AIやDL(ディープラーニング)への企業の関心が高まるなか、実際に取り組みを進めても思うように成果が出なかったというケースも増えている。AI/DLは、業務改革や新ビジネス創出に欠かせない技術であり、DX(デジタルトランスフォーメーション)の根幹とも言われている。では、AI/DLにどう取り組んでいけばいいのか。そこで、「G検定」や「E資格」を中心にAI/DLの啓発と普及に取り組む日本ディープラーニング協会(JDLA)の事務局長 岡田隆太朗氏と、MATLABとSimulinkをベースにAIの社会実装の支援を進めるMathWorks Japanのアプリケーションエンジニアリング部 部長 宅島章夫氏に、AI/DLの現在と将来を語ってもらった。

圧倒的な成果が出ている技術の産業実装を進めたい

日本ディープラーニング協会 事務局長 岡田隆太朗氏

日本ディープラーニング協会 事務局長
岡田隆太朗氏

宅島氏 MathWorks Japanでもエンジニアを中心にJDLAのG検定に積極的に取り組んでいます。私も先日受検し、無事認定を受けることができました。そこでまずはJDLAがどのような意図のもと、こうした検定を行なっているのか教えていだたけますか。

岡田氏 ありがとうございます。最初のポイントは組織名にあります。JDLAは、ディープラーニング協会であってAI協会ではありません。AIは1956年からある学問分野で、さまざまなアプローチがあります。特に2012年以降はディープラーニング(DL)で革新的な成果を上げました。米国や中国はそうした成果をどんどん活用しているのに日本は遅れている。そこに危機感を覚え、AIをブームで終わらせないためにも、しっかりと技術ワードを協会の名称に入れたという経緯があります。

宅島氏 確かに、第3次AIブームなどと言われ、一過性の流行のように盛り上がりましたね。

岡田氏 はい。そんななかで、圧倒的な成果が出ている技術をどんどん産業実装していくことが重要だと考えました。東京大学の松尾豊先生が理事長なので、アカデミアな雰囲気もありますが、協会としては、産業に実装することをミッションに掲げています。

MathWorks Japan アプリケーションエンジニアリング部 部長 宅島章夫氏

MathWorks Japan
アプリケーションエンジニアリング部 部長
宅島章夫氏

宅島氏 会員にはさまざまな方が参加されていますよね。

岡田氏 ベンチャー、アカデミア、大企業の皆さんの力で運営されています。最初は7社ではじめましたが、いまは賛助会員が30社を超え、正会員も30社を超える規模になっています。

宅島氏 産業実装にあたってどんな活動をされてきたのですか。

岡田氏 われわれのすべての活動は産業活用促進につながっています。ただ、日本は「鉄腕アトム」や「ドラえもん」の国なので、「なんでもAIでできるんじゃないの」といった意見をいただくことは多い。その都度「特定目的では成果が上がっていても、汎用的な強い人工知能ではないんですよ」と説明することが大事です。一方で、産業界からは「精度が100%でないと導入できない」という意見があり「100%にこだわっているとAIは使えませんよ」と説明する必要もあります。対話をしながら進めることが重要ですね。協会としては、わかる人材を増やす、作れる人、使える人を増やすことに注力してきました。

特定領域との接続が遅れているからこそ勝ち筋がある

宅島氏 社会実装を目指して現場に根付かせる活動を展開されてきたのですね。そのなかで特に課題に感じていることはありますか。

岡田氏  AIが曖昧なバズワードになった瞬間に、多くの人が「自分には関係ない」と学びを止めてしまうように感じます。AIを機械学習やディープラーニングに分解し、自分事として意識できるようなプロセスやシラバスづくりが今後さらに重要になります。

宅島氏 なるほど。ほかに感じている問題などはありますか。

岡田氏 人材の構造的な問題があると思います。米国はエンジニア人材を内部に抱えますが、日本はSIerやシステム子会社などの外部においています。構成比は米国が65%、日本が28%などと言われます。そもそも自社に知識が溜まりにくい環境なうえ、現場ではITを管理する側も人事異動が多いので、人材育成が難しいのです。

  • 出典:「平成30年版情報通信白書」(総務省)
    (https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h30/html/nd114140.html)

宅島氏 AIの専門知識を持ったエンジニアを育てていくうえでは何が重要になりますか。

岡田氏 GAFAMに象徴される米国企業は、AI人材を育成、買収しながらどんどん社会実装を進めています。その意味では、日本は、AIという圧倒的な成果をビジネスに取り組むチャンスを逸しているとも言えます。重要なのは「100%の精度」を求めるところから「まず取り込んでみる」ところにマインドを変えていくこと。また、産学官がどんなAI人材を育てていきたいのかロードマップを共有することも求められます。AIは電気や内燃機関と同様、汎用目的の技術だと捉えています。たとえば家電や自動車など、汎用目的の技術を使って社会実装することが日本は得意です。ものづくりや特定領域との接続はまだまだ遅れていますが、だからこそ日本にも勝ち筋があると考えます。

「DL for DX」で企業が抱える課題を解決する

宅島氏 課題を解決するためにどんなアプローチを採用すればよいでしょうか。

岡田氏 JDLAではビジネスパーソン向けの「G検定」、エンジニア向けの「E資格」を実施しています。ただこれは「あるある」な話なんですが、「資格をとれと言われてとったのに会社で活かせる仕事がない」というケースが多いんです。「プロジェクトを作れと言われて作ったのに稟議が通らない」こともよくあります。28%のエンジニアだけがわかっていても、前に進まないのです。

宅島氏 資格をとっても、企画する側の人に知見がないと、なかなか話が通じないのですね。

岡田氏 そうです。そこでポイントになるのが、全社で自分事化することです。技術の深いところまでわかる人は少なくてもいいのですが、技術を使う人は増やさなければなりません。ビジネスパーソンがAIという道具によってどんなことができるようになるかを理解することが重要です。カギになるのはDX(デジタルトランスフォーメーション)です。デジタル化して取れたデータをどう使うか。そこでデータサイエンスとAIの出番なんです。大きなトレンドになっているDXのなかで道具としてのAIを活用していくことで、エンジニア、ビジネスパーソン、経営も含めて自分事化していく。これを「DL for DX」と呼んでいます。

宅島氏 トヨタグループで使われている言葉で、重要な技術を内製化することを「手の内化」という呼び方をするそうです。MathWorksでは、そうした道具としてのAI活用を「手の内化」するために、AIなどのデータ分析の結果を現場に実装しやすいよう、技術支援を行なっています。また、AIを知識や研究の枠内に孤立させないための取り組みとして「AI × 専門領域」のつなぎこみも支援しています。

AIの社会実装を進める「ドメインエキスパートにAIを」

岡田氏 「手の内化」は言い得て妙ですね。実際にはどんな取り組みがあるのですか。

宅島氏 例えば、大林組様では、山岳トンネル工事の現場でDLの成果を活用しています。従来はトンネル内部に地質学者や施工管理者が入り、掘削面(切羽)を目で見て、岩盤の風化具合などを判断するため、切羽観察の技能や経験を持つ技術者や技術者をサポートする地質専門家の不足が課題となっていました。そこで切羽の大量の画像をDLで解析し、現場の担当者がタブレットで切羽の写真を撮るだけで切羽の評価ができるようにしました。DLの成果を現場に実装し、ツールとして簡単に活用できるようにしたことがポイントです。

岡田氏 そうした手の内化を増やしていくことで、取り組みが目に見えるようになり、自分事化が進みやすくなりますね。ほかに良かった取り組みはありますか。

宅島氏 デンソーテン様の取り組みが良い事例です。同社は、自動車を電子制御する車載ECUを開発されていますが、車載ECUにAIモデルを組み込もうとすると、さまざまな課題に直面します。例えば、DLでは一般的に用いられる言語はPythonですが、車載ECUはC言語で開発されるため互換性がありません。AIの取り組みは自動車業界で進む「モデルベース開発」(MBD)の障害になることもあります。そこで、MATLABの機能であるディープネットワークデザイナーを用いてAIを設計し、それをSimulinkモデルに変換するツールを開発して、一貫したプロセスでMBDを実施できるようにしたのです。この事例は、AIという新たな領域の取り組みであっても従来から自動車業界で培ってきたMBDプロセスを利用された好例で、私どもはこうした取り組みを「ドメインエキスパートにAIを」と呼んでいます。

岡田氏 私たちもアワードを毎年実施していて、昨年の大賞は日立造船様でした。プラントの点検にDLを活用し、これまで300時間かかっていた検査および判定の作業時間が約75%削減されました。ビジネスパーソンを中心にG検定をとられて、トライ&エラーを繰り返して差別化できる商品の開発にまで至りました。これも専門領域があって、道具としてのAIをうまく使った事例です。いろいろな業種業界の取り組みを開示していくことは自分事化への近道ですよね。

エンジニアと話が通じるようになる無料講座「AI for Everyone」

宅島氏 さきほどの「AI × 制御」などのほかにも「AI × デジタル信号処理」「AI × 無線通信」「AI × 自動車」などさまざまな専門領域の組み合わせが可能です。最近では、口元の画像情報から加齢への影響やエイジングケアを研究するなど「AI×化粧品」といった事例まで出てきています。

岡田氏 これまでは画像系の事例が多かったのですが、最近は自然言語処理への適用なども含め領域が広がっていますよね。道具としてアップデートが日々起こっています。

宅島氏 そのなかで仕組みをツール化し、エンジニアが思考を止めることなく取り組みを進められればと思っています。それがAIの汎用的な活用にもつながっていくはずです。

岡田氏 私たちも、ビジネスパーソン向けのG検定とエンジニア向けのE資格を取り組みの両輪にしてもらうことで、企画者からエンジニアまでが1つのチームとしてプロジェクトを進めてほしいと思っています。ただ、それだけでは十分でないという思いもあります。そこで最近力を入れているのが「AI for Everyone」です。世界最大級のオンライン講座プラットフォームCoursera(コーセラ)上ですでに世界60万人以上の受講者がいる「AI for Everyone」を、松尾先生の日本向けコンテンツを加えた特別版としてJDLAが制作しました。無料で利用でき、AI/DLについて「まず知る」ことができます。

宅島氏 G検定を受ける前のエントリー版として、無料で受講できるのはいいですね。

岡田氏 全体で6時間のプログラムですが、スマホを使って10分間隔で見ることもできます。ミニテストもあってポイントの確認も可能。これを見るだけでも、エンジニアの人とだいぶ話が通じるようになります。すると社内のカルチャーも変わっていくはずです。

作る人、使う人たちが一緒になって取り組むカルチャーが大事

宅島氏 銀行や商社などではG検定を社内の昇格や昇級に利用するケースが増えてきているそうです。仮に認定をとれなくても、まずは受検することによって意識は変わりますよね。

岡田氏 おっしゃる通りです。中外製薬様のように、トップダウンで「全社員がG検定受検」を号令されたケースもありますし、日立造船様のように、部門単位で受検してボトムアップで社内に広めていくケースもあります。名古屋にある社員約300名の印刷会社である西川コミュニケーションズ様では、工場担当者含めて全員がG検定取得を目指し、最後は社長も取得されました。その後、現場でAIを活用する動きが加速し、AIシステムを他社に販売するまでに広がりました。

宅島氏 まさに「AI for Everyone」ですね。G検定が社内の共通言語になり、会社全体にAI/DLが浸透していったのですね。

岡田氏 大事なことはカルチャーを変えることです。作る人、使う人たちが一緒になって取り組んでいくことが重要です。ところでMathWorksさんは学生向けの教育にも熱心に取り組んでいますよね。

宅島氏 はい。例えば、金沢工業大学様では、1年次に「AI基礎」の授業を全学部必修科目として導入されましたが、この事例もまさにAI for Everyoneに通じるものがあると感じました。金沢工業大学様ではMATLABとSimulinkのキャンパスワイドライセンスを活用され、取り組みを進めていらっしゃいます。キャンパスワイドライセンスは全学生と教職員がMATLABやSimulinkをいつでも、どこでも自由にできるもので、ほかにも東京大学や早稲田大学などさまざま学部学科で活用いただいています。

岡田氏 AI人材は50万人必要になるとされており、25万人は社会人、25万人は学生から育成していこうとしています。学校教育という学びのプロセスからAI/DLを身につけていくことが重要ですが、まだまだ足りません。いまデジタル化が待ったなしの状況で、ここからどう付加価値を高めていくか。その課題を乗り越えるためにAI/DLの活用の仕方を提案していきたいと思っています。まずは「AI for Everyone」のように無料で利用できるコンテンツからぜひ活用いただきたいですね。

宅島氏 MathWorksも小学校向けプログラムの実施や企業への社会実装の支援に今後も力を入れていきます。すべての人がAIを学び、活用できる環境をつくっていくつもりです。

関連リソース

[PR]提供:MathWorks