2024年の米大統領選に向けて、ハリス陣営の新ロゴが話題です。シンプルすぎる? それとも戦略的? ロゴデザインが選挙に与える影響と、ステッカー文化における日米の違いを探ります。政治参加の形が変わる中、視覚的アピールの重要性が増しています。→過去の「テックトピア:米国のテクノロジー業界の舞台裏」の回はこちらを参照。
ハリス-ワルツ陣営のロゴは「シンプルで凡庸なデザイン」
2024年の大統領選挙からバイデン大統領が撤退し、カマラ・ハリス副大統領が正式に民主党の候補に指名されました。それとともに「ハリス-ワルツ」陣営のロゴが公開されました。
日本ではあまり注目されませんが、ロゴ・デザインの出来は選挙キャンペーンの勢いを左右するものです。ハリス・キャンペーンのロゴに対する評価は、良く言えば包括的ですが、記憶に残らない、「法律事務所や不動産屋で見かけるようなデザイン」というような反応も見られます。
ロゴは、2色の組み合わせで、ハリス氏と副大統領候補のティム・ワルツ氏の苗字がサンセリフ書体の大文字で描かれています。鐘も笛も星もストライプもないロゴです。ひどいものではありませんが、インパクトに欠けます。
このようなシンプルで凡庸なデザインは、出る杭が打たれるリスクを避けられます。ただ、初の女性大統領になり得る歴史的な候補であることを考えると、出る杭を伸ばすアプローチもあったかもしれません。
これには時間が限られたことも大きく影響したと思われます。バイデン-ハリス・キャンペーンのロゴは、分断が社会問題化する中で米国の団結をアピールする凝ったデザインでした。
バイデン氏の突然の撤退により、有力候補と見なされ始めたハリス氏のチームはすぐに「Harris for President」のロゴを作成し、広告や看板、Webサイト、印刷物の準備をほぼ1日で終えました。このロゴは、バイデン-ハリス政権からの継続性を表現したデザインでした。
それから2週間後にハリス氏が民主党候補に指名され、再び大規模なリブランディングとなりました。今度は大統領候補として自身の特徴や新たな出発を視覚的に伝えなければなりませんが、デザイン戦略を練る時間は非常に限られていました。
ハリス氏の長年の支持者には、2020年の大統領予備選に彼女が出馬した際のキャンペーンの印象が強く残っています。その時、クリエイティブエイジェンシーのWide Eyeは、背の高いサンセリフ体と、紫、黄色、オレンジのカラフルな色を組み合わせて「Kamala Harris for the People」キャンペーンを展開しました。
これは、1972年に大統領候補に立候補したニューヨーク出身の黒人下院議員、シャーリー・チザム氏へのオマージュを意図したブランディングでした。チザム氏は、米二大政党で初めての黒人候補、また民主党としては初めての女性候補として出馬し、選挙キャンペーンでは、大文字でデザインしたロゴとスローガンで、タフで力強い意志の力をアピールしました。
大文字のテキストを用いたハリス-ワルツ・ロゴには、「Kamala Harris for the People」のデザイン手法も取り入れられているものの、テイストはかなり薄まっています。シンプルで実用的なデザインという印象です。
全米規模の選挙では、有色人種の女性候補であることよりも、現職副大統領のイメージの方が勝率が上がるのかもしれません。また、通常の指名プロセスを経ていない候補を立てるという事態に、民主党の結束をアピールするという狙いもあったかと思います。
ただ、ハリス候補の特徴をビジュアルで伝えるものとして「Kamala Harris for the People」ははまっていただけに、大統領選挙でも彼女の個性や背景を前面に押し出した戦略に期待している人もたくさんいるのです。そうした人たちは攻めのデザインを期待していました。
-
「Kamala Harris for the People」では、シャーリー・チザム氏へのオマージュとなるデザインで、「Tough. Principled. Fearless(タフで、原則的で、恐れを知らない)」というスローガンをアピール
ステッカーは最古のソーシャルメディア
さて、大統領選挙でロゴ・デザインが注目を集めるのは、支持者が印刷されたステッカーやポスターを貼ってアピールするからです。
先日の東京都知事選挙の選挙後、繁華街に貼り残された「R」ステッカーが波紋を広げました。「R」ステッカーが本当に支持者によるものかどうかは別として、候補のステッカーを選挙ポスターのように公共の場に貼るのは使い方として完全に間違っています。候補のステッカーは、自分の車のバンパーやパソコンなど私物に貼って、自分の支持を周りにアピールするものです。
選挙に限らず、好きなバンド、ブランドや組織などをアピールできるステッカーは、子どもでも扱える簡単な自己主張のメディアであり、連帯を広げるという意味では最も古くてシンプルなソーシャルメディアと言えます。
近年では、バラク・オバマ氏が大統領選挙に立候補した時に、本当に多くの人がステッカーを貼っていました。だから、人によるインフルエンスを重視する政治家は、デザインをかっこよくしたり、メッセージを込めたデザインにするなど、人々が貼りたくなるロゴにこだわります。
-
技術デモでステッカーを配布するNASA。Appleもブランドロイヤリティを広める狙いで製品にAppleロゴのステッカーを同梱し続けていました(2024年の新型iPad Proと新型iPad Airから非同梱)。米国でステッカーは伝播力のある文化の1つです。
日本では、たとえ政治家が優れたデザインのロゴを作成したとしても、関係者以外の人が車のバンパーのような目立つところに貼って自分の支持をアピールすることはないでしょう。
政治家の個性や影響力の違いというか、「面白み」というと語弊がありますが、オバマ旋風や「もしトラ」ようなことが起こるダイナミズムに日本の政治が欠けるのは、そこに原因の1つがあるように思います。
選挙関連のステッカーは候補者や政党のものばかりではありません。選挙の際には、さまざまな「I Will Vote」や「I Voted」ステッカーが作られ配布されます。
ちなみに、投票を呼びかけるステッカーは、日本でもユニークで、素晴らしいデザインとクリエイティビティによるものがたくさん作られています。これらが、なぜもっと目立たないのか。こんなデザインの投票ステッカーが米国にあったら、車のバンパー、パソコンやタブレット、ランチボックスにベタベタ貼られること間違いなしです。
メシをくうように選挙にいこう。2014 2 9 #選挙ステッカー http://t.co/QKMNbBq24t pic.twitter.com/Q3Fgk3pmVX
— 江口寿史 (@Eguchinn) January 29, 2014