4. 金型スプレー冷却モデル

4.1. 金型温度シミュレーション

金型温度シミュレーションは、射出/凝固、製品取り出し、スプレー冷却、型閉じなどから構成される鋳造サイクル中の熱バランスを考慮した、金型表面および内部の温度分布を予測することができます。得られた温度分布は型設計フェーズにおける冷却方案の検討に利用できます。また、凝固シミュレーション、湯流れシミュレーションの初期温度分布に用いれば、鋳造欠陥の予測精度を向上させることが可能です。

4.2. 金型スプレー冷却モデルの概要と目的

金型温度シミュレーションにおいて高精度で金型温度分布を予測するためには、スプレー冷却領域の変化を考慮する必要があります。このために開発された先進的な金型スプレー冷却モデルは、FLOW-3D v11.2 / FLOW-3D Cast v4.2で利用できます。

このモデルでは金型表面の熱伝達係数を一定と仮定するのではなく、個々のスプレーによる冷却を個別に計算します。金型表面のスプレー領域は、スプレーノズルの動きに合わせて常に更新されます。また、スプレー角度と金型表面形状の位置関係により、スプレーが届かない領域についても考慮します。

新しく開発されたこのモデルでは、操業設定値を入力データとして用いることができるため、精度の高い金型表面温度分布が得られます。これにより型設計技術者は、ホットスポットを排除するためのより良い冷却方案を設計し最適化が可能になります。

4.3. スプレー冷却領域の計算

本モデルでは、スプレー冷却に対する金型表面形状とスプレーノズルの位置関係の影響を考慮しています。図4に示すように、型表面に遮られてスプレーが届かない領域や、2つ以上のスプレーが重複して冷却する領域が存在します。これらの領域を識別するため、スプレーノズルごとの冷却効果を区別する技法として、レイトレーシングアルゴリズムを用いています。

図4.鋳型溶損位置の比較

4.4. 熱伝達係数の算出

スプレー冷却のメカニズムは複雑で、その熱伝達係数はスプレー形状、冷却液の流量、スプレー圧、型温度、スプレー角度およびスプレー距離など、多くのファクターに依存しています。鋳型部位ごとの熱伝達係数は、スプレーごとに定義する基準値に、鋳型までの距離や鋳型表面の向きにより決まるファクター依存関数を乗算して計算されます。基準値とファクター依存関数は、実験値へのフィッティング、理論からの導出または経験から得られます。

4.5. スプレーノズルの定義

スプレーノズルはバンクごとにグループ化されます。同じバンクに含まれるノズルは、例えばスプレー円錐角など同じ特性を持ちます。また、スプレー媒体の温度、冷却対象の鋳型、スプレー制御テーブル、熱伝達係数の関数も共通です(図5)。全てのスプレーノズルバンクは、同じロボットアームに取り付けられています。ロボットアームの並進や回転は、設定画面上で指定できます。

図5.スプレー用ロボットアームとスプレー形状定義

4.6. 適用事例

新しいモデルの能力および金型スプレー工程シミュレーションの重要性を確認するために、大型で薄肉な自動車用構造部品を対象としたケーススタディを行いました。金型温度履歴を得るために、熱電対を3カ所のエジェクターピン表面内側に配置しています(図6)。熱電対#1は製品面、#2はキャビティの外側(ランナー間)です。これらは溶湯に触れませんが、スプレー冷却時に冷却されます。#3は金型内のホットスポットであるビスケット近傍に配置しました。

図6.鋳型表面および熱電対の位置

シミュレーションは5サイクル行いました。1サイクルは凝固、製品取り出し、スプレー冷却、型閉じの4工程から構成されます。ロボットアームによるスプレーノズルバンクの挙動を考慮せず、金型表面全体に一定の熱伝達係数を与える場合、スプレー工程の平均的な時間を見積もることは困難です。ここでは熱電対#1から得られる温度曲線を再現するように、スプレー冷却の平均時間を調節しました。一方、新しいスプレー冷却モデルでは個々のスプレーノズルからの冷却を再現できるため、現実的な鋳型部位ごとのスプレー時間を、シミュレーションに直接反映することができます。これは新しい金型スプレー冷却モデルの長所の1つです。

図7の左側はスプレー冷却工程中の金型表面のスプレー冷却領域(青部)、右側は第5サイクルにおけるスプレー冷却時の金型表面温度分布を示しています。型全体を冷やすスプレーと加熱部への局所スプレーの動きに伴う、局所的な鋳型温度の低下および復熱の様子が再現されています。

図8は第5サイクルにおける3つの熱電対の温度曲線を示しており、実線はノズルの動きを考慮しない従来法、破線は新しい金型スプレー冷却モデルの結果です。図8の横にはサイクルの最後における温度差を示しました。従来法では熱電対#1の温度曲線を実測と合わせ込んだ影響(温度差0℃)により、ビスケット部(熱電対#3)の温度差が90℃と大きく乖離していることが分かります。金型技術者にとってビスケット温度はとても重要です。サイクルの最後における製品外部(熱電対#2)の温度差は20℃です。

実鋳造においてこれらの値は、良品が得られるか、焼付きによる製品取り出し時の鋳型へのかじりが生じないかなどを決定します。金型スプレー冷却工程のシミュレーションにおいて、スプレーの動きと冷媒の噴霧状況を考慮することは、金型温度分布を正確に予測するために重要です。

図7.スプレーノズル移動の様子(左:冷却領域[青色]、右:金型表面温度分布)

図8.温度曲線の比較(実線:従来法、破線:新スプレー冷却モデル)

5. おわりに

高圧ダイカストプロセスのシミュレーションでは、湯流れに伴うガス巻き込みや凝固時の収縮巣などの欠陥種別によらず、湯流れ挙動の予測精度が重要と考えられます。さらに欠陥予測精度を向上させるには、サイクルプロセスを正確に反映する金型温度シミュレーションが必要です。

高精度な湯流れシミュレーションと、高機能な鋳造プロセスモデルおよび多くの物理モデルに支えられる欠陥予測機能を統合したFLOW-3D Castは、加速するダイカスト製品の高品質・高付加価値化・短納期化を解決する指針を提供します。

参考文献
[1] Hirt, C.W. and Nichols, B.D., "Volume of Fluid (VOF) Method for the Dynamics of Free Boundaries," Journal of Computational Physics 39, 201, 1981.
[2] M?ller, et al., A die spray cooling model for thermal die cycling simulations, Transactions of NADCA 2015 Die Casting Congress & Exposition, Indianapolis, T15-101, 2015

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