シャープの電子辞書"Brain"シリーズから登場した「PW-AC10」。見た目はまさにPDA。BlackBerry端末と見まがうばかりだ。ポケットにも収まる程度のコンパクトさが最大の特長。縦型のボディで片手で持っても操作ができるのも電子辞書としては目新しい。
筆者の電子辞書使用暦は6年ほど。初めて手にしたきっかけは、長年恋焦がれたフランスへの留学を実現したときだ。大学時代、第二外国語でちょっとかじった程度のフランス語力で、今から思えば無謀な試みだったが、そんな留学生活を支えてくれたのは電子辞書だった。約2年半ほどの留学生活は、電子辞書なしには生きていけなかったと言っても過言ではないだろう。帰国後の日本での生活においては、活用する機会は激減したとはいえ、ちょっとしたシーンで役に立つ、頼もしい存在であることは今でも変わらない。
そんな筆者が今回、PW-AC10を試してみた第一の感想は、やはり小さくて軽いので持ち歩きに便利。現在、愛用している電子辞書は、うっかり落としてヒンジ部が破損したことにより、液晶が表示できなくなった初代から買い替えた、某メーカーの2009年モデル。筆者の場合は、仏語辞書が必要なので、購入対象がかなり限定されてしまうのと、使い慣れた操作性が捨てがたく、後継機に買い替えた。その時点で最新モデルはさすがにかなり進化していた。ただし、そのぶん大きさまでもがひと回りデカくなっていたのだ。確かに、分厚い紙の辞書とは比較にならないが、持って歩くには少々迷ってしまう大きさ。それまで愛用していた先代機種が小さめのカバンにも入る大きさだったのだが、通常この手の端末というのは小型化に向かうものなのに、なぜか大型化してしまっていたのだ。
それに比べると、このPW-AC10は持って歩くことを前提に設計されているのがよくわかる商品だ。手にしてみると、手の小さい女性でも手のひらにぴったりと収まる。わずかに丸みを帯びたデザインが握りやすく、電池収納部が裏面の上部にあるために、重心が上方にあるので手首への負担をあまり感じることもなく、持ち歩きというよりもむしろ"片手で操作すること"を意識して作られた感じだ。
仕様書によると、電池を含む本体の重さは97グラム。Brainシリーズの上位モデル「PW-AC920」の重さが約324gなので、その1/3以下ということだ。ちなみに、「iPhone 4」の重さが137グラム。それに比べても、いかに軽いかがおわかりいただけるだろう。
電子辞書は、自宅で調べ物に使うには、多少大きくても困らない。しかし、紙からデジタルへと進化した電子辞書のメリットのひとつには、やはり持ち運びの手軽さにあると思うのだ。しかし、現在発売されている上位モデルの電子辞書は、常に持って歩くには中途半端な大きさのものが多い。しかも、簡易の音楽再生・動画再生プレイヤー機能を携えている機種がほとんどで、明らかに持ち歩くことを前提にしているはずなのに、いつも持って歩くには微妙な大きさというのは、あと一歩改良を求めたい点だ。その点、PW-AC10はポケットにも収まる大きさだ。
次に、操作性をチェックしてみよう。本体中央に検索・決定キーを、その周りに上下左右キーを配置し、まさに携帯電話で見慣れた仕様。だが、一般的な電子辞書では平らなところに置いて、人差し指で電卓のようにキーを叩いていくのがふつうなので、最初はむしろ戸惑いを覚えた。とはいえ、手のひらで握り締めた携帯電話を親指と人差し指で操ることに慣れたユーザーにとっては、このケータイライクな操作性は間違いなく快適。手の大きさで多少の個人差はあるが、片手で操作したときの各ボタンのポジションも絶妙だ。
ただし、下部のキーボード部分はさすがに小さめ。押したときのストロークも浅い感じだ。とはいえ、ゴムのような素材を使用しているため、押したときに指の腹に確かな反発感が得られるので、慣れてくると、さほどストレスは感じない。
液晶に関しては、解像度320×240ドットのQVGAカラー2.4インチが採用されている。5インチ480×320ドットHVGA液晶が搭載されているフルモデル仕様のPW-AC920と比べたら、文字を拡大したり、図表や写真を表示する際には、縦スクロールが必須だが、スクロール操作やカーソル移動も片手でサクサク行えるので、それほど不便に感じなかった。もちろん、文字の表示サイズは、4段階にワンタッチで切り替えられるので問題なしだ。
コンテンツについては、軽量・小型化や携帯性に力を注いで商品化されたこともあり、12のコンテンツに厳選。辞書は、『広辞苑』、『漢字源』、『パーソナルカタカナ語時点』の国語辞典系3冊、英語辞典は『ジーニアス英和辞典』、『ジーニアス和英辞典』の英語系辞書2冊。これに、英語、中国語、韓国語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語の計7ヶ国語の旅行向け会話集が収録されている。
フルモデルの電子辞書は、専門用語辞典やトレーニング系のコンテンツなど、とにかく多くのコンテンツが詰め込まれている。これに比べると、物足りなさは否めないが、逆に言うと、最も利用頻度が高いコンテンツにしっかり厳選されているという印象。それら以外の辞書というのは、あったら便利だけど、なくても構わない系。筆者自身の経験では、正直、あまりいろいろな辞書があっても、物珍しさで最初のうちこそ使ってみるが、その後はあまり活用されていないのが事実。それよりも、コンテンツを利用度の高いものに絞り込んで、携帯しやすいサイズにまとめたほうを評価したい。収録されたコンテンツは、写真なども結構豊富に収められており、カラー液晶を採用した利点が活かされている。
ただし、個人的に残念なのは、辞書が音声コンテンツに対応していないこと。軽量・コンパクト化のために、切り落とさざるを得なかったのかもしれないが、デジタル版の外国語会話集が本のそれよりも魅力的な点は、音声データを収録できることにもあると思うので、対応していたらなおよかった。
そして、欲を言うとキリがないのだが、コンテンツカードを追加できるとなおありがたかった。個人的には、最も使うのは仏語辞書なので、標準搭載は無理だとしても、カードで対応できるのであれば、迷わずこの機種を購入したい。まぁ、この製品に拡張性まで求めたら、そもそもこの商品を企画した意義が薄れてしまい、本末転倒かもしれない。
一方、コンテンツや付加機能が研ぎ澄まされたこの機種で、残された機能が単語帳機能だ。よく使うフレーズを単語帳に登録しておいて、自分で答えをあわせをしながら暗記するのに便利な、一般的な電子辞書にも搭載されている機能だが、この機種でも利用できる。国語、英語、旅行とジャンルを分けしながら6,000件のデータの管理が可能だ。片手でスイスイと画面を切り替える感覚は、紙の単語帳をめくる感覚に近い。操作インターフェースを有効に活かせる機能として、おそらく生き残ったのだろう。本体のキーボードを使って行わなければならない編集作業は少々面倒だが、紙の単語帳に1枚1枚手書きするのに比べれば、半分ほどの苦労だ。片手で使えるので、電車など移動中でも気軽に使える。
バッテリーは、単4形乾電池を2本使用。仕様書によると、使用時間は110時間となっている。音楽再生などいろいろな機能がある場合には、電池の消耗も進んでしまうが、機能を電子辞書と単語帳機能に限定したこの機種なら心配無用。単語1個を検索するのに、キーボードを叩いても通常は1分もかからない。使用頻度によって差はあるだろうが、例えば毎日1時間ずつ使ったとしても、3ヵ月半くらいは乾電池交換が不要な計算。エネループにも対応しているので、充電使用ならば乾電池の交換コストを気にせず利用できる。
最後に、気になる価格だが、予想実売価格は1万3000円前後。最近は、PDAやスマートフォン、携帯電話にも簡易の辞書機能やアプリが搭載されているものも多いが、使い勝手のよさや内容の濃さでは、専用機と比べて物足りない。コストパフォーマンスから見れば、悪くはない値段だろう。なにより、携帯電話では、通話中には利用できない超えられない難点がある。
量販店の電子辞書コーナーの店員さんに聞いた話だと、電子辞書のメインユーザーは学生とのことだ。自らの学生時代を振り返りながら比較したら、贅沢だなぁと羨ましく感じてしまうが、この値段なら新入学や就職のお祝い用のプレゼントとしても適当かもしれない。
また、まだ電子辞書を使ったことのない人が手始めに試しに買ってみるにも気軽な値段。まだ紙の辞書を使っている人がいたら、手始めにこの製品を買ってみて、電子辞書のよさをぜひ知ってほしい。その便利さにきっと手放せなくなるはずだ。