1949 年創業の教科書発行会社である光村図書出版株式会社は、教科書発行者の先陣を切ってデジタル教科書の開発に着手。長年にわたり教科書を作成してきたノウハウを惜しみなく投入したデジタル教科書を 2005 年に商品化し、それ以降、教育のデジタルトランスフォーメーション(DX)を実現するための取り組みを続けてきました。さらに同社では、文部科学省が推進する GIGA スクール構想に対応するため、2020 年からデジタル教科書の配信プラットフォーム「まなビューア」の提供を開始し、翌年 2021 年にはクラウドサービス化。その基盤として採用されたのは Microsoft Azure でした。
文教市場のニーズに応え、デジタル教科書の配信プラットフォーム「まなビューア」のクラウド化に着手
小学校・中学校・高等学校の国語・書写・生活・英語・道徳・美術など幅広い分野の教科書を 70 年以上にわたり編集・発行してきた光村図書出版株式会社(以下、光村図書)。特に国語に関しては、2023 年現在、小学校・中学校ともに全国シェアの 約 2/3 を占めており、リーディングカンパニーとして文教市場を支えています。同社はデジタル教科書の開発にも早期から取り組んでおり、国の政策により教育現場の ICT 化が推進された 2005 年には、指導者(先生)向けのデジタル教科書を商品化。社会全体で DX の実現に向けた取り組みが加速していく状況のなか、数多くの学校で導入が進み、毎年、デジタル教科書の売上が伸びる成長をみせています。
さらに同社では、2019 年にスタートした GIGA スクール構想により、児童・生徒が 1 人1 台の端末を利用できる環境が整備されていくことを踏まえ、デジタル教科書の配信プラットフォーム「まなビューア」の開発に着手しました。光村図書 代表取締役副社長の津田 俊二 氏は、同社におけるデジタル事業の変遷と、「まなビューア」を開発した経緯について以下のように話します。
「教科書会社は独特な業界で、4 年に 1 度の教科書改訂サイクルに合わせて事業を展開しています。2005 年にデジタル教科書を商品化した最初のサイクルから、市場規模は拡大を続け、現在は、前の 4 年間のサイクルと比較すると 3 倍以上の伸び率となり、大きな市場に成長しています。その背景の一つには 2019 年に文部科学省が開始した GIGA スクール構想があります。学校の ICT 環境が整備されることで、指導者向けに加えて学習者(児童・生徒)向けのデジタル教科書を展開できるようになると考え、そのプラットフォームとしてまなビューアを開発。2019 年に体験版をリリースし、2020 年の小学校における教科書改訂に合わせてサービスの提供を開始したことで、高い伸び率を実現しています」(光村図書 津田 氏)。
2020 年より提供を開始したまなビューアですが、GIGAスクール構想ではクラウド・バイ・デフォルトの原則が打ち出され、教育現場でもクラウドサービスの活用が求められるようになり、まなビューアにおいてもクラウド化が急務となりました。まなビューアのプラットフォーム開発責任者を務める光村図書 編集第二本部 デジタル開発部長の大関 正隆 氏は、デジタル教科書のプラットフォームをクラウド化する利点と、パートナーとして大日本印刷株式会社(以下、DNP)を選定した理由について説明します。
「光村図書では、デジタル教科書を“学びの可能性を広げるもの”と捉えています。これまで70 年以上にわたり教科書を作り続けてきた実績と経験を持つ弊社がデジタル教科書のプラットフォームを構築することで、教育現場のニーズに合った使いやすい環境を提供できると考え、まなビューアの開発に着手しました。開発にあたって学校の先生方からフィードバックをいただき、ボタンの配置から画面の遷移まで意見を反映させて作り込んでいます。提供を開始した当時は端末1台1台にインストールしたり、校内のオンプレミス環境に設置したサーバーから配信したりといった使い方が主流でしたが、 GIGA スクール構想によって教育現場の ICT インフラ、ネットワーク環境の整備が進んだことでクラウド化の流れが一気に加速。これに対応して 2020 年からクラウド化の検討を開始し、高い技術力を有し、クラウドプラットフォームの実績もある DNP に声をかけさせていただきました」(光村図書 大関 氏)。
DNP では、2017 年から自社ブランドのサービスとして、学びのプラットフォーム「リアテンダント」を文教市場向けに提供するなど、教育分野の DX を支援するための取り組みを拡大しています。リアテンダントの企画に携わり、営業セクションの責任者を務める大日本印刷 教育ビジネス本部 営業企画部 部長の坂本 早苗 氏は、文教市場向けに展開する DNP の事業についてこう語ります。
「文教市場向けの事業としては、システム構築をはじめ、お客様のニーズに応える受託型のビジネスを中心に展開してきましたが、2017 年に自社サービスとして DNP 学びのプラットフォーム『リアテンダント』を立ち上げました。小・中学校における教育の現場で重要な役割を担っているのは、言うまでもなく教員の皆様ですが、先生方は授業の準備から部活指導、アンケート集計、テスト採点といった多様な業務に追われており、その多忙さは社会問題にもなっています。こうした状況のなかで、先生方の子どもたちに向き合う時間を少しでも創出したいと考え、リアテンダントという SaaS 型のサービスのなかでデジタル採点サービスの提供から開始しました。蓄積されたテスト結果データは先生の指導にもご活用いただいております。国が推進する教育エコシステムを担う 1 メンバーとして、さまざまなパートナーとともに新たな価値の創出と教育 DX に貢献したいと考えており、こうした取り組みが光村図書様に評価されたと考えています」(DNP 坂本 氏)。
まなビューアのクラウド配信プラットフォーム開発においてプロジェクトリーダーを務めた大日本印刷 教育ビジネス本部 システム企画開発部 副部長の伊豆田 栄二 氏は「以前からまなビューアとリアテンダントの連携について話をしていたこともあり、クラウド配信プラットフォーム開発のパートナーとして選定していただきました」と経緯を説明。「我々が持つクラウドプラットフォームの開発・運用に関する知見を活かし、まなビューアの安定稼働はもちろん、リアテンダントとの連携によって児童・生徒・先生に新しい価値を提供していきたいという思いで開発を進めています」と現状を語ります。
GIGA スクール構想による教育現場の環境整備を受け、学習者用デジタル教科書の活用方法を提案
こうして、光村図書と DNP が持つ実績や経験を活かし、まなビューアのクラウド化が進められていきました。開発にあたっては、全国の小・中学校や地方自治体でインフラ整備の状況が異なっていることが課題になったと津田 氏。「どのような機能を実装しても、端末の性能や台数、ネットワーク環境などによっては効果的にデジタル教科書を活用することが困難になります。さらに GIGA スクール構想で端末の配付は進みましたが、数年後には買い換える必要が出てくることを考えると、そのタイミングで国や地方自治体がどう対応するかが重要になってくると思います」と、中長期的な視点からデジタル教科書活用の現状と課題を語ります。
大関 氏も、インフラの整備についてクラウド配信プラットフォームを利用したデジタル教科書活用の課題と捉えており、さらに 1 人 1 台の端末が用意されたことで急速に普及が進んだ学習者用のデジタル教科書を有効に活用するためには「指導法の普及」も必要になると話を展開します。
「国の政策による後押しもあって、電子黒板や大型テレビ、プロジェクターといった機材が整備されたことで、指導者用、すなわち先生向けのデジタル教科書が普及しました。20 年近くが経過した現在では、全国 8 割以上の学校で活用されているという文部科学省の調査結果も出ており、指導者用デジタル教科書は先生方が指導するツールとして完全に定着しています。一方で、GIGA スクール構想で一気に普及した学習者用デジタル教科書は、2019 年の法改正によって制度化され、2024 年の教科書改訂のサイクルから本格的に導入されることが予定されています。そのなかで、私たち教科書発行者も現場での活用の研究を進めており、先生方とともに学習者用デジタル教科書の効果的な活用を模索、提案しています」(光村図書 大関 氏)。
光村図書は、デジタル教科書では、教科書に書き込んだり消したりといった操作が簡単に行えることに着目。児童・生徒が、デジタル教科書に書き込んだり線を引いたりすることで、自分の考えを表現できるようになると考え、まなビューアのクラウド化にあたり、学習機能の拡充を図りました。実際、まなビューアを使用した児童・生徒が、お互いの教科書への書き込みを見せ合うことで協働的な学びにつながったという事例も出てきていると大関 氏。「国の有識者会議でも議論されている通り、学習者用デジタル教科書をより有効に活用するには、先生方の指導スタイル、児童・生徒の学びのスタイルを柔軟に変えていく必要も時としてあります」と語り、効果的な指導法がクラスや学校の垣根を超えて広がっていけば、デジタル教科書のより良い使い方が見えてくるはずと期待を口にします。
Microsoft Azure が提供する機能・サービスを利用し、教育の現場におけるデータ利活用を促進
まなビューアのクラウド化にあたっては、クラウド基盤として Microsoft Azure が採用されています。DNP の伊豆田 氏は、Azure を採用した理由について次のように説明します。
「リアテンダントが Azure を採用しており、技術面でのノウハウが蓄積されていたことに加え、将来的なリアテンダントとまなビューアのシステム連携を視野に入れると、同じ基盤で構築するのが効率的と判断して採用を決定しました。まなビューアは全国の児童・生徒が授業中もしくは家庭での学習に使用するためのクラウド配信プラットフォームで、大量のアクセスが想定されます。また小・中学校のネットワーク環境にばらつきがあり、学校によっては十分な通信速度が確保できないケースも考えられます。そこで、Azureのコンテンツ配信ネットワーク「Azure Content Delivery Network(CDN)」を採用し、より効率的かつ高速にコンテンツを配信できるようにしています」(DNP 伊豆田 氏)。
さらに前述した、まなビューアで児童・生徒が書き込んだ内容を保存・復元するための機能としては、Azure Blob Storage や Azure SQL Database を利用したと伊豆田 氏。デジタル教科書からクラウドへと送信される「成果物」と呼ぶデータを保存・活用するための仕組みを構築していると説明します。
このように、教育の現場を知る光村図書と DNP の連携によって、まなビューアのクラウド化は推進され、2021 年からサービスの提供を開始。現在では 300 万人を超えるユーザーが登録し、活用しています。
光村図書では、学習者用デジタル教科書を使った個別最適な学びと協働的な学びの実現に貢献することを目指しており、クラウド上に蓄積された教育データの利活用を促進。児童・生徒がデジタル教科書をどのように使っているかを記録する「学習ログ」機能の追加に着手し、DNP と連携して開発を進め、2023 年 4 月から体験版として提供を開始しています。
「2024 年から英語の学習者用デジタル教科書の本格的な導入が行われることをふまえて、さらに踏み込んだ形で個別最適な学びを実現するため、学習ログ機能の開発をスタートしました。先生向けのダッシュボードを用意し、誰がどのページを、どの時間に見ていたのかを可視化。先生が、こうした情報を新しい指導につなげていけるようにしています。また教科の内容に寄り添った学習ログ機能の活用としては、たとえば英語では『ふりかえりシート』、国語では『ふりかえろう』という振り返りのためのコンテンツを用意し、子どもたちがそこに書き込んだり、自己評価を行ったりして先生に提出。先生がコメントを通じて子どもたち一人ひとりとやり取りしながら個別最適な学びを実現していけるような仕組みを構築しました。このやり取りは学習ログとして、いつでも振り返ることが可能です。蓄積した学習ログは、先生が子どもたちを評価する際に参考にして役立てることもできます。このように、どの教科でも共通する客観的なデータと、それぞれの教科に寄り添ったデータの両方を学習ログとして蓄積していくことで、新しい学びにつなげていきたいと考えています」(光村図書 大関 氏)。
さらに大関 氏は、学習ログの効果的な活用例として利用環境(サポート機能の使用状況)の“見える化”を挙げ、「この子は画面を少し暗くして見ている、この子はふりがなをふっている、など、個々の児童・生徒が自分にとって見やすい、読みやすいように設定している環境を確認することができます。学習ログとして蓄積されたデータを先生が確認することで、一人ひとりにあった最適な指導をできるようになります」と説明します。
学習ログ機能の開発にあたり、DNP は「Azure Cosmos DB」を採用しています。伊豆田 氏は「操作ログから学習結果まで大量のデータを扱うということで、Azure Cosmos DB を提案しました。蓄積したデータを集計したり分析したりするためにも最適と考え、採用しています」とシステム構成を解説。大量のデータを正確かつ効率的に取り扱う必要があることを念頭に開発を進めたと振り返ります。
学習ログ機能を用いたデジタル教科書の活用をフックに、Microsoft Azure の機能を効果的に活用
先に述べたとおり、クラウド配信プラットフォームとしてリリースされたまなビューアは、すでに全国 300 万人以上の児童・生徒・先生が登録されており、さらに体験版として提供されている学習ログ機能も、今後活用が進められていく状況です。まなビューアがクラウドでの運用を開始してから 2 年以上が経過していますが、授業が止まるような大きなトラブルは起きていないと伊豆田 氏。「今後も、利用者増加に備えて、スケーラビリティの向上や、より快適な利用を目指したシステム構成の再編などを検討していきたいと考えています」と語り、さらなるシステムの改善を目指しています。
光村図書の津田 氏は、今回の取り組みを踏まえた今後の事業展開について、「創立以来続けてきた教科書作成における紙とデジタルの在り方」と「新たな領域へのチャレンジ」の 2 つを軸に進めていきたいと展望を語ります。
「弊社が創立以来の主戦場としてきた教科書の市場において、デジタル化の方向性が後戻りすることは考えられません。この流れの中での紙とデジタルの在り方については、国や有識者によって現在も議論が続いていますが、その方向性や時間軸がより明確となった時には、蓄積された経験やノウハウを活かして迅速、的確に対応できるように体制強化に努めています。また、少子化が進行していく中での成長戦略としては、新たな領域へのチャレンジも不可欠と考えています。AI 系教育企業や教育系ベンダーとの業務提携などを通して、学校だけでなく、家庭や塾、あるいは幼年層や成人層への教育ビジネスも展望したいと思います。もちろん DNP が提供するリアテンダントとの連携についても、検討しています」(光村図書 津田 氏)。
大関 氏も「これからはさまざまな市場、さまざまなサービスとの連携が重要になってくると思います」と語り、客観的なデータと教科書に寄り添ったデータを蓄積する学習ログ機能が、他のサービスとの連携を橋渡しする役割を担うことを期待しています。また今後の展望としては、2024 年の小学校教科書の改訂に合わせて、コンテンツ表示時間のさらなる高速化や学校現場で使いやすい各種機能の搭載など、教育現場の多様なニーズに対応していきたいと大関 氏。
「膨大な学習ログデータから、何を抽出してどう活用していくかは、まだまだ業界全体が手探りの状況です。デジタルネイティブな子どもたちは、基本的に教育のデジタル化に抵抗はなく、まずは先生方に安心して手の届く範囲から使っていただき、教育現場におけるデータ利活用とそれによる個別最適な学びと協働的な学びの実現を進めていくことに貢献できればと考えています」(光村図書 大関 氏)。
2024年から始まるデジタル教科書の本格的な導入にあたり、Microsoft Azure を活用したデジタル教科書の活用と個別最適な学びと協働的な学びの実現、そして、光村図書と DNP が進める教育DXを実現するための取り組みには、今後も注視していく必要がありそうです。
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