ソフトバンクが開発を進めている「Segment Routing IPv6 Mobile User Plane」(SRv6 MUP)を取り入れた5Gネットワーク上で、ヤマハのリモート合奏サービス「SYNCROOM」を動作させる実証実験が2023年より進められています。→過去の「次世代移動通信システム『5G』とは」の回はこちらを参照。
2024年10月26日には静岡県浜松市で実施された「第32回ハママツ・ジャズ・ウィーク」で、より商用に近い環境での実証が実施されています。その内容からはSRv6 MUPの実力、そして課題も見えてきます。
商用環境にSRv6 MUPを導入しリモートでセッション
5Gの高度化に向けさまざまな技術が開発されていますが、中でもソフトバンクが力を入れているのがSRv6 MUPです。その詳細は連載の過去記事(第65回、第102回)でも触れていますが、モバイルのネットワークに従来の回線交換機ではなく、IPベースのネットワークと同様、汎用のルータを用いてパケットによる通信をするというものです。
これによって通信の際に必ず交換機を経由する必要がなくなることから、通信する際の距離が縮まり低遅延を実現しやすくなるほか、多数の端末と同時に通信しやすくなるので、スタンドアローン運用での利用が期待されるネットワークスライシングをより低コストで実現しやすくなるとされています。
すでに、ソフトバンクはSRv6 MUPの実用化に向けた実証実験も進めており、2023年8月にはSRv6 MUPを導入した商用の5Gネットワーク上で、ヤマハのリモート合奏サービス「SYNCROOM」を動作させ遅延を抑えたリモート演奏を実施する実証実験を開始したことを発表。
それ以降もソフトバンクはSRv6 MUPに関するさまざまな実証を進めているのですが、2024年10月にはその様子を実際に見る機会も設けられています。
その舞台となったのは、静岡県浜松市で実施された「第32回ハママツ・ジャズ・ウィーク」。このイベントは文字通り、浜松市の屋内外のさまざまな場所を舞台にジャズのライブが実施されるというものなのですが、そのうち2024年10月26日に、SRv6 MUPとSYNCROOMを活用したリモート合奏のデモが披露されたのです。
具体的には、浜松駅前の「新川モール」に設けられたイベント会場と、そこから300mほど離れた場所にある「ヤマハ浜松店」をモバイル回線で結び、プロミュージシャンがそれぞれに2名ずつ参加しリモートでセッションをする形となります。
このうちヤマハ浜松店側は光回線で接続しているのですが、新川モール側はモバイル回線を使用。5Gのスタンドアローン(SA)運用がなされた商用ネットワーク上にSRv6 MUPの試験環境を構築し、SYNCROOMをインストールしたスマートフォンをモバイル回線で接続することにより、間にモバイル回線を介しながらも光回線と変わらず、ズレのないリモート合奏を実現できるかどうかを確認する形となります。
性能をフルに生かすには帯域幅も必要
では実際の結果はどうだったのか……といいますと、正直なところうまくいく時もあれば、いかない時もあるという状況でした。
確かにリハーサルの段階では、あまりズレが生じることなく、離れた場所にいる4人のミュージシャン同士でセッションができていたのですが、一転して本番に入るとさまざまな機材トラブルが発生。セッションにおいても時折演奏のずれが生じ、それにミュージシャン側が懸命に合わせてカバーするという状況でした。
しかし、最後の曲になると再び状況が一転、ズレがほぼ生じることなく、リモートであることを感じさせないスムーズなセッションを実現していました。もちろん、現時点ではまだSRv6 MUPが開発段階であることは断っておく必要がありますが、なぜ今回のケースではうまくいったり、いかなかったりという状況が発生したのでしょうか。
ソフトバンク IT&アーキテクト本部 担当部長の松島聡氏によると、その理由は帯域幅にあるとのことでした。今回使用した基地局の5G回線は、帯域幅が広く大容量通信に向くサブ6の3.7GHz帯ではなく、4Gから転用した1.7GHz帯が用いられているとのことでした。
ソフトバンクに割り当てられている1.7GHz帯は15MHz×2幅と、100MHz幅が割り当てられている3.7GHz帯と比べると帯域幅狭いので一度に通信できるデータの量が少なく、多くの人が同じ基地局に接続したり、あるいは大容量通信をしてしまったりすると一度に通信できる量が少なくなってしまいます。
それゆえ、本番開始前後に何らかの原因で通信量が増えてしまい、データ通信の流れが悪くなってしまったことが遅延などのトラブルにつながったと見ているようです。
3.7GHz帯の基地局が利用できるなど、より環境が整った場所でイベントが実施できればトラブルも生じにくかったと考えられますが、今回の場合、イベントを実施したのがソフトバンクではなかったことから通信環境のいい場所を選べなかったようです。
ただ、商用導入を進める上では混雑した環境で低遅延を実現することも重要となるだけに、SRv6 MUPの性能をフルに生かす環境を整えることも大きな課題になってくるといえそうです。
そうしたことから松島氏は、今回の結果を参考にしながらネットワークの改善、そしてSRv6 MUPの具体的な導入に向けたネットワーク設計の変更など、さまざまなチャレンジをしていくことになるとのこと。
また、SRv6 MUPの技術自体は5Gで現在主流となっているノンスタンドアローン(NSA)運用の環境にも導入できることから、その導入に向けたトライアルも進めていきたいと話していました。
SRv6 MUPが商用環境に導入されるのはまだ先のこととなるでしょうが、より商用環境に近い実証が進められている様子からは、実用化に向け着実に前進している様子を見て取ることができます。低遅延やネットワークスライシングなど、5Gが真の実力を発揮して利用シーンを広げていく上でも、こうした技術の導入に期待がかかる所ではないでしょうか。