5Gのサービス開始して以降、「5Gの電波が人体に悪影響を与える」という根拠のない説やデマを唱える人が少なからず現れ、今なお不安を抱く人がいるようです。→過去の「次世代移動通信システム『5G』とは」の回はこちらを参照。
5Gで急拡大した根拠のない健康不安説
日本で5Gの商用サービスが始まってはや4年、それより1年先に5Gのサービスを開始した米国や韓国などでは、既に5Gのサービスが始まって5年が経過したこととなります。今なお多くの課題を抱えている5Gではありますが、対応するエリアやスマートフォンは着実に増えており、着実に普及が進んでいることに間違いはないでしょう。
しかし、その5Gに対して今なお「健康に影響があるのでは」と不安を抱いている人もいるようです。古くから携帯電話で使用する電波に対して不安を訴える人はある程度存在するのですが、とりわけ5Gのサービス開始以降、その健康不安を訴える向きが増えたようにも感じています。
その背景にあるのは海外で5Gの商用サービスが開始した当初、5Gの電波が人体に影響を与えるという説を唱える人が急増したことにあります。
とりわけ5Gは商用サービスを開始した直後に新型コロナウイルスが発生したこともあり、海外では「5Gが新型コロナウイルスの感染を拡大させている」として5Gの基地局を破壊するなどの動きも起きていたほどです。
もちろん、5Gと新型コロナウイルスには何の関連性もないのですが、なぜ5Gに対する健康不安説を唱える人がそれだけ増えたのかといいますと、5Gで使用する電波の周波数が、従来より高いためと見られています。
実際、新たに5G向けに割り当てられているのは、6GHz以下の「サブ6」と呼ばれる周波数帯と、主に30GHz以上の「ミリ波」と呼ばれる帯域。高速大容量通信を実現するため、1GHz以下の「プラチナバンド」などと比べるとかなり高い周波数帯を使っていることは間違いありません。
ただ、サブ6やミリ波も放射線よりはるかに周波数が低く、生体組織の分子や原子を電離させるエネルギーを持たない「非電離放射線」で、遺伝子を傷つけることはありません。
それでもWi-Fiなどと同じ2.4GHz帯を用いて、食品などを温める電子レンジのように、出力が強ければ一定の影響が生じることは確かですが、携帯電話の端末や基地局などから発する電波は人体に影響が出ないよう出力が制御されています。
公的研究機関の初調査の結果は?
しかし、携帯電話の基地局から発せられる強さがどの程度なのか、われわれが実際に目にすることは困難です。そうしたこともあってか、国立研究開発法人である情報通信研究機構(NICT)は2024年7月5日、公的な研究機関として世界で初めて、5G基地局周辺からの電波ばく露レベルを測定したことを明らかにしています。
ばく露とは科学物質などに人体がさらされる状態を指す言葉であり、携帯電話のばく露レベルはどれくらい出力の強い電波に人体がさらされるのかを示す、と考えればよいでしょう。
そしてNICTは今回、商用運用されている5Gの携帯電話基地局からの電波ばく露レベルを複数地点で測定したとしています。NICTが測定したのは、5Gで使用している周波数帯のうちサブ6に分類される6GHz以下の周波数のもの(FR1)と、ミリ波に分類される28GHz帯(FR2)とされています。
このうちFR1は東京都内および近郊の51カ所(51地点)、FR2は東京都心の3カ所(15地点)で測定を実施しています。
なお、測定時は通常の測定に加え、測定場所付近のスマートフォンでデータをダウンロードしながらの測定も実施したとのこと。
その結果、データのダウンロードがあった場合のばく露レベルは、なかった場合と比べFR1で約70倍、FR2で約1000倍大きくなることが分かったそうで、スマートフォンで通信している最中の方が電波強度が上がることは確かなようです。
ただ、それも4Gの測定結果と比べれば、ばく露レベルは同程度、もしくはそれより低いという結果であったとのこと。
そして4G、5Gともに、総務省情報通信審議会の答申として策定されている電波防護指針に対して低いレベルに収まっているほか、フランスの全国周波数庁(ANFR)が実施した5Gの3.5GHz帯の測定結果比べても12%程度と、低い水準に抑えられているとのことでした。
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電波暴露レベル(中央値)の測定結果。スマートフォンでのダウンロードが「あり」の場合は「なし」と比べるとばく露レベルは大幅に上昇するが、それでも4Gと大きな違いはなく、しかも電波防護指針で定められた値と比べれば明らかに低いことが分かる
今回の調査は公的な機関が、試験環境ではなく実際に稼働している5G基地局に対して実施した調査であり、その調査でサブ6、ミリ波ともに人体に影響が出ないレベルであるという結果が示されたことに、大きな意味が意味があるといえます。
また、測定は今回限りではなく今後も長期的に少なくとも2040年までは継続して実施し、学会などで情報を公表していくとのことなので、そうした意味でも信頼性があるでしょう。
5Gの電波が人体に影響を及ぼすという根拠のない噂やデマが広まることは、今後の5Gのエリア拡大にも少なからず影響してくる可能性があります。
なぜならサブ6やミリ波の基地局は電波が遠くに飛ばないので、従来以上に基地局を多く設置する必要があるのですが、例えば基地局の設置候補となりやすいビルオーナーやマンションの住人がそうしたデマを信じて健康不安を強く訴えるようになれば、たちまち基地局の設置自体が困難になってしまうからです。
そうしたことから、5Gのさらなる普及を考えるうえでは、不安を解消するための正確な情報発信が一層不可欠になってくるかもしれません。根拠のない情報を広げないためにも、NICTだけでなく、総務省など行政側のより積極的な取り組みが求められる所です。