楽天モバイルの親会社である楽天グループは2021年8月4日、「完全仮想化」をうたう同社のモバイル通信プラットフォーム「Rakuten Communications Platform」(RCP)を、ドイツの携帯電話会社「1&1」に提供することを発表しました。仮想化・オープン化技術の採用でモバイルネットワークのクラウド化を実現したRCPですが、まだ実績が少ないRCPの販売にこぎつけられた理由はどこにあるのでしょうか。

楽天グループがRCPで初の大型顧客を獲得

「完全仮想化ネットワーク」をうたい、携帯電話事業に新規参入を果たした楽天モバイル。国内では携帯電話会社としてエリア整備と加入者獲得を進めている最中ですが、同社はもう1つ、これまで培った完全仮想化ネットワークの技術やノウハウを、他の携帯電話会社などに販売することも、ビジネスの柱の1つにしていく方針を示しています。

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その軸となるのが「Rakuten Communications Platform」(RCP)です。RCPはコアネットワークと無線アクセスネットワーク(RAN)の双方に仮想化技術を採用したネットワークプラットフォームで、アンテナなど機材が必要な部分を除いた、ネットワークの多くの部分をクラウドとして提供できる点が特徴となっています。

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    楽天(当時)の2020年度第3四半期決算説明会資料より。RCPはコアネットワークだけでなくRANにも仮想化技術を導入、モバイルネットワークの大部分をクラウドとして提供できる点が大きな特徴となっている

加えて、RAN部分にも「O-RAN(Open Radio Access Network)」に準拠したオープン化の仕様が採用されていることから、RCPを導入した企業は自らO-RAN準拠の無線機器を調達して設置すればよく、特定の通信機器ベンダーの意向に左右されることなく、導入コストと期間を大幅に抑えてネットワーク構築が可能なことも、大きな特徴として打ち出されています。

これまで楽天モバイルは、RCPを自社ネットワークに採用して改良を進める一方、RCPの外販に向けた機能強化も進められてきました。実際、2019年にはRANの仮想化(vRAN)技術を手掛ける米国のアルティオスターに出資したほか、2020年5月13日には携帯電話会社向けのシステム開発を手掛ける米国のイノアイという企業を買収しています。

また、2021年8月4日にはアルティオスターを完全子会社化し、アルティオスターやイノアイをはじめとしたRCP関連企業や組織を集約した「Rakuten Symphony」を立ち上げています。RCPに必要なパーツが揃い、国内でのサービス展開が進むなど準備が整ったと判断してRCPを本格的に外販する体制を整えるに至ったと言えるでしょう。

さらに、同日には楽天モバイルの親会社である楽天グループがドイツの携帯電話会社である1&1にRCPを提供することを発表。RCPで初となる大規模な受注を獲得したことを明らかにしています。

同社の発表内容によると、今回の契約で楽天グループは1&1の既存ネットワークを引き継いでパフォーマンス向上を図るとともに、RCPとパートナー企業のエコシステムを活用してネットワーク構築を進めるほか、運用を自動化するソフトウェアも提供するとしています。

ちなみに1&1との契約は約10年とのことで、ネットワークの構築だけでなく保守などにもわたるようです。ただし、楽天グループが実際に提供するのはRCPの範囲、つまりクラウドによるコアネットワークやRANの提供までであり、実際に基地局やアンテナを設置するわけではないとのことです。現地での作業はパートナー企業を活用する方針としており、実際に設置する機器も1&1側が決める形となるようです。

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    楽天グループ2021年第2四半期決算説明会資料より。楽天グループはドイツの1&1にRCPを提供することを発表、10年間にわたってRCPを活用した同社のネットワーク構築や保守を手掛けるとしている

楽天モバイルに極めて近い1&1の立ち位置

では、なぜ1&1はRCPを採用するに至ったのかと考えると、やはり同社が楽天モバイルと非常に近い立ち位置にあったからと言えるでしょう。というのも1&1は2019年にオークションの末、5Gの周波数帯の免許を獲得し、携帯電話事業に新規参入したMVNO(Mobile Virtual Network Operator:仮想移動体通信事業者)であり、元々MVNOだった楽天モバイルと生い立ちが非常に似ているのです。

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    1&1のWebサイト。元々MVNOとしてモバイル通信事業を展開していたが、周波数オークションで5Gの周波数帯免許を獲得、自らネットワークを持つ携帯電話会社として新規参入するに至った

しかも、1&1が事業展開するドイツは先進国かつ成熟市場であり、ソフトバンクグループ傘下だったスプリントを買収した米国事業で知られる地場系のTモバイルと、かつて日本にも進出していた英国のボーダフォン、そして「O2」ブランドで事業展開するスペインのテレフォニカの大手3社が存在するなど、事業環境も日本と非常に似ています。

新規参入の1&1が成熟市場で既存勢力に対抗するには、既存の事業者とは明確な差異化が必要と判断した結果、完全仮想化をうたうRCPの採用に至ったと言えそうです。

そうしたことから、楽天グループにとって1&1は獲得しやすい顧客だったと言えますが、成熟市場で新規参入する事業者が多いとは考えにくく、同様の顧客獲得はあまり期待できないでしょう。かと言って、既存事業者にRCPを販売しようとするとなると、今度は非常に多くのハードルに阻まれる可能性があります。

1つは既存通信事業者の多くが大手通信機器ベンダーの機器を採用しており、ある意味ですでに囲い込まれていることです。大手ベンダーは自社メリットが薄いネットワークのオープン化には非常に消極的なことから、携帯電話会社側が環境を変えない限り、オープン化を前提としたRCPの入り込む余地は少ないと考えられます。

そしてもう1つ。仮想化ネットワーク、とりわけvRANにはパフォーマンス面で課題が多いことも、既存の事業者が導入する上で大きなハードルになってくるでしょう。

楽天モバイルの累計申込数は442万で、実際の契約数は400万を割るくらいと想定されますが、既存の大手事業者となると数千万単位の顧客を抱えていることが多いだけに、それに耐えるパフォーマンスを完全仮想化されたRCPでどこまで実現できるのか、という点はまだ見えていません。

そうしたことから、RCPの販路としては当面プライベート5G、日本におけるローカル5Gによるネットワークを構築しようとしている企業が主となり、大規模な展開は見込みにくいのではないかと考えられます。また、大手事業者にソリューションを提供できたとしても、RCPのコア部分ではなく、一部のソフトウェア技術の提供などにとどまるのではないかとも考えられます。

楽天グループの代表取締役会長兼社長である三木谷浩史氏は2021年8月11日の決算説明会で、RCPの海外展開に向けて、すでに多数の企業と協議している話しており、RCPの拡大によるモバイル事業の黒字化前倒しに言及していました。

しかし、ネットワークの仮想化・オープン化を巡る動向を見る限り、顧客獲得がそう容易に進むとは考えにくいというのが筆者の見方です。

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    楽天グループはRCPの海外展開に関して多くの企業と協議しているとのことだが、その多くがRCPの一部機能提供にとどまる可能性もある