近年、嗜好の多様化や購買チャネルのシフトなど、消費者の変化はますます激しくなっており、小売業やメーカーは消費者理解の促進につとめています。
過去、POS データの分析によって、小売業は品揃えの最適化を、メーカーは商品開発を行ってきましたが、激変する消費者理解のためには、販売結果である POS データ分析のみでは十分といえない状況が訪れています。販売結果のみならず、店頭での消費者のふるまいをつぶさにデータ化し、それを活用することで、新たな消費者に訴えかける魅力的な店舗開発や、革新的な商品開発を実現することが可能となります。
また、店舗は販売の場としてではなく、消費者とのエンゲージメントの場としての価値を増すことで、小売業にとっての新たなマーケティングビジネスの創造も可能になってくることでしょう。進化したクラウドテクノロジーによって、店舗と小売業のビジネスは変革を遂げようとしているのです。
DNP は、Microsoft Azure のサービスによって来店客と従業員による接客をセンシングし、マーケティングデータとして収集・活用するためのプロジェクトを開始しました。商品に対する反応を明確なデータにすることによって、小売業のあり方を変革する試みが今、進められているのです。
デジタルトランスフォーメーションによって最高の顧客体験を
DNP は、1876 年に創業した世界最大規模の総合印刷会社です。その事業領域は広大で、出版物から日用品のパッケージ、住宅の内外装材、さらには電子デバイス製品や再生医療用細胞シートまで、社会に不可欠な物やサービスを提供しています。
同社が事業ビジョンに掲げるのは、印刷(Printing)と情報(Information)という 独自の強みを活かし、社会に価値を提供していくという「P&I イノベーション」です。
そんな DNP は、新たな試みとして「次世代型ショールーミング店舗」の実証実験を行いました。
2019 年 11 月 28 日から 12 月 25 日まで、渋谷スクランブルスクエア内にオープンした DNP ショールーミング店舗boxsta(ボクスタ)。店内各所にはカメラやマイクが取り付けられ、来店客の動向をデータ化することができる仕組みが施されていました。
なぜ総合印刷会社の DNP が、デジタル技術を駆使したショールーミング店舗事業の実証実験を始めたのでしょうか?
大日本印刷株式会社 情報イノベーション事業部 第2CXセンター 浅野 陽介 氏は、この疑問に対して次のように答えます。
「DNP は長年、プロモーション支援事業を続けてきました。それは、店頭での販売戦略策定から、什器・POP の提供、イベントの実施、店頭スタッフの教育・管理まで、リアル店舗で売るためのあらゆる仕掛けです。ネット販売が隆盛する中、私たちは、デジタルトランスフォーメーション(DX)によって、リアル店舗にしかない最高の顧客体験(CX)を実現する『DX for CX』のあり方を模索しています。boxsta はその実現の一つの形です」(浅野 氏)。
来店客の性別や年齢、店舗内でのふるまい方、さらに会話データを取得し、商品に対するポジティブ/ネガティブな反応を克明に分析することができれば、店舗デザインや製品開発に関するダイレクトなフィードバックを得ることが可能になります。「顧客が真に求めているモノを、どうすれば届けることができるのか」がわかるようになるのです。
boxsta にはこのような製品が陳列されていました。人差し指をこめかみに当てるだけで通話することができる指輪型デバイス。自分に必要な栄養素を自動計算してくれるサプリメントサーバー。美しい風景を常に写してくれるデジタル窓。大手製品からスタートアップのものまで、「未来を感じさせるガジェット」を地道に選定していったと、浅野 氏は言います。
こうしたガジェットに対する来店客の反応は、どのように取得されたのでしょうか? データ分析の基盤はマルチクラウドで構成され、カメラによる顔認識や情報の集約に用いられたのは、Microsoft Azure でした。
Azure の顔認識によって、来店者の動向を掴む
「Face」は Azure Cognitive Services のうち、画像内の顔を分析することのできる AI サービスです。画像から人間の顔を判別し、年齢や性別といった属性情報を推定することができます。
boxsta では、すべての商品のそばにカメラが設置されました。このカメラで取得した映像をエッジデバイスで画像データに処理し、Azure 上の Face に送ることで、来店客の属性や、店舗内での動線、誰がどれくらい滞在したのか、といった事実を掴むことができるようになります。
未来の店舗をつくるための実証実験に、マイクロソフトのサービスを採用した理由について、大日本印刷株式会社 情報イノベーション事業部 DXセンター ソーシャルコミュニケーション本部 山田 有成 氏は次のように説明します。
「もともと当社とマイクロソフトは、流通業の DX 推進をするためのパートナーとして協業しており、Azure を基盤にしたクラウドサービス『Dynamic Retailing』を提供しています。今回の boxsta も実証実験にとどまるものではなく、今後の拡大を見据えたプロジェクトですから、安定性やスケーラビリティ、また Mongo DB 等の NoSQL DB との連携性に優れた、Azure Storage が最適です。また、顔認識についても、さまざまな AI サービスがありますが、最も性別・年代を判別する精度が高かったのが『Face』と考えています」(山田 氏)。
店舗でのマーケティングデータ収集に強い期待
boxsta は実に多くの興味を惹く試みでした。オープン期間中、主婦層・シニア層・学生・会社員・カップル・ファミリーと、いわゆるガジェット好きにとどまらず、幅広い層が訪れたのです。
「データを取得することに対して、顧客は抵抗を感じるのではないか」。心配する企業担当者は少なくないでしょう。しかし、目立つ場所にカメラやマイクを設置したにも関わらず、ほとんど気にした様子は見られなかったと山田 氏は言います。
「もちろん『個人を特定できないよう統計化したうえで、当社および出品企業の未来のプロダクトづくりに活用いたします』と情報の利用方法について掲示していました。しかし、時代もあるのでしょうか、当初懸念していたようなネガティブな反応は見られなかったのです。『IoT センサーを堂々と置ける』ということは、今後の技術のありようを決めるうえで、非常に有意義な知見でした」(山田 氏)。
一方で、次世代型ショールーミング店舗を万全なものにしていくための課題も見えたと、浅野 氏は話します。
「今回の取り組みでは、わずか半年の準備期間だったこともあり、『なぜその商品を買ったのか/買わなかったのか』という、究極的なデータまで突き止めることはできませんでした。データの精度を高めることや総合的な分析、レポーティングなど、やりきれなかったことは多々あります」(浅野 氏)。
しかし、boxsta に対する反響は非常に大きかったと、浅野 氏は続けます。
「幅広い生活者の方々が来店されたことも反響の一つですが、なにより『このシステムを導入したい』という企業からの問い合わせが数多くありました。それもメーカー、商業施設、小売業とさまざまです。『リアル店舗におけるデータ収集システムの市場価値は極めて高い』という事実を得たことが、なにより重要な成果だと考えています」(浅野 氏)。
データの利活用によって、小売業のあり方を変えていく
現在、大日本印刷では、来店客の動向をより精密に可視化するための研究を進めており、 BI ツールとして Office 365 との連携が取りやすく扱いやすい Power BI の活用も考えていると山田 氏は言います。
「デバイスを改良して取得段階で精度を高めるのか、クラウド上でクリーニングする手法を磨くのか、あるいはそのあとの AI 解析を柔軟にするのか、データの収集と分析には多様なアプローチがあります。また、実際の現場で使い勝手のよい UI でなければ質の良いデータを取得したとしても活かしきれません。それらを含めて、今はマイクロソフトから技術的な支援や専門企業の紹介をいただきながら、実験に取り組んでいるところです」(山田 氏)。
特にフォーカスしているのは「音声データの取得」だと浅野 氏は説明します。
「boxsta で実施した取り組みの中で、企業に最もキャッチーだったのが『顧客とのコミュニケーションのデータ化』でした。会話という定性的なデータを可視化できれば、お客様が今どんなことに関心を持っているのか、何を求めているのか、といったところまで踏み込むことができます。会話データを綺麗にテキスト化するためのサービスを検討したところ、最も精度が高かったのは Azure の『Speech Service』でした。今後はこの『Speech Service』の採用を検討するとともに、Azure の各種機能をさらに使いこなすことによって、理想とするショールーミングを実現していけると思っています」(浅野 氏)。
今後、DNP は店舗における顧客の行動・反応データを取得・分析し、マーケティングデータとして活用するプラットフォームを構築し、小売企業やメーカー企業に提供する事業を計画しています。この先にある未来について浅野 氏はこう語ります。
「boxsta の取り組みは、小売業を変えていくための第一歩だと考えています。来店して、大量に並んでいる商品を見て、選んで、買って、帰る、という行動を提供するだけでは、ECサイトと変わりません。五感を刺激することによって、新たな生活シーンを想起させたり、未知の価値を感じさせたり、価値ある体験を提供していく店舗に生まれ変わる必要があるのです」(浅野 氏)。
新たな体験を提供する店舗になるためには「データ」が格別に重要だと浅野 氏は続けます。
「そもそも、私たちは本当に顧客を理解しているといえるのでしょうか? プロモーション施策を実施しても、それが良かったのか悪かったのか、その要因は何だったのか、ずっと曖昧なままです。しかし DX によって顧客行動の解像度を上げることができれば、本当に望んでいることを察知できるようになり、それらのデータを活用して店舗におけるスタッフの動きやコミュニケーション、棚の陳列などを改善できるようになります。多様な価値観の生活者に対して、それぞれに楽しいことや、悩んでいることの解決方法などを伝えられる。そんな『未来のショッピング』の実現に向けて進んでいきます」(浅野 氏)。
印刷と情報という「フィジカルとデジタル」に長けた大日本印刷。リアル店舗におけるデータ活用プラットフォームの構築は、まさに同社だからこそ先進的に取り組むことのできる分野です。マイクロソフトとのパートナーシップのもとで、大日本印刷の「P&I イノベーション」は今後ますます加速していくことでしょう。
[PR]提供:日本マイクロソフト