ITと人材の投資を活かすために必要な「組織IQ」 - 平野雅章氏

次に、経営情報学の第一人者である早稲田大学大学院の平野雅章氏が講演を行った。講演では「ITを活かす組織、人材を活かす組織」と題して、組織とIT投資、人材投資の相関性について解説した。平野氏はまず"組織"を「意志決定とコミュニケーションの仕組みやルール」と定義し、「企業の能力は、"組織成員の資質×組織の性能"。組織成員の資質とは、知力、体力・持久力、徳力・倫理観、意欲、リーダシップ、スキルといった要素を指す。一方、組織の性能は、情報処理マシンとしての仕組みやルールの性能であり、組織メンバが替わっても替わらないものだ。組織の性能は、"組織IQ"で測ることができる」と語った。

「ITを活かす組織、人材を活かす組織」についての講演を行う平野雅章氏 - 平野氏は経営情報学の第一人者で。IT投資と経営成果の関係性について、データに基づいた実証研究を行っている。早稲田大学経営専門職大学院および大学院商学研究科(ビジネススクール)教授

平野氏によると、"組織IQ"は企業などの競争的組織における能力を測る指標のひとつで、米スタンフォード大学ビジネススクールのHaim Mendelson氏と、当時McKinsey & Company(マッキンゼー)にいたJohannes Ziegler氏が考案した。組織を内外の情報をインプットし、意思決定というアウトプットを行う"情報処理マシン"に見立て、その性能を測定する。組織メンバの資質や教育訓練への投資、業務でのIT利用度は測定しない。

具体的には、

  • 外部情報認識(EIA : external information awareness)
  • 内部知識流通(IKD : internal knowledge dissemination)
  • 効果的な決定機構(EDA : effective decision architecture)
  • 組織フォーカス(OF : organizational focus)
  • 継続的革新(CI : continuous innovation)

の5つの原則をもとに、それぞれ具体的な指標を定めた経営革新に直結する具体的な質問を行い、その回答を数値化する。

組織IQが低い場合はIT投資で業績悪化の恐れあり - 人材投資も効果無し

平野氏は、この組織IQと経済産業省が実施した「IT経営百選」と「情報処理実態調査」の調査データを組み合わせた分析結果を紹介した。それによると、組織IQと企業業績には強い相関性が認められることが歴然と示された。一方、組織IQとIT投資の相関性では、組織IQが低い企業ではIT投資を高くすると、業績がかえって低下することが明らかになったという。また、組織IQと人材投資の関係性では、組織IQが低い企業では人材投資を高くしても業績にほとんど変化が見られないのに対して、組織IQが高い企業では業績が著しく上がることがわかり、「IT投資や人材投資によって直接組織IQを高めることができない。従って業務システムに投資すれば優れた組織力が発揮されるというわけではない」と平野氏は結論づけた。

加えて、平野氏は組織IQとIT投資のリターンについての相関性のデータを紹介。その結果、組織IQが高い企業では、IT投資を高めると業績が著しく向上するのに対して、組織IQが低い企業では逆にマイナスの効果になるという結果が示された。また、人材投資のリターンについても同様の結果が得られ、「IT投資と人材投資のリターンは組織IQによって規定される。組織IQが低いとIT投資からは負のリターンとなり、人材投資の効果も得られない」との分析結果を述べた。平野氏によると、IT投資の効果を考える際には、"能力"、"ツール"、"成果"を区別することが重要だという。

平野氏はゴルフとクルマの運転の例を挙げ、「ゴルフでは、腕前(能力)、クラブ(ツール)、スコア(成果)に、クルマの運転は、腕前(能力)、クルマ(ツール)、所要時間(成果)として分類できる。いいクラブ(ツール)を使えばスコア(成果)は上がるが、腕前(能力)が上がったというわけではない。腕前(能力)を上げるにはそのための投資をしなければならない。クルマの運転も同じ。IT投資の場合は、組織能力(能力)、IT(ツール)、業績(成果)に分類できるが、IT(ツール)に投資をすれば、腕前(能力)は替わらないが、それなりの業績(成果)が得られるかも。でも組織能力が低ければあまり意味がない」と述べた。

情報処理能力に合った意思決定機構の設計を

また、組織IQでは5つの原則のなかでも"組織フォーカス"がキーになるという。その理由について平野氏は「私たちの情報処理能力には限界がある。情報処理負荷が情報処理能力を超えないように、意思決定機構を設計する必要がある」と語った。さらに、まとめとして「経営者にとって、IT投資や人材投資のリターンを改善するためには、まず組織IQの向上が不可欠。従業員が職場で自分の資質や能力を活かすためには部下・同僚・上司に組織IQの向上を働きかけなければならない。ITベンダは、組織IQの低い客先には、ITを売る前にまず組織投資を奨めることにより、長期的なWin-Win関係を構築していくことが重要」と、経営における組織IQの向上の重要性を強調した。