東北大学 原子分子材料科学高等研究機構の川崎雅司教授らの研究チームは、酸化物であるZnOとMgを添加したMgZnOからなる積層薄膜(MgZnO/ZnOヘテロ接合)の界面に2次元電子が蓄積されている特性を生かしたFETの実現に向け、導電性高分子の一種であるpoly(3,4-ethylenedioxythiophene):poly(styrenesulfonate)(以下、PEDET:PSS)がZnOのショットキ電極として働くことに着目、同高分子をゲート電極とするFETを作製、MgZnO/ZnOへテロ接合界面の2次元電子の電気導電特性を電圧印加により自由自在に制御することに成功したことを明らかにした。

ZnOは、その特性や原材料の豊富さからレアメタルが用いられるITOなどの代替物質として注目が集めており、国内でも紫外発光ダイオードへの応用を目指した研究などが行われてきたが、近年、高いスイッチング速度を備えたFETへの応用展開が期待できることが判明、MgZnO/Znoへテロ接合では単結晶シリコンに匹敵する高い移動度が実現されており、その電気導電特性を電界効果により外部電圧で制御することができれば、透明かつ高性能な電子回路としての応用が期待されていた。

FETは、半導体/絶縁体/金属接合の電界効果を利用したものと、半導体/金属ショットキ接合の電界効果を利用したものとに分けられ、前者はSi、後者はGaAsによるFETが代表的といえる。酸化物を用いたFETの実現に向けては、前者が主な方法として検討されてきたが、欠陥の少ない半導体/絶縁体界面を形成する技術が確立されておらず、性能を向上させることが困難となっていた。

同研究グループでは、PEDOT:PSSとZnOの接合が界面欠陥のほとんどない高品質なショットキ接合となることを発見、これを利用することで、性能の高い紫外線センサを2008年に開発していた。このPEDOT:PSSをゲート電極として用いることで、MgZnO/ZnOヘテロ接合の電気伝導特性を電界効果で制御することが今回の研究の狙いで、PEDOT:PSSをゲート電極、MgZnO/ZnOヘテロ接合界面を伝導チャネルとするFETを作製した。

作製された素子の模式図(PEDOT:PSSとMgZnOのショットキ接合界面を介して、MgZnO/ZnOへテロ接合界面に自発的に誘起された2次元電子の密度を制御)

作製したFETに印加する電圧を変えながら2次元電子の密度を評価したところ、ONの状態からOFFの状態まで、直線的に変化していることが判明、これにより得られた結果として、PEDOT:PSSとMgZnOのショットキ接合界面には欠陥がほとんどないことが示された。また、2次元電子の密度を制御することにより、電気の流れやすさである電気伝導率を制御することにも成功。さらに、導電性高分子がない場合と同様に最大で2万cm2/Vsと、高い移動度が観測されており、有機物のランダムな構造が2次元電子の散乱を引き起こさないことが判明した。

ゲート電圧による電子密度の制御とそれに伴う電気伝導率の変化(ゲート電圧で電子の密度を任意に調節することが可能であり、結果として電気の流れやすさである電気導電率のON/OFFを実現できている様子が見て取れる)

こうした成果について詳細な評価を行った結果、2次元電子の電気伝導特性を精密かつ自由自在に制御できることが判明した。

2次元電子が多く存在するON状態では、温度の低下とともに抵抗が小さくなっていく金属的な状態が実現されている一方で、2次元電子の数を減らしてOFF状態にすると、温度の低下とともに抵抗が高くなっていく絶縁体的な状態が実現されている。その境界の抵抗値は理論的に予測されている値(25.8kΩ)と一致しており、2次元電子を厳密に制御できていることが示されている。

ゲート電圧の印加に伴う2次元電子の制御(a側は温度の低下とともに抵抗が小さくなる金属状態と大きくなる絶縁体状態を、ゲート電圧でON/OFFできている様子が分かる。境界の抵抗値25.8KΩは、理論から予測される値と一致しており、2次元電子を厳密に制御できていることを示している。b側は、ゲート電圧の変化とともに、磁場に対してシート抵抗が増減する周期が変化している一方で、ホール抵抗の平坦部の抵抗値は変化していない)

MgZnO/ZnOヘテロ接合の2次元電子は量子ホール効果を示すことが知られており、実験ではシート抵抗が磁場あるいは電子のエネルギー(ゲート電圧に対応)の変化に対して振動し、一方で電流に垂直な抵抗成分であるホール抵抗が階段状に増大する現象として観測される。従来のMgZnO/ZnOヘテロ接合では、磁場に対するシート抵抗の振動およびホール抵抗の平坦部の出現を観測することには成功していたが、今回の実験では新たに、電子のエネルギーを変えることに伴う振動パターンの変化を観測することにも成功した。その一方、電子のエネルギーを変化させても、ホール抵抗の平坦部の抵抗値は変化しないことも判明した。

東北大では、今回の成果はPEDOT:PSSがMgZnO/ZnOヘテロ接合に対して優れたゲート電極として働くことを示していることを示しているが、同様の手法を他の酸化物半導体に適用することも原理上は可能だとしている。

そのため、今回の成果をきっかけに、酸化物の透明エレクトロニクス応用を目指した研究が進展するものと期待するとしているほか、基礎的な観点からは、2次元電子の密度をさらに減少させることで、電子間の強い相互作用を反映した、酸化物特有の分数量子ホール効果の観測が期待されるとしている。