――"人間圏"という概念は先生がお考えになったものだと思いますが、どのようなものなのか、お話しいただけますか。

「具体的な例で言うと、夜半球の地球を宇宙から眺めると煌々と輝く光の海が見えます。そういった映像をご覧になったことがあると思いますが。この光の海をわたしの言葉で言えば、"地球システムを構成する人間圏という構成要素"となるわけです」

――確かに地球の一部ですね。

「大気が見えるとか、海が見えるとか、大陸地殻が見えるとか、森林が見えるとかと同様に森林は生物圏ですけどね、現在の地球には人間圏が見えているわけです」

――はい。

「それはどういうことかというと、我々が農耕牧畜という生き方をしているということなんです。"狩猟採集"と"農耕牧畜"という生き方を宇宙から見るということと同じですが、地球システムという見方で比較すると、この二つはまったく違う」

――と、おっしゃいますと……。

「"狩猟採集"というのは、"生物圏"という地球システムのサブシステムに閉じて生きる生き方です。動物がやってる生き方なんです。我々人類が700万年ぐらい前に類人猿から分かれたといっても、狩猟採集をしているうちは基本的にほかの動物と変わらない」

――生き物の一種にすぎなかった……。

「生物圏の中の種のひとつとして生きているということなんです。食物連鎖に連なって、生物圏の中の物やエネルギーの流れを利用して生きる生き方。いろんな人類が生まれては消えたという歴史の中で、現生人類も1万年前まではそういう生き方をしていた」

――その後、農耕牧畜を始めるわけですね。

「その"農耕牧畜"という生き方を地球システム論的に考えてみる。例えば、森林を伐採して畑に変えると、太陽から入ってくるエネルギーが地表で反射される割合が変わるわけです。これは、太陽のエネルギーの流れを変えてるわけでしょ」

――そうですね。

「雨が降ったときに大地が侵食される割合も、森林に覆われているときと農地とでは全然違うわけです。それが土砂として海に流れていく。これは、地球における物質循環を変えるということでしょ」

――ええ。

「これはすなわち、地球全体のエネルギーや物質の流れに関わって生きるということです。それを地球システム論的に分析すると、"人間圏"という新しい構成要素をつくって生きる生き方ということになる。その結果、地球全体の物やエネルギーの流れが変わったということです」

――もはや、生物圏の一部ではなくなった……。

「"人間圏"というのは、我々が生物圏の中から飛び出して作った新たな構成要素なんですね。1万年ぐらい前に生まれて、どんどん大きくなって今に至ると。その発展段階での違いも分析することができます。すると今の人間圏の問題点も浮き彫りになってくるわけですよね」

――人間圏は、できてから、次第に拡大してきているわけですよね。

「そうですね。拡大といっても大きく言えば、ひとつの変化が特に注目されます。それは、人間圏の中に我々が駆動力をもつかどうか、ということが大きいんです」

――駆動力ですか?

「そのシステムが何であれ、システムを記述するときにはその構成要素が何なのか、構成要素間の関係性が何なのか、これを特定するとそのシステムの特徴が分かるわけです。関係性とは駆動力が何なのか、によっています」

――具体的には、どういうことなのでしょう?

「地球システムの場合で言えば、構成要素とは先程述べたようなさまざまな物質圏です。その関係性とは例えば、海から蒸発した水が大気中で雲を作り、雨となって落ちて大陸を侵食して……といった循環ですね」

――はい。

「人間圏の場合だと、産業革命のころまではその誕生以来、基本的な変化はありません。駆動力という意味では、地球システム固有の自然のエネルギーを使っていたということです。すなわち、地球という星全体の物やエネルギーの流れを人間圏にバイパスさせていたということです。日本だと江戸時代まで、ずっとそうなんです」