒的に多いのが現状です」

では、実社会で求められているような人材の育成に関して、大学の講義は対応できるのか。大学が対応すべきことなのだろうか。

「定説はありませんが、現在では明らかに内容のバランスがアカデミズムに偏り過ぎていると感じています。もちろん基礎は必要であり、全部が応用に走り、企業のための大学になってもおかしいですが、今はあまりにもニーズを軽視しているのではないかと、時代が変化してきた中で感じています」(高木教授)

「今のコンピュータ業界は、ドックイヤーでさえ遅いと言われるほど、どんどん変化していく。『変化するものは教えても無駄』ではなく、ちゃんと『大学が変化して教えていく』ことが重要だと思う。ある部分だけが抜けたままの状態で、学生たちが世の中に出てしまうことになるのではないか。その際、論理回路とプログラミングしか知らない学生に期待しても無理な話で、そこを会社が埋めるしかないのが現状なわけです。困るのは学生たちです」(高木教授)

「基礎か? 応用か? という総論をいくら議論しても意味がなく、『どこまでを大学で教えるべきか』をちゃんと考えることが必要だと思っています。時代がどんどん変わる中で、それに追従していくスタンスを大学側が持つかどうかが、これからの学生たちに与える影響が大きいのではないかと思います」(高木教授)

<教授が自ら営業、なぜ企業の賛同を得ているのか?>……つづきを読む