カシオ計算機が昨年から販売している「HIGH SPEED EXILIM EX-F1」は、秒間60コマの高速連写や1,200fpsのハイスピードムービーが撮影できるデジタルカメラ。従来高価な業務用機器でしか撮影できなかったハイスピード写真の世界を、一般消費者レベルでも手軽に味わえるようにしたものだ。

HIGH SPEED EXILIM EX-F1

しかし、民生用の製品でありながらこれだけの高速撮影性能を持つカメラであるため、逆に業務用途での活用にも注目が集まっているという。そこでカシオが9月から法人向けに販売を開始したのが、「EX-F1S PC制御基本開発キット」だ。これは、EX-F1S(※)をPCから遠隔操作するソフトを制作するための開発環境(SDK)で、ハイスピードカメラを利用した画像系のシステムを構築することが可能になる。

(※EX-F1に遠隔制御機能を追加した法人向けモデルで、カメラとしてのスペックはEX-F1と共通。「EX-F1S」「PC制御基本開発キット」ともにオープン価格だが、販売代理店における実勢価格は「EX-F1S」が20万円前後、「PC制御基本開発キット」が30万円~40万円)

この開発キットで、ハイスピードカメラのどんな新しい使い方が生まれ、どのような用途での応用が可能になるのか、企画・開発を担当する同社営業本部 戦略統轄部 システム戦略部 木村厚氏、QV事業部 商品企画部 野嶋磨氏、QV事業部 第一開発部 富所佳規氏に話を聞いた。

ハイスピードカメラの市場を大きく広げたEX-F1

EX-F1はもともと一般コンシューマー向け、つまり家庭用のデジタルカメラとして開発がスタートした製品である。というよりも、カシオのデジタルカメラは全製品がコンシューマー向けであり、最初から業務用の機器として発売される機種は存在しない。

QV事業部 商品企画部
野嶋磨氏

しかし、2007年のIFA(ベルリン国際コンシューマーエレクトロニクス展)にEX-F1の試作機を出展したところ、民生用途だけでなく、業務用途にも使えそうだという反応が寄せられ、実際に製品が発売された後も通常のカメラとは違った動きを見せた。「我々は一般の小売り店経由の販路を"店頭"、企業や学校などに販売する代理店経由の販路を"非店頭"と呼んでいます。従来のカメラは店頭が100%に近いのに対して、このカメラの場合は、もちろん店頭の販売が中心なのですが、非店頭ルートが他の機種と比べてケタの違う売れ方をしたんです」(商品企画担当の野嶋氏)

そして、EX-F1を購入した企業から「遠隔操作で使いたい」「PCと連携させたい」といった要望が寄せられ始める。実際に、ある自動車メーカーでEX-F1が使われていることもあったという。

一方、一般の消費者にとってカシオは、デジタルカメラ、時計、携帯電話といった商品でよく知られているが、店舗の受発注や物流の現場で使われるハンディターミナルなどでは長期にわたる実績があり、業務システムベンダーとしての顔も持っている。そこで、民生機部門であるカメラの部隊と、法人向け事業で豊富な経験を持つシステムソリューションの部隊が共同する形で、SDKの商品化に至ったというわけだ。

とはいえ、業務用ハイスピードカメラには既に一定の市場がある。新参のカシオは何を強みとしてそこへ食い込んでいくのか。営業担当の木村氏は次のように話す。

営業本部 戦略統轄部
システム戦略部
木村厚氏

「従来の業務用ハイスピードカメラは、EX-F1Sに比べると性能が高く、高度な撮影が行えますが、そのかわり導入するのにかなりの費用がかかります。例えば、何か大がかりな機器を開発するための費用ということであればペイすると思いますが、もう少しレベルダウンした、例えば工場のラインで何か異常があったとき、すぐその場で撮って調べたいといった用途については、従来のハイスピードカメラでは投資するのに高すぎるという問題がありました」(木村氏)

「業務用機には何万fpsのスピードを持っているものもありますが、実は撮影できる画像サイズが小さいということも多く、実際の売れ筋としてはVGAクラスの解像度で1,000・2,000fps台が一番多いゾーンですが、それでも数百万円の値付けになっていました。そして、そこから下の価格帯のモデルはあまりないことがわかりました」(同)

これまでの業務用ハイスピードカメラが、特殊な用途だけを想定していたがゆえに、性能も価格も高止まりしていたのに対して、EX-F1Sの場合はハードウェアが民生機のEX-F1と共通のため、大量生産されるメリットを生かし、業務用と比較すると性能はそこそこだが、価格は圧倒的に安いということが武器になる。これにより、従来は高くてハイスピードカメラなど買えなかったという業種にも、導入の道を開いたことになる。

また、野嶋氏は先の自動車メーカーの例について、次のようなエピソードを紹介してくれた。

「担当の方は、EX-F1の試作機の性能を見て『1台40万円はするだろう』と予想していたそうなのですが、EX-F1の実売価格が13万円と知って大変驚かれたということです。『これなら、カメラが壊れてしまうような試験にも使える』と」

自動車メーカーであれば、当然のことながら高価で高性能なハイスピードカメラを既に導入している。しかし、EX-F1の価格帯であれば、複数台を導入してさまざまな角度からハイスピードムービーを撮影したり、極端な場合にはカメラ自体に何かが衝突してしまうような危険なシーンを撮影したりと、これまでにないハイスピードカメラの使い方が可能になる。

また、業務用ハイスピードカメラは設置・導入あたってそれなりの作業が必要なのに対し、EX-F1であれば買ってきて開梱するだけですぐに使用できるので、台数を増やしたり、予備機の都合をつけるのも容易だ。民生用デジタルカメラなので当たり前だが、バッテリーで駆動可能というのも業務用機には意外と見られないメリットとなる。

つまりEX-F1は、これまでハイスピードカメラを使いたくても使えなかった企業だけでなく、既にハイスピードカメラを導入済みの企業にも新たな用途に使えるカメラとして注目されたのである。

SDKの登場で自在に遠隔コントロール可能に

では、今回のSDKでは、具体的にどんな使い方が可能になるのだろうか。開発担当の富所氏に聞いた。

QV事業部 第一開発部
富所佳規氏

「画像をPCに直接転送、表示できるというのが遠隔操作のメリットですが、このSDKを使ってソフトウェアを開発することで、何かを監視するとか、常に写真を撮り続けるとか、撮影ごとに設定を変更するといったカメラ操作をPCに代行させることができます。従来も『EX-F1 制御ソフト』を無償でダウンロード提供していましたが、あのソフトだと決まった動きしかできないのに対し、ユーザーが開発したソフトであれば、ユーザーの意図した通りのコントロールが可能になります。そのようなソフトを作るための素材をそろえたのが、このSDKです」(富所氏)

ソフトの開発は、開発ツールとしては一般的に普及しているマイクロソフトの「Visual Studio」を使って、C言語でプログラミングすることが可能だという。SDKにはカメラを動かすための基本的なフローチャート、サンプルプログラムのソースコードが含まれており、それらを元にしてオリジナルの撮影ソフトを作っていくことが可能だ。

開発の難易度については「ソフトウェアのインタフェースとしては、シャッターを押すとか、設定を変更するといった単位のコマンドですので、そんなにとっつきにくい開発ではありません」(富所氏)ということで、CCDを直接制御するような専門的な画像処理プログラムを書く必要はなく、一般業務系のプログラマーが持つ知識で十分開発可能なものだという。逆に言えば、秒間60枚の連写速度を秒間80枚にするといった、カメラ自体の性能を超えることはできないということになる。

また、「エンドユーザーが開発するというだけでなく、画像関連のシステムを開発しているベンダーに採用していただければ、例えば、画像解析ソフトの中にEX-F1Sの制御ボタンを組み込み、解析ソフトの画面上からEX-F1Sのシャッターを押すといったことも可能になります。従来のようにまず撮影して、PCに取り込んで、それをソフトの側で開くといった手間なく、ハイスピード撮影した画像をワンクリックで解析ソフトに取り込めるようになります」(木村氏)ということで、画像系のソリューションの中の一端末として、EX-F1Sを取り入れるということも柔軟に行えるようになる。

開発に関する技術サポートは、Web経由のサポートサービスが無償で3カ月付属し、希望に応じて有償で延長契約が可能となっている。このサポート体制も、EX-F1Sのために一から用意したわけではなく、ハンディターミナルなど従来の法人向けシステム製品で提供しているものと共通であり、既に実績のある体系ということができる。

なお、SDKを利用して開発したソフトウェアは、法人向けモデルの「EX-F1S」でないと動作させることはできないが、既に購入済みのEX-F1をEX-F1S相当のソフトウェアにアップデートする有償サービスも用意する予定だ。

「EX-F1S PC制御基本開発キット」起動画面

VisualStudio上でプログラミングしながら作成しているソフトを動作させてみる

完成したソフトを動かしている

EX-F1SとPCを接続して制御する

億単位の投資が数百万円で済む

法人向け製品としての展開はまだ始まったばかりなので、具体的な事例が見られるのはこれからということになるが、研究開発分野でEX-F1が既に使われている例として、総務省の戦略的情報通信研究開発推進制度(SCOPE)に採択された研究テーマ「多視点映像による技能コンテンツ制作・提示技術の研究」(平成20年度)がある。

これは、名古屋大学情報連携基盤センター、名古屋大学大学院、福井大学大学院、中京テレビ放送による共同研究で、複数のカメラで撮影した多視点映像を、見やすく再生する技術を開発した。例えば、「匠」と呼ばれるような専門技術者の技能を、作業場所を取り囲むように設置した複数のカメラで撮影することで、技能取得のための教材として活用することが考えられている。

多視点から撮影された複数の映像は、カメラの位置によって目的の撮影対象(作業者の手元など)が映像内のバラバラの位置にあったり、大きさがまちまちだったりするが、この研究では映像の再生位置やサイズを補正することで、どの視点から撮影した映像であっても、撮影対象が常に中心に同じ大きさで表示されるようなシステムを実現している。撮影にEX-F1を使ったことで、素早い動きのある作業をスローモーションでじっくりと見ることもできるようになっている。

CEATEC JAPAN 2009で展示された多視点映像視聴システム。複数のEX-F1で撮影したヤスリがけ作業の映像を、どの視点からも作業者の手元が中央に表示されるように表示できる(右下PCの画面)

この研究では16台ほどのカメラを利用したということだが、従来のハイスピードカメラでこのようなシステムを実現しようとしたら、カメラだけで億単位の投資が必要となってしまうところが、EX-F1なら数百万円で済むとあって、幅広い分野に応用が可能なものとなっている。

野嶋氏も「我々としても法人専用の機種を作るのはなかなか難しいですし、作ったとしても値段が一気に上がってしまいます。EX-F1Sはコンシューマー用のカメラをベースにしていることがメリットです」と話しており、コンシューマー向けの製品を業務用途にも展開することで、新たな市場の創出につなげていくというのが今回の取り組みの大きな特徴だ。

カシオ計算機によれば、EX-F1の後継モデルの予定はまだ決まっていないということだが、もし将来そのような製品を出す際には、引き続きPCからの遠隔制御機能を搭載したいとしている。