5Gが日本で商用サービスを開始して4年以上が経過した。その間、スマートフォンの通信速度向上など一定の成果は収めたものの、スマートフォン以外への利用が広がらず、停滞が続いているのが実情です。5Gの現実と課題、そして今後について確認しておきましょう。→過去の「次世代移動通信システム『5G』とは」の回はこちらを参照。本連載は今回で最終回となります。
スマートフォンの高速化以上の恩恵がない5G
日本ではコロナ禍真っ只中の2020年3月に商用サービスを開始した、モバイル通信の最新規格「5G」。スマートフォンで大きな盛り上がりを見せた4Gから大きく進化し、スマートフォンだけにとどまらないあらゆる社会のインフラになり得る存在として、サービス開始前から非常に大きな盛り上がりを見せていたことは覚えている人も多いのではないでしょうか。
本連載では日本での5G前夜となる2019年から、国内外での取材を通じて5Gの動向を追いかけてきました。そして2024年の現在、5Gが当初の期待に応えた存在になっているかというと、率直に言えば「期待外れ」と言わざるを得ません。
確かに5Gのネットワーク自体は、日本でも既に全国の人口カバー率9割を超えるエリアで利用できるようになっています。また5Gに向けて新たに割り当てられた、6GHz以下の「サブ6」と呼ばれる周波数帯のエリアも、さまざまな課題をクリアしエリア拡大が進み、需要が高まるスマートフォンでの高速大容量通信に大きく貢献していることは間違いありません。
しかし、高速大容量通信とともに大きな注目を集めていた、5Gの特徴である「低遅延」「多数同時接続」、さらに言えばそれら5Gらしい特徴を生かした自動・遠隔運転やIoTなどのソリューションなども、その大半が現在もなおPoC(概念実証)や実証実験から抜け出せておらず、ほとんど実現に至っていません。
また高速大容量通信に関しても、サブ6より大容量通信が可能な30GHz以上の周波数帯、いわゆる「ミリ波」が予想以上に活用しづらく、対応端末が増えないので整備しても全く使われないなど、周波数活用の側面でも大きな課題が浮上しています。
もちろん、5Gのサービス開始直前には期待が過剰に膨らみ過ぎてしまった面もあり、それが現在の失望につながっている部分は少なからずあるでしょう。ただこれまでのモバイル通信規格の歴史を振り返るに、世界的にここまで停滞が続いている通信規格はかつて存在しなかったのでは? というのもまた正直なところです。
ユースケース不足とNSAの悪循環を断てるか
なぜ5Gがうまくいっていないのか、その理由は大きく2つあると筆者は見ており、1つはユースケースの不足です。5Gの提供開始当初、モバイル通信がスマートフォンだけでなく、より大容量通信が必要なメタバースなどのVR(仮想現実)などにも広がると見られていましたし、自動運転やドローンなど、企業向けを中心としたソリューションにも広く活用されることが見込まれていました。
ですが、メタバースに対する関心が急低下してしまうなど、スマートフォン以外で5Gの高い性能を必要とするユースケースがほぼ開拓できていないのが実情です。一方、企業が遠隔操縦やIoTなどでモバイル通信を活用するケースは大幅に増えているのですが、そうした用途には現状、低価格でそこそこの通信性能を持つ4G、あるいは「Starlink」などの衛星通信で十分と判断されているようです。
そしてユースケースが広がらなければ、スマートフォンから得られる以上の通信料収入を得るのが難しいので、携帯電話会社もインフラ投資に消極的にならざるを得ません。そこでもう1つの理由として浮上しているのが、携帯電話会社と利用者がともに、ノンスタンドアローン(NSA)運用の現状で満足してしまっていることです。
5Gでは4Gから素早く移行することを重視し、すべて5G専用の機器でネットワークを構成するスタンドアローン(SA)運用だけでなく、4Gのネットワークの中に5Gの基地局を設置し、5Gの高速大容量通信だけをいち早く実現するNSA運用も導入されることとなりました。もちろん、NSAの環境下では高速大容量通信以外の特徴を生かすことができず、ネットワークを仮想的に分割する5Gの主要技術、ネットワークスライシングなども活用できません。
しかし、そもそも5Gを必要とするユースケースを開拓できていないので、利用者は5Gに対し、スマートフォンの通信を高速大容量にする以外のメリットを見出せていません。それゆえ携帯電話会社の側も、積極的にコストをかけてNSAからSAへ移行することに消極的になっているのです。
実際日本でも携帯3社がSAによるサービス提供を開始しているものの、2024年現在もなお、そのエリアはごく一部でしかありません。中国やインドの一部事業者など、サービス開始当初からSA運用で5Gを導入した国や地域でなければ、世界的にもなかなかSAへの移行が進んでいないのが実情のようです。
SA運用に移行しなければ5Gの本領は発揮できないけれど、それを生かせるユースケースがなく移行するメリットが見出せないので、移行に向けた投資が進まない……という悪循環に陥っているのが、5Gの現状といえるでしょう。
それゆえ国内では、携帯電話会社が“儲からない5G”から他のインフラ、具体的には生成AIブームで需要が高まっているデータセンターなどへの投資に重心を移す動きも起きており、モバイル通信の将来という意味でも非常に危惧されるところです。
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KDDIの2024年3月期決算説明会資料より。KDDIは中期経営計画で掲げている「サテライトグロース戦略」を軌道修正、従来5Gのみが位置付けられていたコア事業に、データドリブンや生成AIが追加され、5Gの存在感が弱まっている
もちろん、モバイル通信の規格はおよそ10年にわたって進化することから、今後5Gが成熟を迎えることでさ徐々に諸問題が解消し、利用が進んでいくことも考えられます。
実際、ローカル5Gを推進している5G利活用型社会デザイン推進コンソーシアムが2023年に公表した「ローカル5G普及ロードマップ」を見ますと、「ローカル5Gの本格的な普及期は、2025年以降になる」とされています。あくまでローカル5Gの事例にはなりますが、2020年代後半からの本格普及を見込んでいる様子がうかがえるでしょう。
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5G利活用型社会デザイン推進コンソーシアムのWebサイトより。同コンソーシアムが公表している「ローカル5G普及ロードマップ」では、ローカル5Gが本格普及を迎えるのは、中小企業に利用が広まる2025年以降になるとしている
一方で、4Gにおけるスマートフォンのようなキラーデバイスが存在しない状況下では、やはり5Gへの投資が加速せず業界全体が縮小してしまうのでは、という見方も少なからずあることもまた確かです。
状況は非常に混沌としていることは間違いありませんが、今後携帯電話業界全体が奮起し、5Gの大きな盛り上がりを実現してくれることを期待しつつ、本連載を締めくくりたいと思います。