前々回にPerplexityのAIブラウザ「Comet」前回にGoogleがChromeで提供を開始したAI機能「Gemini in Chrome」を取り上げました。これら初期のAIブラウザからは、AI時代のインターネットという大波をどう乗りこなすか、それぞれのアプローチが透けて見えています。

スタートアップのPerplexityは四半世紀前のGoogleを彷彿とさせる“攻め”の姿勢でAI検索に賭けています。一方でGoogleは、王者の余裕を保ちながら、既存のWeb検索と新しいAI体験の最適解を探る“守りながら攻める”スタンスです。

では、ChatGPTでこのAIブームの火付け役となったOpenAIはどうでしょうか。テックアナリストのベン・トンプソン氏によるサム・アルトマン氏(OpenAI CEO)のインタビュー から、その青写真が浮かび上がります。

  • テックトピア:米国のテクノロジー業界の舞台裏 第33回

    TED2025に登壇したサム・アルトマン氏。AIの驚異的な成長について語り、ChatGPTのようなモデルが近い将来、人間の拡張となる可能性を示しました

“気付けば”巨大な消費者向けサービスを提供するOpenAI

トンプソン氏はOpenAIを「偶然の消費者向けテック企業」と表現し、アルトマン氏もそれを認めています。

ここでいう「偶然」とは、そもそもOpenAIがAGI(汎用人工知能)の研究機関として出発し、当初は消費者向けサービスを想定していなかったという経緯を指します。

ChatGPTは本来、「GPT-4」の完成を待ってからリリースされる予定でした。LLM(大規模言語モデル)の技術的価値を理解してもらうには、GPT-4レベルの対話力が必要だと考えられていたからです。しかし、GPT-4が社会に与える衝撃が大きすぎるという懸念から、社会との“慣らし運転”を目的にGPT‑3.5で研究プレビューとしてリリースしました。

しかし、一般ユーザーから見ればGPT‑3.5でも十分に“魔法”でした。驚異的な対話力が口コミで広がり、OpenAIは想定を大幅に上回るペースでユーザーを獲得します。もし最初からGPT‑4を投入していたら、サーバはパンクしていたかもしれません。段階的公開という“偶然”が結果的に功を奏したわけです。

さらに、そのわずか4カ月後にGPT-4を発表しました。これは当初からの計画でしたが、そうした背景を知らない人々には生成AI技術の目覚ましい進歩を印象づけるものとなり、有料サブスクリプションの成長へとトントン拍子で進みました。こうしてOpenAIは“気付けば”巨大な消費者向けサービスとなったのです。

OpenAIは今後の大きな目標として「DAU(1日あたりのアクティブユーザー数)10億人」を掲げており、現在のDAUは1億2000~6000万人と推定されています。目標達成にはまだ遠いものの、調査によるとWAU(週間アクティブユーザー)はジブリ風動画が注目を集めた際に5億を突破し、現在は8億人に達しています。一時的に触れてみるユーザーが多く含まれるWAUを日常的なユーザーに変えられれば、10億人の大台も夢ではありません。

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    ChatGPTのWAUは時間とともに指数的に伸びており、特に2025年2月から4月にかけて増加ペースが加速しました(DemandSage調査)

10億人に挑戦できる現状がOpenAIの強み

Dropbox、Airbnb、Reddit、Stripeなど、製品とマーケットがフィットして急成長を遂げた企業はここ数十年で数多く存在します。しかし、「10億人」という数字は歴史的にもごくわずかな企業しか到達してない特別な領域です。直近の例だと2000年代半ばのFacebookにまで遡ります。

アルトマン氏は「最先端モデルと10億ユーザーのサイト、どちらが価値あるか」と問われ、「10億ユーザーだと思います」と即答しました。10億人に挑戦できる現状がOpenAIの強みであり、競争が激化する生成AI市場においてその規模が唯一無二に差別化要因になる--そんな腹づもりです。

「AGIがもたらすものを考える上で、私が最も気に入っている歴史的な類似例はトランジスタです。AGIは至るところに広がり、あらゆるものに組み込まれ、ごく安価になり、物理の法則から生まれた性質のようなものとなるでしょう。そしてそれ自体は、もはや差別化要因にはならなくなります」(アルトマン氏)。

では、どうやって10億人へ届くのでしょうか。鍵の一つが「Sign in with ChatGPT」です。5月、OpenAIはChatGPTアカウントでサードパーティ製アプリにログインできる仕組みの開発者アンケートを開始しました。

これは単なるログイン機能ではなく、消費者向け製品とAPIプラットフォームという2つの大きな事業の柱を連携させるものとなります。ユーザーはAIとの対話を通じて「記憶(メモリー)」や「好み」といったパーソナルな情報を蓄積し、「パーソナルAI」を構築していきます。

さらに、APIを統合したい他のサービスに対し、ユーザーが自身のOpenAIアカウントでサインインできる仕組みを提供することで、ユーザーが任意で自分のAIをさまざまなサービスに持ち運べるようになります。これがOpenAIのプラットフォーム構想です。

今後のOpenAIを支える二本柱

「AIファーストの体験」も、今後の戦略における重要な要素です。アルトマン氏は、ユーザーが日常的に使う“目的地”となるサービス群の構築を目指しており、ChatGPTクラスの主要プロダクトを束ねたサブスクリプションの提供を構想しています。

モバイル時代にスマートフォンが普及したように、AI利用に最適化されたまったく新しいタイプのデバイスの登場も視野に入れています。さらには、新たなWebブラウザやその周辺の製品群が形成され、AIを中心に据えた新しいプロダクトエコシステムが生まれると予測しています。

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    OpenAIは5月、Appleの元チーフデザインオフィサーであるジョニー・アイブ氏が共同設立した企業「io」を買収、次世代のAIハードウェア開発を推進するとみられています

事業モデルの観点から見ると、10億人を超えるDAUを目指すのであれば、無料ユーザーからの収益化が重要な課題となります。Web検索やSNSが辿った定番ルートは広告ですが、プライバシー保護の逆風で旧来型のターゲティング広告は難しくなりつつあります。

アルトマン氏は広告を否定してはいませんが、「そうならないことを願う(I hope not)」と消極的な姿勢を示しており、代替案となる収益化の展望を語っています。

例えば、成果報酬型の提携モデルです。ユーザーがDeep Research機能で買い物を検討し、そのまま購入すれば数%の手数料を徴収する--広告のように特定商品を優先表示しない、ユーザー主導の“間接マネタイズ”です。

実際、4月からChatGPTには実験的にショッピング機能が導入されています。相談→提案→購入ページへの導線がシームレスになり、現在対応ストアを拡大中とのこと。サービスの主役はあくまでユーザーであり、AIは“頼れる買い物コンシェルジュ”に徹するスタイルが評価されています。

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    AI検索と買い物支援を融合したChatGPTのショッピング機能

OpenAIの今後について、「充実した消費者向け製品」と「パーソナルAIを持ち運べるプラットフォーム」を二本柱とし、収益についてもサブスクリプションに加えて、提携モデルなど従来の広告モデルとは異なるいくつものアイデアが「リストの上位にある」とアルトマン氏は明言しています。

今年初めのDeepSeekショックを受け、OpenAIは「無料でもGPT‑5を提供する」方針に舵を切りました。アルトマン氏は「あれは無料プランのあり方を再考する契機になった」と振り返ります。

とはいえ、Metaのマーク・ザッカーバーグ氏もかつては「広告は好きではない」と発言していました。Googleも「Don't be evil(邪悪になるな)」を社是に掲げながら広告帝国を築きました。無料サービスを求める人たちを莫大な収益に結びつける“広告モデルの魔力”は甘美です。

OpenAIが目指すのは、AIが日常に深く入り込むテクノロジー体験の再構築です。従来型の広告モデルに頼ることなく、どこまでユーザーとの関係を深化させられるか。「パーソナルAIを構築する」という習慣を人々に根付かせ、ユーザーの生活に欠かせない存在として価値を提供し続けることで、持続可能な収益モデルを確立できるか--ここが真価を問われる正念場となりそうです。