物理的に離れた拠点をグループとして管理することは、決して容易なことではありません。 それが海外拠点ならばなおさらです。言語はもちろん、会計制度や商習慣、文化すら異なる相手の動向を、どれだけ正確に察知できるでしょうか。 確かなグローバルマネジメントを果たそうとするならば、ビジネス全体の動きを数値として可視化することが不可欠です。 株式会社オーディオテクニカでは、グローバルマネジメント力を強化するための新たな基幹システムとして、" SAP S/4HANA on Azure "を先駆けて導入しました。これまで混沌としていた業務プロセスが見えるようになり、同社の業務プロセスは大きく効率化され、無駄なコストは削減されています。

独立独歩で成長してきたがゆえに、情報の共有不足による課題が生じた

オーディオテクニカは、日本を代表する音響周辺機器メーカーです。国産のレコードカートリッジ(レコード針)をつくるために、同社が創業したのは 1962 年。その後、高音質なレコード再生を可能にする VM 型ステレオカートリッジや、その精密技術を活かしたヘッドホン、マイクロホンなどを次々と開発していき、" audio-technica "は国際的なブランドとなっていきました。

  • オーディオテクニカの製品ラインアップ一例

    オーディオテクニカの製品ラインアップ一例

グラミー賞の授賞式では、海外アーティストらが同社のマイクを手に熱唱し、夏季・冬季オリンピックでは、走り幅跳びの砂地やフィギュアスケートのリンク内に設置された同社のマイクが、世界中の視聴者に臨場感を伝えています。

そして今、新型コロナウイルス感染症( COVID-19 )の流行による新たな生活の中でも、オーディオテクニカの製品は活躍しています。多くの企業がテレワークを経験したことによって、いかに「音」がコミュニケーションをとる際に重要であるか、認識され始めたのです。在宅勤務者向けに、同社のワイヤレスヘッドセットや USB マイクが人気を集めているほか、テレビ会議用の音響パッケージも問い合わせが相次いでいます。

ヘッドホン、マイクロホン、ワイヤレスシステム、ミキサー、アンプ、スピーカーなど、個々に優れた製品を作り続ける同社ですが、そこには「部分最適」の課題が潜んでいたと、株式会社オーディオテクニカ 取締役 管理部 ゼネラルマネージャー 小柳 益男 氏は言います。

「オーディオテクニカは、大企業ではありませんが世界中に拠点を持ち、それぞれが独立独歩で事業を進めてきました。それを強みとして、トータルでは成長を続けてきたのですが、一方で、自分たちの業務中心での判断が多くなるがゆえの課題も浮かび上がってきました」(小柳 氏)。

最も大きな課題は「情報の共有不足」だと、小柳 氏は続けます。

「たとえば、アメリカの販社が日本に発注をかけた時、次に日本の海外営業から調達に発注をかけ、さらにそこから海外工場に発注をかけ……と、一つの商品を売るのに、グループ内で最大5 回も発注することが必要となっていたのです。それぞれが納期通りに納めようと動きますから、仮に市場で売れ行きが悪くなったとしてもすぐに対応できず、生産が過剰になってしまい、結果、在庫量が増えてしまう事態を引き起こしていました。このように、全体を見渡した意思疎通と情報共有ができていないことが、大きな経営課題として浮上したのです」(小柳 氏)。

2016 年から、オーディオテクニカは年次のスローガンに" ONE AT "を掲げ、グループでの全体最適を推進し始めました。その最たる例が、情報システムです。

同社は在庫可視化プロジェクトを発足、海外の販社を訪れ、どういった情報で管理しているのかを確かめていきました。その上で「グローバル対応の ERP 」へ統一する方針が最適という仮説を持ち、SAPのFit&Gapに臨みました。

「これまでは、販売・生産・財務会計・管理会計といったシステムがグループ会社ごとに独立していました。何が今どれだけあるのか、どう動いているのか、それならばどうするべきなのか、といったことを共通して可視化できるようにしたいと考えたのです。実際にそれぞれ現場を回り、各業務の課題を細かく洗い出すことは非常に骨が折れるものでしたが、結果的に簡易的なFit&Gap を3 か月で実施することができました」(小柳 氏)。

  • ロードマップ

    ロードマップ

統合 ERP ソリューションとして、SAP S/4HANA on Azure の導入を決意

株式会社オーディオテクニカ 管理部 経営企画課 ICT 企画グループ 福島 渉 氏は、ERPソリューションの選定をこう振り返ります。

「オーディオテクニカは日本だけでなく、グローバルな展開を志向しています。その方向性と最も合致するソリューションとして、SAP の導入を選びました。グローバルでの利用実績が最も豊富であり、各国の法制度に対応していることが主な選定理由です」(福島 氏)。

しかし、SAP に統一するという方向性は決まったものの、具体的な導入は難航したと福島 氏は言います。

「これまでシステムが独立して運用されてきたということは、それだけ長年にわたってカスタマイズが施され、改善されてきたということでもあります。それぞれの現場に対応させることは、簡単ではありませんでした。また、業務を標準化するといっても、誰も全体が分からないために、ひとつずつ紐解いていく必要があったのです」(福島 氏)。

この段階で、製造業への SAP 導入を得意とするコベルコシステムがプロジェクトに加わり、具体的な導入計画が策定されていきました。そして、SAP S/4HANA の基盤としてMicrosoft Azure(以下、Azure)が選ばれます。

株式会社オーディオテクニカ 管理部 経営企画課 ICT 企画グループ 主事 山田 淳一 氏は、Azure を基盤に選んだ理由を次のように説明します。

「もともと旧基幹システムの BI に Azure を使っていたこともあり、Azure の特徴は把握していました。SAP の基盤としては、オンプレミスとクラウドの両方検討していたのですが、ハードの要件が固まらないと動けないオンプレミスと比べて、クラウドは柔軟なサイジングが可能です。さらに、ちょうど良いタイミングで Azure が SAP に対応するという話を聞いたので、活用する価値は大きいと考えました」(山田 淳一 氏)。

SAP S/4HANA は、インメモリデータベースを利用した第 4 世代 ERP であり、大容量のデータを高速で処理することができます。この次世代の SAP を、さながら Azure の製品群の一部として使えるソリューションが、" SAP on Azure "です。オーディオテクニカは、先駆けて SAP S/4HANA on Azure を利用した企業となりました。

コベルコシステム株式会社 産業ソリューション事業部 技術理事 統括 PM 山田 憲司 氏は、SAP 向けに最適化されたクラウドプラットフォームへの導入を、次のように振り返ります。

「プロジェクト当初、オーディオテクニカ様はデータセンターにおいてオンプレミスの構築を考えていましたが、初期費用が高額となるオンプレミスでは予算と折り合いが付かず採用が困難であったため、クラウドでの導入を検討することになりました。すでに、お客様の一部システムではパブリッククラウドの Microsoft Azure を採用していたため、この環境を有効活用することでプロジェクトを進めていければと考えました。当時、Azure は SAPS/4HANA の SAP 認定が取得できておらず、国内で導入事例のない環境構築を請け負えるのかということが課題でした」(山田 憲司 氏)。

このような課題が多い中での導入に向けた取り組みについて、山田 憲司 氏は以下のように話します。

「そこで、マイクロソフト社にオーディオテクニカ様の状況を説明し、SAP 認定の取得予定や万が一、サービスインに間に合わない場合にお客さまに対して特別サポートを実施してもらえるように話し合いの場を設け、不安を解消できるように掛け合いました。また、導入時には社内環境において何度も構築作業の実証試験を行いました。プロジェクト期間中は SAP の認定も間に合いましたが、後追いとなったため VM (仮想マシン)のサーバタイプを変更せざるを得ない状況となりました。また、先行して導入した HANA DB がSAPの認定バージョンを満たしておらず、直前にHANA の SP (サポートパッケージスタック)適用を行うなどの手戻りもありましたが、最終的には成功裏に終えることができました」 (山田 憲司 氏)。

また、オーディオテクニカの社内に SAP を実装していくにあたっては、Microsoft TeamsやMicrosoft SharePoint、Microsoft Outlook、Skype が決定的に役立ったと、山田 憲司 氏は言います。

「たとえば、Teams 内に個別の課題に特化したチャンネルをつくることによって、場所を選ばず議論を進めることが可能になりました。また、検証段階においても、離れた拠点の相手に対して『この処理は終わりました。次はあなたです』と、即座にバトンを渡していくこともできました。総勢でおよそ 200 名という関係者の多さにもかかわらず、スピーディーに導入を進めることができたのは、まさに Microsoft 365 のおかげです」(山田 憲司 氏)。

部分最適していた情報を可視化して意思疎通が可能に

2019 年、オーディオテクニカは、国内 4 社 2 工場に SAP への導入を完了させました。海外への導入を見据えた Step 1 が終了したのです。この時点での成果を、福島 氏は次のようにまとめます。

「SAP S/4HANA を中心とした新しい基幹システム群として、国内で統一化できたことが何よりの成果です。ブラックボックスとなっていたシステムの全体像が明らかになり、行き交う情報が可視化されるようになりました。従来は 7 日間かかっていた月次決算が 2 日間に短縮されたり、月 1 を基本としていた生産指示がより頻繁にできるようになったりと、具体的な効果も挙がってきています。また、SAP の生産指示短期化と構築済みのグローバルPSI システム(順次、海外販社の情報を取り込み中)を合わせることで、需給調整機能の集約により海外生産拠点の生産リードタイム短縮の協力要請などができるように進めていきます」(福島 氏)。

さらに、" SAP on Azure "によって、大きなコストメリットも出せていると山田 淳一 氏は言います。

「今までは販売・会計・生産と個別にサーバーを立てており、合計で十数台が稼働していましたが、SAP on Azure に統合したことによって、その半分の仮想マシンで済むようになりました。同じパッケージソフトを違う部署で所有するという多重投資も無くなりました。速度や利用感はオンプレミス時代と変わらないままに、ランニングコストを半分にすることができています」(山田 淳一 氏)。

プロジェクト中は、Azure の柔軟性にも助けられたと山田 淳一 氏は振り返ります。

「貿易管理業務など、コスト的にどうしても SAP で対応しきれない領域が発生したのですが、Azure はすぐにサーバーを立てて、別パッケージを加えることができました。もしオンプレミスで進めていたら、とてもスケジュールに間に合わせることができなかったでしょう」(山田 淳一 氏)。

オーディオテクニカの次期基幹システム導入プロジェクトを支援したことに対して、コベルコシステムは『SAP AWARD OF EXCELLENCE 2020』の優秀賞を受賞しています。その理由について、コベルコシステム株式会社 営業本部 ERP 営業部 部長 森田 崇文 氏はこう語ります。

「2017 年の構想策定からオーディオテクニカ様の課題をしっかり把握し、ワールドワイドでの変革に向けて一緒に伴走できたことを評価して頂きました」(森田 氏)。

グローバル全体での情報最適化を目指していく

今後の展開について、福島 氏は、引き続き「情報の整流化」に取り組んでいきたいと意気込みます。

「今回、マスタデータを一つに統一できたことはとても大きな成果です。国内のみならず、海外のデータを標準化し、集約するためのベースを構築することができました。今後は、海外パイロット拠点への SAP S/4HANA on Azure の導入を進めるとともに、情報を整流化し、グループ全体での過剰在庫削減という目標に向けて取り組んでいきます」(福島 氏)。

小柳 氏は、グループ全体が進むべき方向性を次のように語ります。

「これまで独立独歩で成長してきたことが、決して悪いわけではありません。それぞれの市場で地位を確立し、現地の経営者も力を付けることができました。その良さを損なわないように情報を繋げていき、世界各地でさらに活躍できるようにしていきたいと思います」(小柳 氏)。

オーディオテクニカは、SAP S/4HANA on Azure を新たなシステム基盤とすることによって、これまで断絶していた情報を統合し、業務の効率化やコスト削減を実現しました。今後はさらに情報を活用していくことによって、最適なサプライチェーンマネジメントを確立し、世界が求める「音」を繋いでいくことでしょう。

[PR]提供:日本マイクロソフト