自動車部品メーカーのデンソーが、工場などの生産現場で働くすべての従業員約2万2000人に対して、1人1台のモバイルデバイスと従業員専用のMicrosoft 365アカウントの展開を完了させました。現場の従業員1人ひとりに専用デバイスと専用アカウントを支給するのは国内製造業ではきわめて異例のことです。取り組みの背景には、現場での働きがいや今後の製造DXに向けた企業としての危機感がありました。

工場を中心に製造現場の全従業員にMicrosoft 365アカウントを配布、製造DXを目指す

先進的な自動車技術とシステム・製品をグローバルに提供する自動車部品メーカーのデンソー。事業分野は、エレクトリフィケーションシステム、パワートレインシステム、サーマルシステム、モビリティエレクトロニクス、先進デバイス、FA(ファクトリーオートメーション)、フードバリューチェーンの7つに及び、売上収益は連結7兆1447億円、連結子会社数は193社、従業員数は連結16万2029人、単体単独4万3980人(いずれも2024年3月31日現在)に達します。

1949年の創業以来、品質のデンソーとして経営基盤を高める一方、先進、信頼、総智・総力の3つからなるデンソースピリットのもと、イノベーティブな取り組みを積極的に推進してきました。世界初製品は130以上、特許保有件数は4.1万件、技能五輪国際大会総獲得メダル数は77個に及びます。

そんなデンソーが2021年から取り組んできたのが、ITを活用して現場の働きがいを変革するプロジェクトです。工場を中心に製造現場で働くすべての従業員にiPhone/iPadを配布し、従業員一人ひとりにMicrosoft 365のユーザーアカウントを発行。チャットをはじめ、社内ポータル、ストレージ、オフィススイートなどさまざまな業務アプリケーションを利用できるようにして、現場におけるコミュニケーション・コラボレーションのあり方を根本的に変革したのです。

この現場改革プロジェクトを最初期からリードしてきた、デンソー IT基盤推進部グローバルインフラ企画室 依田祐輔氏は、取り組みの狙いをこう話します。

(写真)株式会社デンソー IT基盤推進部グローバルインフラ企画室 依田祐輔氏

株式会社デンソー IT基盤推進部グローバルインフラ企画室 依田祐輔氏

「工場をはじめとする現場の従業員には、自分用のPCはもちろん、スマートフォンやタブレットなどのデバイス、メールアドレスなどは支給されないのが普通です。デンソーでも従業員向けに何か連絡が必要な場合は、掲示板に紙で貼り出したり、課長や班長が朝礼の際に口頭で申し送り事項を伝えたりしていました。また、従業員側から会社に何か提案する場合や従業員同士で業務に関わる連絡を行う場合も紙や口頭で行なっていました。ただ、デジタル化が進んでいくとこうした方法では、社内コミュニケーションに支障が出ますし、現場のDX推進の足かせにもなりかねません。現場の従業員がデバイスを使いこなして、現場の改善に役立てたり、ナレッジの共有やスキルの伝承に役立てたりできないか。そこで取り組んだのが、オフィスから工場まで全従業員が同じ条件で働くことができる環境の実現でした」(依田氏)

デンソーではオフィスワーカー向けに「Microsoft 365 E5」を展開しています。今回、オフィスから工場まで全従業員が同じ条件で働くことができる環境を実現するために採用したのが、フロントラインワーカー向けMicrosoft 365である「Microsoft 365 F3」でした。

デンソーの現場部門が直面した3つの課題と、トップマネジメントの「危機感」

デンソーの現場社員が直面していた課題は、大きく3つに整理することができます。

1つめは、社内情報からの断絶です。依田氏とともにプロジェクトを推進してきた岩月千智氏はこう話します。

(写真)株式会社デンソー IT基盤推進部グローバルインフラ企画室 岩月千智氏

株式会社デンソー IT基盤推進部グローバルインフラ企画室 岩月千智氏

「これまでは、福利厚生や手当ての案内、社長の年度挨拶や経営方針、各種催し物の案内、通勤バスのダイヤ改正情報など、働く上で必要になるさまざまな情報が、掲示板での案内や朝礼での口頭での連絡に限られていました。不明点があったり詳しく知りたいといったときは、事務の担当者に直接聞いていたのですが、コロナ禍に入って多くの社員が出社しなくなると、情報をどこで得ればよいか分からなくなりました。事務担当者がテレワークを行っているときは、聞きに行く相手に連絡すらできません。それによって例えば、新しい福利厚生制度や手当ての案内を知らずに、申請に間に合わないといったことも起こりつつありました」(岩月氏)

2つめは、紙に起因する作業工数の増加です。

「案内や申請などは紙で行っていたので、案内を作成したり、申請を受け付けて確認したりといった作業が負担になっていました。現場向けのアンケート調査などを実施する際も、紙で作成して一人ひとりに回答してもらい、回収・集計する必要がありました。残業時間の申請などもそうです。オフィスワーカーの業務がデジタル化によって効率化されてきているのに、現場の作業はアナログな状態のまま止まっている。デジタル化の効果を十分に生かせていない状態でした」(依田氏)

3つめは、従業員の働きがいが低下する懸念です。

「オフィスワーカーは、Microsoft TeamsのWeb会議やチャットを使った新しい働き方が浸透しはじめていましたが、現場の従業員はそこから取り残されていました。デジタルを使ったコミュニケーションやコラボレーションの手段がないため、何かよいアイデアがあっても会社に提案したり、社員同士で意見を交わしたりすることができません。このままでは、働きがいを持てなくなってしまうのではとの懸念がありました」(岩月氏)

こうした状況に対しては、トップマネジメントも危機感を抱いていたといいます。

「デバイスもメールアドレスも持っていない現場の従業員は情報にアクセスすらできず、社員によって待遇の差があるのは働きがいの面からもDXを進めるうえでも問題がある。そうした意識を会社の上層部が抱いていました。今後、社員が働きがいを持ってDXを推進していくためには、オフィスワーカーがモバイルPCを活用するのと同じように、現場の従業員がモバイルデバイスを活用することが欠かせないという共通理解がありました」(依田氏)

スモールスタートしてモデルケースを展開、基本的な使い方と地道な教育を徹底

トップマネジメントの後押しもあったものの、一方で「製品を作ることが本業の現場に情報デバイスは必要ない」という意見も少なからずあったといいます。また、現場のベテラン従業員の中には、改善を繰り返してきた現場の中でわざわざスマートフォンを操作しなければならないことに抵抗感を持っていたり、ガラケー世代のためそもそもスマートフォンの操作自体に慣れていなかったりするケースも多くありました。

依田氏らは、どうすれば全社的に納得感を持ってもらい、現場の従業員も自分事として受け入れてもらいながらプロジェクトを進められるのかに苦心しました。

1つのポイントとなったのが、スモールスタートです。

「現場の従業員は、21製造部の生産に関わる部署に所属する約2万2000人です。21製造部は、生産拠点となる製作所に複数またがるように設置されていて、国内の製作所としては、スターターやインバーターなどを製造する愛知・安城製作所や、点火系製品や先進安全関係製品を製造する三重・大安製作所など11製作所があります。まず部署単体で成功事例を作り、それを製造部や製作所に横展開していくことで、デバイスを展開する狙いや効果を少しずつ理解してもらうことを目指しました」(依田氏)

スタート地点となったのは、大安製作所と安城製作所の3つの生産課です。それぞれ進取の気性に富む課長が所属しており、課内でのデバイスの利用促進や効果検証に積極的に協力してくれたといいます。約半年の試行の結果、デバイスの利用によって平均1人当たり3.4時間の工数削減効果があることを確認しました。その成果をモデルケースとして、課から製造部へ、製造部から製作所へ取り組みを広げていったのです。また、課長らは他部署からの見学・研修の依頼なども積極的に受け入れるなど、取り組みを支える熱心なサポーターになってくれたといいます。

2つめのポイントは、基本的な使い方の提示と地道な操作教育です。

「単にデバイスを渡すだけでは使ってはもらえないと考えました。『まずは自分のスマホのようにTeamsでメッセージを送りあってみてください』『iPhoneのカメラで写真を撮ってメッセージするときはこうです』『フリック入力するときはこうです』といったことを、現場をまわって一人ひとりに丁寧に対応することを心掛けました。現場にはスマホの操作に慣れた若手も多くいます。次第に若手がベテランにスマホの操作を教えるといったこれまでにないコミュニケーションが生まれるようになりました。また、ガラケーしか持っていなかったベテランが若手に絵文字やステッカーを送るようになりました。約2年かけて21製造部のすべての部署をまわるなかで、自分たちの取り組みとして意識してもらえるようになったと実感した瞬間でもあります」(岩月氏)

現場に根付いた改善文化がデジタルツールの活用を加速させた

デンソーでは、2023年12月までに現場の従業員2万2000人へのデバイス展開と一人ひとりに対するMicrosoft 365 F3導入を完了させました。その効果はさまざまな面で表れています。

1つめの効果は、現場の従業員のコミュニケーションのあり方が根本的に変わったことです。

「デバイスを展開したことで、情報へのアクセスの仕方が大きく変わりました。掲示板や朝礼で伝えていた情報は、課や室などの単位で作ったTeamsのグループチャットで行われるようになりました。必要な情報はすべてTeamsから得られますし、詳しい情報を聞きたい場合は、Teamsで質問して回答を得ることができます。また、必要な場合はTeamsから電話をして話をすることもできます。Teamsの基本的な使い方については操作教育や研修などに多くの時間を割きましたが、その後の応用は現場に任せることにしました。デバイスの展開から半年ほどで、Teamsを使った申請書の提出やアンケート調査の実施など、自分達なりに使い方を工夫する姿が見られるようになりました。現場に根付いた改善文化が生きているのだと思います」(依田氏)

2つめの効果は、アナログからデジタルに移行したことによる工数の削減です。試行段階で平均1人当たり月3.4時間の工数削減効果があることを確認していましたが、あらためて全社アンケートをとって確認したところ、平均1人当たり月1時間の削減効果を確認しました。

「アンケートでは、情報伝達の効率化や管理工数の削減などを含めて、週に何分効率化できているかを聞いて9000名の回答を集計したものです。部署によって違いはありますが、導入による業務効率化の効果は大きいと考えています。また投資回収も1.5年で可能なことがわかっています」(岩月氏)

3つめの効果は、製造DXに向けた従業員の働きがいの向上です。

「なかなか数字では表しにくいものではあるのですが、例えば、アンケートで『デバイスを使うことで職場の風土は良くなったか』と聞いたところ、肯定的な意見が多くありました。ベテランと若手がTeamsでコミュニケーションしながら、若手がベテランにデジタル技術を教えたり、逆にベテランが持つ製造現場のノウハウを若手に教えたりしていることもその表れだと思います。また、『デバイスが役立っている』という回答と『働きがいがある』という回答には、強い相関も見られました。デバイスを導入したことが社員の働きやすさにつながっていると言えます」(岩月氏)

さらに、Microsoft 365の活用が加速していることもポイントです。

「生産設備の故障や保守の状況なども朝礼で申し送りしていたのですが、その際にカメラでそのときの状態を撮影して、Teamsなどで伝達するといった使い方をするなど、日々の報連相で写真や動画、チャットを活用するシーンが増えてきています。また、ノウハウを溜めておく場所としてSharePointやOneDriveを活用したり、PowerAppsを使って現場の障害レポートや分析アプリをつくったりといった取り組みも生まれてきています。さらに、勤怠システムや出張システムなどの基幹系システムと連携する仕組みがほしいという声も挙がりはじめました」(依田氏)

Microsoft Intuneを活用して全社的なセキュリティとコンプライアンスを確保

デンソーが現場向けコミュニケーションツールとしてMicrosoft 365 F3を採用した理由は、すでにオフィスワーカー向けにMicrosoft 365 E5を導入していたことが大きいといいます。

「オフィスワーカーと同じ環境をシステム的に構築するため、デバイス管理やセキュリティ管理の仕組みをそのまま現場の従業員向けに拡張して対応できます。2万2000人分のデバイスとアカウント設定を行うことはキッティング作業を含め、膨大な工数がかかります。その点、Microsoft 365 F3は、Microsoft 365 E5とあわせて、Microsoft Intuneによる一元的なエンドポイント管理とセキュリティ管理が可能です。Intuneを活用したキッティング自動化のワークフローを新たにつくり、スムーズに2万2000台を展開できるようにしました」(依田氏)

 デバイスであるiPhoneは、Wi-Fiアクセスによる社内利用のみが許可され、社外への持ち出しなどはできないかたちで運用されています。それでも、意図しない持ち出しや紛失、不正アクセスなどのセキュリティリスクはあるため、Intuneによるリモートワイプやリモートロック、Security and Complianceオプションによるデータ損失防止や特権アクセス管理、インサイダーリスク管理で、さまざまなリスクに対応できるようにしました。

「システム的に言えば、Microsoft 365 F3を採用すると決めた時点で、今回のプロジェクトは成功が約束されていたと言っても過言ではありません。現場のすべての従業員が利用するデジタルツールを導入しようというとき、Microsoft 365以外のツールだったら、これほどスムーズに展開できなかったでしょうし、展開したあとの運用管理の負担が大きかったと思います。Microsoft 365 F3は、必要十分な機能を備えたコストパフォーマンスの高いサービスです」(依田氏)

岩月氏もこう話します。

「成功のポイントは、1つの設計を全体に適用できたことにあると考えています。TeamsやSharePointなど、サービスの使い方を学べばどの部署でも同じようにノウハウを適用していくことができます。Microsoft 365 F3は、オフィスワーカーが利用しているE5と同じ機能を利用できますし、普段使っているスマホアプリと同じように利用できる、現場目線での改善がしやすいツールです」(岩月氏)

 今後は、Microsoft 365を関連子会社193社の約16万人への展開を図っていきます。さらに国内外のグループ会社への展開も視野に入れています。いよいよ本格化するデンソーの製造DXの取り組みをMicrosoft 365がこれからも支えていきます。

*所属部署、役職等については2024年4月現在のものです。

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