• 和泉氏、久次氏

    ステージ上で対談する経済産業省 和泉 憲明氏(右)とアラスジャパン合同会社 社長 久次 昌彦氏(左)

2022年4月27日に開催されたアラスジャパン合同会社主催のWebセミナー「新時代の顧客ロイヤリティ戦略 ~ 製品競争力の強化に導く3つの柱 ~」の第二部となる「ACE 2022 Japan」が、2022年6月9日、10日の2日間にわたり、ANAインターコンチネンタルホテル東京で開催。リアルイベントとしての実施は3年ぶりとなる。イベントでは、デジタルエンジニアリングに関わるキーマンが集結し、DXの最新トレンドや利用事例、新製品紹介など多様なセッションが展開された。本稿では、なかでも注目を集めていた、経済産業省 商務情報政策局 情報経済課 アーキテクチャ戦略企画室長の和泉 憲明氏と、アラスジャパン合同会社 社長の久次 昌彦氏による特別対談「SaaS 化がもたらす日本の製造業が取り組むべきデジタライゼーションとは」についてレポートする。4月27日に開催された第一部での講演をさらに深掘りした対談セッションということで、会場には多くの参加者が詰めかけた。

デジタル技術やツールの効果的な活用は、現状に対する課題を明確にして選定することが重要となる

久次氏
DXレポートの策定における中心人物である和泉さんには、前回の第一部でも講演いただきました。その際に、「PoC貧乏」に陥っているDXプロジェクトが多いという話をされていたと思います。こうした問題も踏まえ、日本におけるDXの現状について所感をお聞かせいただければと思います。



和泉氏
本イベントでは、ローコードやスモールスタート、サブスクリプションといったキーワードで、製造業のDXを実現するためのツールや手法について話が展開しています。これを例えば自動車を購入するという話に置き換えたとすると、「高級車はいいね」「スポーツカーは速いね」というのはTo-Beに関する要望の話で、これだけで家族会議を通すのは困難です(笑)。なので「子どもが生まれたので、座席数の多い車にしたい」「遠方にドライブする機会が多いので、長時間運転しても疲れない車にしたい」といった、現状、何が課題と考えていて、その解決方針をどう考えているのかを提案することが重要になります。DXを実現するためにSaaSを導入するという際にも、「良いツールだから」という理由で導入しているのならば、まずは選び方から見直していく必要があると思います。



久次氏
自分の立ち位置をしっかりと理解したうえでソリューションを選んでいくことが重要ということでしょうか。



和泉氏
そうですね。有識者から聞いた例え話で、非常にわかりやすいと思ったのが、「失敗して穴に落ちたときに、落ちた穴の分析ばかりで、どこに向かうのかを考えずに歩みを再開すると、すぐに別の穴に落ちる」というものです。歩いて行けば本当にゴールへ到達できるのか、目の前の道は穴だらけではないのか、といったところを考えずに、とにかくやってみようと繰り返す、これが前回の講演でも言及した「PoC貧乏」です。その際にも話しましたが、失敗した人が次に成功する確率は、初めて挑戦する人が成功する確率とほぼ同じ。まずは成功事例をしっかりと分析しつつ、自分たちの課題が何なのかを考え、あくまでも自分たちの文脈で進めていくことが重要になってきます。



久次氏
確かに、ゴールを明確にしたうえで、自分たちの課題をしっかりと把握しておけば、失敗した際にも何が悪かったのかを振り返られると思います。



和泉氏
「PoC貧乏」の文脈でもう1つ考えておきたいのは、たとえば「群盲象を評す」のことわざのように、自社の課題の全体像を意識せず、手元にあるデータだけを使ってPoCを実行しても大きな効果は期待できないということです。同じように、「街灯の下で鍵を探す問題」という例え話に当てはめても、明るい場所(=手元のデータ)だけで探していても鍵(課題解決の答え)は見つけられない。つまり、問題の本質がどこにあって、それが解決できると考えたうえでPoCを実行することが重要になります。とにかくツールを使ってみよう、データを活用してみようでは、成功につなげることは難しい。自分たちが持っているデータがどのようなもので、最終的にゴールとして目指したいビジネス、データの範囲で何が足りないのかを確認するところから始めるのがいいと思います。



久次氏
私の立場からこれを語るのはどうかとも思いますが、PLMを導入する際に、導入そのものが目的化しないように、本来どのような課題を解決するためにPLMの導入を検討したのかを常に意識しながら進める必要があると感じています。



和泉氏
冒頭のたとえ話でいえば、ツールの導入=自動車が納車されたというだけのことです。「これまで4人だったのが6人まで乗れるようになった」、「隣の県までドライブしてもまったく疲れなくなった」など、目的(評価指標)がどれだけ達成されたのかで評価していかなければ、いつまで経っても変わらないと思います。



自社の良さ、強みを再定義することで、新しいビジネスの形が見えてくる

久次氏
DXのプロジェクトを推進する企業の多くは、DXで新しいビジネスを生み出したいと考えています。前回の講演でも、和泉さんにはDXで新たなビジネスの創出につなげた企業の事例をお話いただきましたが、もう少し掘り下げていただければと思います。



和泉氏
DXレポートの策定にあたっては、さまざまな関係者にヒアリングを行いました。そのなかで興味深かったのは、米国の大手金融機関が、先行事例がまったくないなかでレガシーシステムを刷新した事例です。意思決定者の方に、先例がない状況でホストコンピュータをクラウドにリフト&シフトした理由について伺ったところ、「競合する金融機関の動向を分析して意思決定したのではない」という答えが返ってきました。この意思決定者は、競合他社との相対論ではなく、全米で急成長している企業の取り組みを分析。そのすべてがITインフラを刷新してクラウドやモバイルにシフトしていることを確認し、業界で先行事例がないにも関わらず、自社でのインフラ刷新を決定したといいます。



久次氏
確かに競合他社の動向だけを注視していたのでは、新しいビジネスを生み出すことは難しいかもしれません。業種が異なっていても、成功してスポットライトを浴びている企業の事例から大きなヒントが得られるということですね。



和泉氏
そうですね。なので、まずは自社の良さ、強みというものを再定義するところから始めるのがよいかと思います。前回の講演で紹介したカーシェアビジネスにおける事例では、自社のサービスの“良さ”を利用者に教えてもらう形になっていましたが、このように自社が強みと感じているものと、利用者が強みと捉えるものが異なるケースは少なくありません。まったく違うことに取り組むのではなく、自社の強みを再定義して、そこにデジタルの力をどう活用していくのかを考えていくことが、新しいビジネスの創出につながっていくと思います。



サプライチェーンの外側にあるマーケットに、自社の強みを伝えていく

セッション後半では来場者からの質問を受け付けた。最近中小企業に転職したばかりという質問者からの、「日本の製造業におけるDXでは、中小企業のレベルをどれだけ上げていけるかが重要になってくると思いますが、どのようにお考えでしょうか」という問いに対し、和泉氏は次のように回答した。

和泉氏
ご質問ありがとうございます。まず、大手・中小といった考え方は、今後なくなっていくと考えています。中小企業、あるいはより小規模な零細企業であっても、いわゆるグローバルニッチトップのような領域を極めていく会社はこれからどんどん出てくると思います。これまでは、固定化したサプライチェーンの取引構造のなかで、個々の企業が強みを持ち寄って最終的なOEMの競争力に貢献するというストラクチャーでしたが、デジタル技術の活用が浸透したことにより、自分たちの“良さ”を、サプライチェーンの外側にあるマーケットにつなげられるようになりました。中小規模の企業が提供する強みを必要としている企業は、サプライチェーンの外側にもたくさんいるはずで、そこをつなげていくことが、政府における今後のDX政策のポイントになると考えています。



久次氏
このあたりの話は、現在作成中の「DXレポート2.2」の内容にもつながってくると思いますが、もう少し詳しくお話しいただけますか。



和泉氏
デジタル技術が浸透したことで、今まで見えていなかったところにまで自社のビジネスがリーチできるようになり、現状の取り組みが必ずしも最適解とはいえなくなってきました。これからは、潜在的なニーズ、前述した「街灯の下で鍵を探す問題」でいえば、足下の明るい場所以外を見据えてDXを推進していくことが重要になります。どの方向に進めばいいのかは企業によって異なりますが、私個人としては、「デジタル」という方向を意識しておけば、大きく間違うことはないと考えています。



久次氏
自分たちが定義していたマーケット以外にも、自社の“良さ”を必要とする顧客が存在し、そこにリーチするために、デジタルの力が必要になるということですね。



和泉氏
そうですね。アジャイル開発やDevOpsのような手法にフォーカスするわけではないのですが、たとえば移動手段のニーズがあるのならば、いきなり高級車の開発に取り組むのではなく、スケートボードでもいいのでとにかく出してみて、そこから顧客からのフィードバックを得て改善していく。パーフェクトなモノができるまで市場に出さないのではなく、まずは出してユーザーにコメントをもらうというアジャイル的なサイクルが重要になってくると思います。



久次氏
中小企業も含め日本の製造業は、しっかりと作り込んだ製品を出したいという考え方が強く、意識改革が必要になりそうですね。



和泉氏
中小企業の多くは、自分たちが弱い立場と考えているかもしれませんが、先に話したとおり、私は日本の製造業には、規模を問わず大きな可能性があると思っています。アジャイル開発、内製化など方法論だけに囚われず、まずは一度、現在の市場、製造プロセス、販売網を見直してみれば、「高品質」を「俊敏性」に、「生産性」を「価値共創」にというように、ビジネスを再定義できるかもしれません。既存の商流に囚われることなく、グローバルに自社の強みをアピールしていけば、既存のサプライチェーンの外側にいる顧客に価値を提供することができるはずです。



自社から見た強み、利用者から見た良さなどをきちんと認識し、再定義したうえで何が必要で何が不要かをしっかり見定め、ソリューションを選ぶことが、企業DX推進への第一歩となるではないだろうか。製造業界に携わる各社の今後の取り組みに期待したい。

  • 感染症対策をしっかり行ったうえで開催。会場には多くの方が来場し、和やかな雰囲気のまま対談が終了した

    感染症対策をしっかり行ったうえで開催。会場には多くの方が来場し、和やかな雰囲気のまま対談が終了した

【第一部 4月27日開催Webセミナーのアフターレポート公開中!】DXレポートの政策担当官でもある和泉氏は、日本におけるDXの現状と課題、具体的なアクションを起こすための取り組み方について、経済産業省における最新の政策に触れながら解説。海外・国内のDX事例を交えて、製造業をデジタル中心の産業構造へと変革するためのアプローチを語り、DXに取り組む参加者に多くの“気づき”を与えてくれた。アラスジャパンの久次氏も第一部のWebセミナーに登壇し、製造業におけるDXの最新動向と、そのなかで重要な役割を担うSaaS型PLMについて解説。
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