理化学研究所(理研)の研究チームは、歪ませたSiの単結晶に、大型放射光施設「SPring-8」が発するX線(波長0.08nm)を照射すると、照射角度がブラッグ角の近傍では、X線が5mmほど横ずれ現象を引き起こすことを、実験的に観察したことを発表した。6月14日付け(米国時間)の米国の科学雑誌「Physical Review Letters」にハイライト論文として掲載される予定。

X線領域の電磁波は、物体との相互作用の大きさが波長の2乗に比例し、波長が0.1nmレベルのX線では、相互作用が非常に小さく、屈折をはじめとした光学現象を実験的に見いだすことが困難だった。

同研究チームは2006年に、「X線の横ずれ現象が波長の2乗に反比例して引き起こされる」という理論的な予言を提唱していた。この理論は、ブラッグ角を満たすX線の回折では、結晶の原子の周期的な配列が歪んだ場合に、照射したX線が巨大な横ずれを起こす、というもので、その横ずれ量は、結晶の歪みを100万倍程度拡大した巨大な量となるため、100nmレベルの結晶の歪みが有れば、mmレベルのX線の横ずれが生じる計算になる。

今回の研究では、結晶試料として厚み0.1mm、大きさ14mm×11mmのSi単結晶をゆるやかに反らせて、5mmあたり200nmの歪みを与えた。この歪んだSiの単結晶へ、入射角をブラッグ角(約18°)近傍の角度にセットし、SPring-8の理研 物理科学IIビームライン(BL19LXU)から、波長0.08nm、エネルギー15keV、ビーム幅0.2mmのX線を照射、透過したX線の観察を行った。

結晶の歪みの模式図。破線は結晶に歪みが無い場合の結晶面を表す

透過したX線の強度分布を計測したところ、ブラッグ角から大きく外れた場合と、ブラッグ角近傍では、まったく異なる分布を示すことを発見。特に、ブラッグ角近傍では、さまざまな入射場所から横ずれを起こしたX線が結晶の縁に集まり、入射方向とほぼ平行に出射したことが確認された。このときのX線の横ずれ量はおよそ5mmで、厚み0.1mmの薄い結晶中を結晶面に沿って伝わっている。X線がこの厚さのSiを透過する際の一般的な屈折では、nmレベルでしか曲がらないため、今回の実験のようにX線が大きく曲がる現象は、2006年の理論を支持する結果となる。

また、結晶の縁に達した横ずれX線は、0.04mmの細い幅で平行性が高いビームとなり出射された。過去のX線導波管では、X線を集光しようとしてもすぐにビームが広がるため、利用には適していなかったが、今回、横ずれ現象を用いて、ビーム幅が細いまま伝わる特徴を持ったX線導波管を実現。その結果、細いビームを試料に照射する際、試料を任意の位置に設置でき、X線光路をマクロに制御することが可能となった。

発見したX線巨大横ずれ現象の概念図。X線ビームの軌跡は、結晶の歪み領域で大きな偏曲を受け、結晶の縁まで到達し、結晶から出た後は、結晶に入射する前の方向と平行な方向に伝搬する

通常、X線領域の研究では、照射された物質側の情報を探る結晶構造解析などの研究が進んでいるが、今回、物質を通過する際のX線側の様子を見るという逆の発想で研究を実施したため、従来、見過ごされてきた現象を発見することができたという。

結晶を透過し観測されたX線の強度分布。左はブラッグ角から大きく外れた場合。結晶を通る前のビームと同様、単一のピーク(赤色)を観測。右はブラッグ角近傍。左図で観察されたピーク(赤色部分)が2つに分かれて観測されている。上方の矢印がブラッグ反射条件(角)を満たした結果で、反射が起きたため透過強度が低下した領域(青色)にあたる。左図で観察されたピーク(赤色部分)より下方に、強度が増大したビーム幅0.04mmのピークが生じている(細い赤色部分、下方の矢印)。これは結晶の縁に至った巨大なX線の横ずれによる

なお、今回の現象を医療に応用すると、細いビームを小さな患部だけに当て、被ばく量を最小限に抑えることができるようになる。また、超音波振動などによって結晶歪みに高速の変動を加えることで、横ずれが顕著な状態(オン)とほとんど起きない状態(オフ)との間の制御、つまりスイッチングが可能になるため、現在建設が進んでいるX線自由電子レーザーにおいて、高速光科学用のスイッチング素子として利用でき、原子の運動のスナップショット観察に役立つことが期待されるとしている。