宇宙での実験は何が違うのか

ISAS 宇宙環境利用科学研究系・ISS科学プロジェクト室長 教授の依田眞一氏

続く第2部は「『きぼう』がひらく新たな科学技術」と題して、ISAS 宇宙環境利用科学研究系・ISS科学プロジェクト室長 教授の依田眞一氏が「微小重力科学」について、同じくISAS 宇宙環境利用科学研究系・ISS科学プロジェクト室 教授の石岡憲昭氏が「宇宙生命科学」についての講演を行った。ちなみに、第3部はISASが作製した映画の上映であった。

宇宙空間の定義は、「無重力(わずかに重力がかかる=微小重力環境)」「放射線環境、真空」「太陽光」の条件が存在する状態を指す。ISSに取り付けられている"きぼう"に搭載される実験装置は「流体・結晶成長実験装置」「冷凍・冷蔵庫」「細胞培養装置」「温度勾配炉」などであり、このうち温度勾配炉については「2010年に搭載する予定」(依田氏)である以外はすでに稼働して実験を行っているという。

"きぼう"に搭載される実験装置各種

微小重力環境は、「物質科学」「燃焼科学」「流体科学」において地上において不可能な物理現象を利用できることなどから新材料創生や原理実証などの面で有効な環境。同環境の主な特徴は、「熱対流の抑制」「少ない浮力・沈降」「静水圧の減少」「無容器保持」の4つ。

これらを加味した実験として、「氷の円盤状結晶を成長させ、形態観察および結晶周囲の温度分布計測を行うことによる結晶の形態形成メカニズムの解明」などを行った。同実験は、当初予定の105回を上回る134回を2008年12月から2009年2月の計45日間で実施してデータを収集したという。このほか、高品質の半導体結晶の成長メカニズムに関する実験や新機能物質の創生とメカニズムに関する実験などが行われている。

氷の結晶成長実験の様子

依田氏は、今後もこうした実験を通して「液体構造と物性の解明に切り込んでいきたい」としており、微小重力環境という特殊な状況を用いた真理の追及をしていきたいとした。

宇宙は生物に何をもたらすのか

ISAS 宇宙環境利用科学研究系・ISS科学プロジェクト室 教授の石岡憲昭氏

一方の宇宙生命科学は色々と定義が分かれるが、石岡氏が語る宇宙生命科学は「Life Sciences in Space(宇宙での生命科学)」であり、無重力で生物はどうなるのか、宇宙放射線の影響などを実験することにより、地上の医学、医療への貢献ならびに新たなバイオテクノロジーや再生科学、宇宙への人間の進出の補助を狙うというもの。

人間が宇宙に行くと、始めに神経系が酩酊状態に近くなり、次に顔などにむくみが生じる、こうした症状が収まり、宇宙で生活する適応点に到達するには大抵1カ月半程度を要するという。

人間が宇宙に行くと、さまざまな症状が生じる

また、宇宙空間には地上に降り注ぐ以上の放射線が存在するわけだが、「ISS内に居る場合、瞬間的に浴びる量はレントゲンで浴びる量よりも少ない」(石岡氏)という。ただし、「常に放射線を浴び続けることにはなる」(同)。なお、1日の被爆線量は0.2~0.5mSv程度であり、1回の胸部レントゲンの被曝線量0.1~0.6mSvと大差はないという。

なお、ISSで浴びる放射線量そのものは地上に比べれば確かに多いが人体として問題になる量ではないとするが、「確率はかなり低いが、重粒子線に当たると遺伝子、というよりもDNAのらせん部分が破壊されてしまう」(同)といった危険が存在することは確かだという。

実験では、「重力変化の筋肉に対する影響」として、線虫をISSに打ち上げ、人工的に作り出した1G環境下と0G環境下で3世代程度育成した後に回収、遺伝子レベルの調査を行った。結果は、モーターたんぱく質のミオシンに関する遺伝子量が減少したことが確認された。石岡氏は「人への応用はまだ不明だが、遺伝子でできていることには変わりはなく、線虫で生じたことが人間で生じないとは言えない」とした。

微小重力における遺伝子発現の変化を探る

このほか、植物の育成実験や放射線の影響実験「Rad Gene/LOH」などが行われている。Rad Gene/LOHは日本の装置を"きぼう"で用いた本格的な実験であり、この成果が地上での癌の予防と治療への応用や遺伝子異常による病気治療への応用、創薬、放射線防護といった分野への応用につながっていくという。

植物の育成実験の意図(左)と「Rad Gene/LOH」の目指すところ(右)