ここ数週間、米国のソーシャルメディア上で「エコノミック・ブラックアウト(economic blackout)」というムーブメントが急速に拡大していたのをご存じでしょうか。「テックトピア:米国のテクノロジー業界の舞台裏」の過去回はこちらを参照。

全米の消費者に24時間の消費自粛を呼びかける「エコノミック・ブラックアウト」

直訳すれば「経済の停電」。金融危機やシステム障害を思わせる言葉ですが、これは住宅費や光熱費、食品価格などあらゆる生活費が高騰する一方で、多くの企業が収益記録を更新し続ける、いわゆる“強欲インフレ”に抗議する運動の名称です。全米の消費者に24時間の消費自粛を呼びかけ、企業に抗議の意思を示すことを目的としています。

この運動はジョン・シュワルツ氏という一個人がSNS上で行った投稿から始まりました。彼の訴えは瞬く間に拡散され、Instagramで70万回以上シェアされ、動画再生回数は850万回を超えました。

さらに、スティーブン・キングやベット・ミドラーなどの著名人も賛同し、全米のプライムタイムニュースでも取り上げられるまでに発展。そして2月28日、「エコノミック・ブラックアウト」が実施されました。

  • テックトピア:米国のテクノロジー業界の舞台裏 第24回

    InstagramからTikTokやRedditへの瞬く間に拡散され、大きなムーブメントに発展した「Economic Blackout」

参加者は、AmazonやWalmart、Targetといった大手小売店やファストフード店での買い物を控え、不要なガソリン代の支出やクレジットカード利用も避けます。医薬品や食料品、緊急用品など必需品はボイコット対象外ですが、買い物する際には地元の中小ビジネスを支援するよう呼びかけていました。

シュワルツ氏は「The People's Union USA」という草の根運動組織を立ち上げ、この運動を推進しています。参加者には政治的左派が目立ちますが、同氏は特定の政党に縛られず、企業の利益至上主義に反対する市民の団結を強調しています。

実際の効果はいかに?

では、実際の効果はどうだったのでしょうか。3月に入り、データが公表され始めています。デジタル小売コンサルタント会社のMomentum CommerceによるAmazonの売上分析では、2月28日の売上は過去8回の金曜日平均を1%上回り、目立った影響は見られませんでした。

また、Similarwebが上位100のEコマースサイトのトラフィックを分析したところ、当日のトラフィックは前年比6%減、前週比4%減でした。ただし、この時期はトランプ関税問題の影響で景気の先行き不透明感が増していたこともあり、エコノミック・ブラックアウトについて「穏やかな影響」と評価しています。

1日だけのボイコットが巨大企業に与える影響は軽微です。また、こうした不買運動は具体的な要求があり、特定の企業や問題に焦点を絞った方が成果を引き出しやすいものですが、今回の運動はやや漠然としていました。

それでも、The People's Union USAは運動が全米規模に広がったことを一定の成功と捉え、次回はターゲットを絞り込んで、より長期間の抗議行動を計画しています。

エコノミック・ブラックアウトが完全に不発に終わったのかというと、企業側は草の根運動が急速に拡大し、簡単に無視できない存在となっていることに警戒感を高めています。

年初には「no buy 2025」という消費主義に反対する別の運動もソーシャルメディアで話題となりました。そして今回のエコノミック・ブラックアウトと、SNSを活用した情報共有や組織化は、従来の消費者運動では見られないスピードと規模で広がっています。

地理的な制約を受けずに、共通の目的を持つ消費者が容易に連携できるほか、これまで消費者運動への関心が薄かった若年層や多様な層の参加が目立ちます。また、単なる製品やサービスの不買運動にとどまらず、SNSアカウントのフォロー解除やコンテンツの拡散阻止といった新しい抗議手法も登場しています。

このような消費者の倫理的意識の高まりは一過性ではなく、今後も消費者の不満が根本的に解決されない限り、同様の消費者運動が繰り返されると考えられます。

エコノミック・ブラックアウトで明暗が分かれた企業

今回のエコノミック・ブラックアウトにおいて、明暗が分かれた企業がありました。ホールセールクラブチェーンのCostco(コストコ)と、ディカウントストアチェーンのTarget(ターゲット)です。

トランプ氏が当選した後、多くの企業がDEI(多様性・公平性・包括性)プログラムやESG(環境・社会・ガバナンス)プログラムを縮小または中止する動きを見せる中、コストコではDEIプログラムを廃止する提案を取締役会が否決しました。

一方、ターゲットはDEIプログラムに積極的な企業でしたが、トランプ大統領就任後にマイノリティ従業員の雇用目標を撤廃し、多様性への取り組みを縮小すると発表しました。

結果、エコノミック・ブラックアウトに関心を持った人たちの意見交換において、コストコは小売大手でありながら消費者の支持を集めた半面、ターゲットはDEIプログラムの方針転換で消費者から批判を浴び、当日にアプリトラフィックは10.9%減少しました。

  • テックトピア:米国のテクノロジー業界の舞台裏 第24回

    ターゲットは、おしゃれな生活雑貨や衣料品などデザイン性の高い商品を揃え、買い物体験を重視した戦略でディスイカウントストアの中では、比較的高い購買力を持つ消費者層を開拓してきました。そのため、DEIプログラムの方針転換は同社の顧客層の大きな失望を招く結果となりました

SNS時代の消費者運動は、企業に対して「経済的圧力」だけでなく、「評判」や「倫理性」といった社会的影響力を伴う新たなリスクとなりつつあります。エコノミック・ブラックアウトは短期的な経済効果では限定的だったものの、その真の意義は消費者の力の再定義にあります。

このような消費者運動が今後、より具体的な目標設定や長期的な戦略を持つようになれば、消費者と企業の力関係を再考する転換点となるかもしれません。