急激なデジタル化によって、マーケティングの手法そのものが大きく変わりつつある現代。顧客のさまざまなデータを統合・活用し、「顧客起点」のマーケティングを生み出すことが、企業には求められている。マーケターは顧客のデータをどのように活用し、顧客との関係を深めるべきか。カスタマージャーニーの設計や活用における具体的なポイントは何か。

本稿では、マーケティング研究における第一人者である早稲田大学 ビジネススクール(大学院経営管理研究科) 教授の川上智子氏と、Tealium Japanの安部知雄氏、ルイス・ジョン氏による、「データ活用の究極」に向けた座談会をお届けする。

対談者について

・(左)早稲田大学ビジネススクール(大学院経営管理研究科) 教授 川上智子氏
2015年より現職。早稲田大学マーケティング&サステナビリティ国際研究所長、早稲田ブルー・オーシャン・シフト研究所創設者。日本マーケティング学会理事他,国内外の要職を歴任。2017年アジア・マーケティング研究者トップ100。ワシントン大学・INSEAD・ハワイ大学他の客員教授・客員研究員他、複数社の社外取締役を務める。

・(中)Tealium Japan株式会社 シニアマーケティングディレクター 安部知雄氏
・(右)Tealium Japan株式会社 プロフェッショナルサービス&カスタマーサクセス マネージャー ルイス・ジョン氏

データとクリエイティビティを融合させることが人間の介在価値

安部氏:Tealiumは2008年に米国サンディエゴで創業、2014年に日本法人を立ち上げて以降、CDP(カスタマー・データ・プラットフォーム)と呼ばれる分野を開拓してきました。本日は、マーケティングの第一人者である川上先生に、日本におけるデータ活用の課題についてお話を伺えればと思います。

川上氏:そんな風に言っていただけて光栄です。フィリップ・コトラー教授が“Digitalize or Die(デジタル化か死か)”と言ったのが2015年ですから、Tealiumは同時期に日本へ上陸されたのですね。私は現在、ハワイ大学でサスティナブル・マーケティングの国際研究に参画しており、昨日日本に一時帰国したのですが、空港でスムーズに「顔認証入国」できて驚きました。日本の至る所でDXが進んでいるのだと実感しました。

ただ、マーケティングの世界を見ると、「データを集めたはいいけど使いこなせない」「KPIをどう設定していいかわからない」といった課題感が強くあるようです。私の社会人ゼミ生は皆、マーケティングが大きく変わってきていることに、悩んでいます。

安部氏:KPI設定が無い=うまくいっているかどうかの測定もできない訳ですから、それは由々しき事態ですね。ただ、私もマーケティングに長く携わってきましたから、「勘とデータのせめぎ合い」で悩む気持ちは理解できます。これまで自分の勘と経験でクリエイティブなキャンペーンなどで能力を発揮していたのに、いきなりデータドリブンと言われても…と戸惑われるのでしょう。

早稲田大学ビジネススクール(大学院経営管理研究科) 教授 川上智子氏

川上氏:本来データは、マーケターを刺激してくれるもののはずなんですけどね。顧客の情報が得られることは、マーケターとして幸せなことでしょう?データがあるだけでは何もできない。“データを元にどうクリエイティブを載せるか”が、腕の見せ所のはずです。昨今はAIがサジェストしてくるようになりましたが、そこからさらに「期待値を超える」ことが、人間に残された役割なのかもしれません。

安部氏:今はデータによって、その期待値を具体化できるようになりました。TealiumのCDPを使えば、ユーザーの行動がリアルタイムで収集できます。「セミナー終了後に、能動的に情報を求めてWebサイトに訪れた人」「まったく反応していない人」といった熱量の違いが分かるようになっています。自社プロダクトに対する、個人別の興味・関心だけでなく、そのタイミングまで判別できるようになるわけです。「セミナーに来てくれて、Webサイトにも来てくれている人」に、「まったく反応していない人」と同様の施策を打つことは、もうやめるべきでしょう。マーケターは、前者に注力し、クリエイティビティを発揮すべきでしょう。

また、「Webサイトに来てくれたのが昨日」だとしたら、今日にはもうサイトは離脱していて熱量が冷めている可能性もあるでしょう。このデジタル時代には、タイムリーに対応することが非常に重要なわけですから、、期待値を超えるための施策立案にクリエイティビティを発揮しつつ、このリアルタイムの施策実行部分をテクノロジーに任せるべきです。

これまでのMA(マーケティング・オートメーション)は、「イベントを開催して、3日後にお礼メールを送り、開封率を見ながら次のコンテンツを当てていく」といった流れでした。企業目線で行動を区切っていく方法です。しかし今は、顧客の“熱量”に対して、より能動的にリアクションをしていけるようになったのです。

川上氏:MAの懸念点としてよく指摘されていたのは「待ちの営業になる」ことでした。旧来の営業スタイルは、用が無くても訪問したり、御用聞きをしたりと、非効率性を繰り返す中で信頼が得られ、価値が蓄積されていきます。しかしMAは、閾値(しきいち)を超えるまで施策が実行されません。ツールの合理性によって情緒が失われてしまうのです。

安部氏:銀行のフリーローン施策にTealiumを導入いただいた事例なのですが、申し込みページから離脱した直後に、その方にコールセンターから電話をかけると、応答率が大幅に向上したという成果が出ています。最初は「いきなり電話をかけて不快な気持ちにならないか」という心配があったのですが、いざかけてみたら「いろいろと細かい仕組みを教えてもらえて助かった。自ら検索して調べるより具体的に聞けて理解が深まった。」とむしろ喜ばれているんです。

おそらくMAが待ちの営業になっていたのは、バッチ処理でしかデータ活用できず、テクノロジーが追いついていなかったからでしょう。今はタイムリーに顧客データを供給できるサプライチェーンさえ整えれば、個々人の気持ちに寄り添った「人間同士の営業」が成り立ちます。

川上氏:そうした「相手の温度感を上げる施策」を考えるのは、まさに人の役割ですね。数字やデータが揃えば揃うほど、そこに人が介在する価値が見過ごされがちになってしまいます。

ルイス氏:その銀行はクリック率やコンバージョン率といったWebデータだけでなく、電話によるコンタクト率をKPIとして優先されていました。人への接触を通して、人に寄り添うことを大事にする組織だったからこそ、この顧客はどのページを見たのか、何に関心を持っているのか、といった新鮮なデータを取得できるTealiumがフィットしたのだと思います。

川上氏:「情緒とツール」がベストマッチした、素敵な事例ですね。人間って結局、「好きだから買う」んですよ。

マーケティングを成功に導くための組織

Tealium Japan株式会社 シニアマーケティングディレクター 安部知雄氏

安部氏:先ほどの銀行は、担当者の方々がWebマーケティングもコールセンターも管理する組織だったからこそ、情報が分断されずに、施策が上手くいった事例だと感じます。

川上氏:とても大事なポイントですね。日本企業にはそもそもマーケティングの部署が少なく、CMO(最高マーケティング責任者)もなかなか定着していません。統合的なマーケティングをしようとしても、権限がなくて阻まれてしまいます。

ルイス氏:私たちのお客様も、多くが縦割りの組織に悩まれています。海外のCoE(センター・オブ・エクセレンス:中核部署)事例などをご紹介していくことで、少しずつ横串を貫くような部門が置かれてきています。また、"Tealium Garage"というユーザー会を開催して、同じ悩みを持った仲間同士が集まれる場をつくることも始めています。

川上氏:ユーザー同士が互いに学び合える場は、とても大切ですね。日系企業は自前主義で、全て自社で完結させようとする傾向にありますが、新しいことは社内よりオープンな場にこそ見つかるものです。また、ブランドマネジメントも縦割りの組織では難しいでしょう。会社の存在意義を隅々まで浸透させなくてはいけないからです。グローバル化の中、会社のブランド力は非常に重要 ですが、日本の会社は「私達の部署の仕事はここまで」と、自らの役割だけに集中しがちです。そうすると一貫性が欠けて、外から見たときに混乱を与えることになってしまいます。

AI時代に必要なデータ管理とは?

ルイス氏:最近我々は"Tealium for AI"というソリューションを提供開始しており、AIに新鮮かつ統制の取れたデータを渡すための基盤づくりに取り組んでいます。過去データを基にすることで、個人の意向に沿った接客を提供することが可能となります。しかし、同意管理には注意しなければなりません。「データを渡さない」にチェックをしたはずなのに、「こんにちは、安部さん」などと言ってしまっては、その顧客の体験を大きく損ねてしまうのです。

川上氏:様々なWebサイトでCookie使用のポップアップが表示されるようになり、同意を選択しない人は増えていると思います。そして私が衝撃を覚えたのが、それがリアルタイムで反映されていなかった、という事実です。

安部氏:そうですね。たとえば「メルマガを購読しません」にチェックしたにも関わらず、その後しばらく送られてくるということはよく聞きます。広告も同じですね。ある商品を購入したのに、同じ商品に関する広告やプロモーションメールが何日も続く状態です。おそらくバッチ処理で定期的に対応されているのだと思います。ユーザーが企業のデータ活用に懸念を示したときに、リアルタイムで対応すべきことだという意識がまだ希薄なのかもしれません。意識だけでなく、システム的にも、そのユーザーの懸念を組織横断で即時共有し、さまざまなツールやデータに連携していかなくてはなりません。ここが大きな課題でしょう。

川上氏:私は各国の企業からお話しを聞いているのですが、特にIT系企業のマネジャーは、「プライバシーの保護」は欠かすこのできないテーマだと仰っています。

カスタマージャーニーの活用はピンボールのように

川上氏:顧客が商品を知り、購入するまでの「カスタマージャーニー」は、それこそ100年前からある考えです。その設計は各社で様々ですが、「知って、好きになって、買う」という大枠は変わりません。私たちは学会でオフラインとオンラインの行動を包括した"New AIDAモデル"(※)を提唱しました。

Tealiumにお聞きしたかったのは、カスタマージャーニーをどう見るのか?どう使うのか?ということです。私は、購買やファン化まで至らずドロップしてしまった顧客が、また戻ってこれるような施策こそが、一番重要なのではないかと思っています。

ルイス氏:実は私たちも最近、カスタマージャーニー設計の重要性について考えています。この設計を通じて、顧客視点でのユーザー体験を全体的に把握し、様々な顧客タッチポイントの洗い出しが可能になります。Tealiumを使用して施策を実装する際にも、カスタマージャーニーの考え方は有効です。どの顧客行動を属性情報として活用し、どのチャネルを通じて、誰に、どのタイミングでアプローチするかを明確にすることが、施策の成功につながります。

しかし、先生が指摘されたように、人々の行動は企業の予測通りには進まないことが多いです。環境、心理状態、感情、経済的状況など、多岐にわたる要因によって左右されます。気まぐれに動き予期せぬ方向に進むことも珍しくありません。

私が例えによく使うのは、「ピンボール」マシンです。昔のゲームセンターにあったもので、ボールを打ち出して、奥のターゲットに当たればスコアが増えていきます。プレイヤーは、フリッパーと呼ばれる部分を操作して、ボールが落ちないようにはじき返します。

ボールの辿る道をカスタマージャーニーに見立てると、Tealiumを使った施策はフリッパーの役割を果たし、いたるところに施策を設置して、顧客が離脱しないようにするイメージなのです。ゲームではボールが落ちるとゲームオーバーになるように、ビジネスでは、一度離れた顧客を取り戻すコストは高く、顧客体験が悪ければ顧客が戻ってくる保証もありません。このように、カスタマージャーニー設計と施策実装の適切な組み合わせが、顧客を引き留める鍵となります。

  • <ピンボールのイメージ>
    ボールの行く道をカスタマージャーニーに見立て、ボールが落ちないようにフリッパー(施策)を至る所に設置すると例えた。

Tealium Japan株式会社 プロフェッショナルサービス&カスタマーサクセス
マネージャー ルイス・ジョン氏

ルイス氏:例えば、スマートフォンのキャリア変更や保険解約を検討している顧客は、FAQページの長時間閲覧やページスクロールの停止など、特定のWeb行動で兆候を示すことがあります。TealiumのCDPでは、これらの顧客をリアルタイムで特定し、ポップアップやチャットボット、コールセンターなどでお得なプラン変更や適切な保険プランを提案することで離脱を防ぎ、企業にとって利益につながるファネルに戻すことが可能です。これこそがTealiumが考えるカスタマージャーニーの真骨頂なのです。

川上氏:とても面白いです。カスタマージャーニーという設計図がないと、そういった施策はできませんね。私は最近"Conversion Myopia"という言葉をつくりました。Myopiaとは「近視眼」という意味です。データドリブンのデジタル・マーケティングの世界では、コンバージョンを高めることに意識が向きがちです。しかし、少し俯瞰的に見て、離脱した顧客がどうすれば戻ってくるのか、長期的により良い経験をしてもらうにはどうすればよいかを考えることが、短期的なコンバージョンだけに目を向ける「近視眼」を避けることにつながると思っています。

TealiumのCDPがもたらす新たな可能性

川上氏:お話を聞いていて分かってきたのですが、TealiumのCDPは、ユーザーが能動的に助けを必要としているときに、企業側がタイムリーな施策を打てるよう適切なデータを即座に供給し、手を差し伸べてくれるプラットフォームなんですね。同じように困っている人はたくさんいらっしゃるので、パーソナライズが結果的にマスとしての効果を発揮することになります。

安部氏:1億人分のカスタマージャーニーを描くのは、あまり効率的ではありませんが、ユーザー行動をリアルタイムで把握することで、そのユーザーにとって関連性が高く、タイムリーなシナリオを事前に描くことは可能です。ピンボールのフリッパーを構えておくことはできるのです。その施策シナリオを設計してさえおけば、相応しいリアクションを返すことができ、PDCAサイクルを通じて、これらのシナリオを試行錯誤しながら改善していくことが現在では可能になっています。TealiumのCDPによって、以前は不可能だった個人の熱量に応じたリアルタイムの対応が可能になったんです。

川上氏:マーケティングにおけるデータ活用は、究極のリアルタイムまで進んでいることが学べました。ぜひどんどん成功事例をつくって、「最適な情報を最適なタイミングで届けることは、企業にとっても、消費者にとってもメリットがある」という事実を拡げていってください。

※New AIDAモデル:従来のAIDA(注意、興味、欲望、行動)に加え、オンライン・オフラインそれぞれのジャーニーと顧客満足、ロイヤルティ、推奨などの要素を追加したマーケティング概念。これにより、購入後の顧客体験やブランドとの長期関係にも焦点を当て、現代の相互的なマーケティング環境に適応している。

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[PR]提供:Tealium Japan