近年、「働く」ことの意味や意義が大幅に見直されている。
多くの企業が働き方改革を進め、副業やフリーランスといった働き方が脚光を浴びるようになり、リモートワークも浸透しつつあるのは周知の通りだ。
これらは基本的にはポジティブな変化として、ビジネスシーンでは好意的に受け止められている。一方で、これまで当たり前に受け入れてきた価値観が短期間で変化したことに戸惑いを覚えている人もいるだろう。
「自分にとって”働く”とは何なのか?」
世の中の急激な変化は、そんな問いを私たちに投げかけているのだ。
その意味で、2020年という激動の年にパーソルグループのオウンドメディア「はたわらワイド」がオープンしたのは、まさに時代の要請だったと言える。
人材サービス関連事業を展開する同社だが、はたわらワイド上に自社ビジネスの宣伝色はなく、さまざまな分野/角度から「働く人」に焦点を当てた記事が並ぶ。
カップヌードルのフタ止めシール廃止の舞台裏に迫った記事や、人気Youtuberへのインタビュー、仕事にまつわる”うまくいかなかった経験”についてさまざまな人物が綴るエッセイ――。一つ一つのコンテンツはどれも魅力的で、ついクリックして読みたくなるものばかりだ。
はたわらワイドのトップページ |
しかし、疑問は残る。パーソルグループはなぜ、はたわらワイドを立ち上げたのか。そして、はたわらワイドで何を目指しているのか。
同メディアの編集長を務める、パーソルグループ グループコミュニケーション本部 ブランドコミュニケーション室の石山貴一氏にお話を伺った。
「はたらいて、笑おう。」は全ての人に届くのか?
はたわらワイド誕生のきっかけとなったのは2019年10月、パーソルがグループビジョンを「はたらいて、笑おう。」に変更したことだった。このグループビジョンを浸透させる施策の1つとして、オウンドメディアが選ばれたのだ。
立ち上げを主導したのは、現在も編集長を務める石山氏である。以前は営業として同社に勤務していた石山氏だが、2017年からは広報としてインナーコミュニケーションや社内のコンテンツ制作を手がけていた。グループビジョンの変更を受けて、石山氏は、「全ての働く人に、どうすれば『はたらいて、笑おう。』というビジョンに共感してもらえるか」を考えたという。
「ビジョンの言葉だけ聞いても、中にはぴんと来ない人もいるのではと思いました。確かに世間では、ウェルビーイングが注目されたり、副業を認める企業が増えたりと、働くことに関する新しい価値観が生まれていました。でも、そうした波にうまく乗れない人もいます。新しい価値観に戸惑いながら、自分らしく働くって何だろうとモヤモヤしている人も多いんじゃないかと思ったのです」(石山氏)
そうしたモヤモヤを抱えた層と、パーソルが打ち出す「はたらいて、笑おう。」というビジョンをつなぐ橋渡しをしたい。そんな想いから、石山氏が企画したのがはたわらワイドだった。
立ち上げプロジェクトを襲ったコロナ禍
上司の理解も得られ、2019年から動き始めたオウンドメディア制作プロジェクト。順調に進むかと思われたその矢先に、新型コロナ感染症の拡大が世の中を直撃した。コロナ禍を境に、世の中の価値観や働き方が大きく変わったことは言うまでもないだろう。今、パーソルとして何を打ち出していくのか、ブランドコミュニケーションを整理し直す必要性に迫られた。
必然的に、オウンドメディア制作プロジェクトも大きな影響を受けた。早くリリースしたかったという石山氏だが、そこから数カ月間は、どんなメディアコンセプトを提出してもなかなか前進しない日々が続いたという。
そこで石山氏は、改めてはたわらワイドの位置付けをはっきりさせる資料を作成し、社内での目線合わせを行った。パーソルグループでは、すでにグループ内の各社がさまざまなオウンドメディアを運営していたため、それらとの立ち位置やターゲットの違いを徹底的に分析し、メディアとして何を目指すのかなどを明示したのだ。その甲斐あって、2020年夏、ついにはたわらワイドの制作は再開された。
メディアとしての”らしさ”をつくる
2020年12月21日のサイトオープンから現在に至るまで、はたわらワイドは石山氏が全体を統括しており、コンテンツ制作は一部を外部のパートナー企業が担当。必要に応じて、社内のシステム担当者や、フォトグラファーとしての活動経験がある社員がコンテンツの制作やサイト運営をサポートするという体制をとる。
企画はパートナー企業の提案によるものもあるが、石山氏が社内チャットに広報メンバーなどを集めて作成した「思いつきネタ板」チャンネルに書き込まれたものがきっかけとなることも多い。候補のなかからはたわらワイドとして取り上げられそうなネタを企画化し、取材依頼から取材、記事化へとつなげていく。
石山氏がはたわらワイドで目指すのは、大量のキーワードで検索上位を狙うSEOコンテンツではないし、PVを獲得して広告収入を狙うサイトでもない。読んだ後に、半歩だけ前向きになれる――そんな”働く人に寄り添う”メディアを石山氏は思い描いていた。
実現したいメディアのイメージをチームと共有する作業に、石山氏は長い時間をかけた。ざっくばらんに思っていることを話し合う機会を設け、目指す方向や思想を丁寧に伝えていったという。
「特に大事にしたのは”読後感”です。記事のテーマは統一されていなくても、読後感が統一されていれば、それがメディアとしての”らしさ”になり、不思議と一貫性が生まれると考えています」(石山氏)
改めて、はたわらワイドを開いてみてほしい。「仕事」や「はたらく」といった大きな枠組みは共通していても、それぞれの記事の形式はばらばらだ。ユニークな視点から切り込んだインタビュー記事もあれば、ゆるい雰囲気の4コマ漫画もあり、心に染みるエッセイもある。しかし、どの記事を読んでも、最後には「はたわらワイドらしい記事だったな」という印象が残るはずだ。それこそが、石山氏が最新の注意を払って作り上げてきた”はたわらワイドブランド”なのである。
重視するのは「新規性」と「共感性」
また、石山氏は記事を作成する上で「新規性」と「共感性」を大切にしているという。新規性とは、単に情報として新しいということではない。むしろ、情報の鮮度ではほかのメディアと差別化できず価値を出しにくいと石山氏は考えている。
「新規性とは、切り口の話です。例えば『ZOZOスーツ2』を取り上げた記事ならば、普通なら技術力の高さに焦点を当てるでしょう。しかし、そういった記事は世間のメディアにあふれています。そこで、ZOZOスーツが2回目の挑戦であることに着目し、リリースに至るまでの社内での合意プロセスを深堀りするかたちで取材しました」(石山氏)
「家族型ロボット『LOVOT』が人気」という話題を取り上げた記事も同様だ。単なるニュースとして扱うのではなく、LOVOTの開発者に”愛されキャラ”になる秘訣を聞いたことで、ビジネスパーソンにとっても学びとなる内容となっている。新たな視点を加えて追及することで、はたわらワイドらしさが生み出された例と言えるだろう。
一方で、共感性とは「読者に深く刺さるかどうか」ということである。例えば、ニューノーマルにおける新たなお寺の在り方を取材した記事では、これまでにはなかった「オンライン法事」の取り組みを紹介。その上で、インタビュイーの人生に焦点を当て、生き方や信念を深掘っていった。
単に取り組みを紹介するだけだと、読者にとっては「自分とは関係のない話」で終わってしまう可能性もある。しかし、改革の裏にどんな想いがあったのか、そしてそこに携わる「働く人」はどんな人生や体験の積み重ねがあったのかを探っていくと、仮に自分とは関係の薄い話でも読者は深く共感してくれるという。なぜなら、働く環境や業界が違っても、そこにいる人々の想いや感情は普遍的なものだからだ。
「ずっとやりたかった企画を先日、スタートしました。『うまくいかなかったあの日のこと』というエッセイシリーズで、いろいろな方に過去の失敗体験を具体的なシーンを中心に書いていただいています。その時々の心情を率直に描いてもらうことで、”意見の押しつけ”ではなく読者に寄り添える、共感性の高い記事になると考えています」(石山氏)
開設から半年余りで、しっかりとメディアとしての立ち位置を確立し、存在感を発揮しているはたわらワイド。しかし、石山氏はまだまだ満足していない。
「今後、はたわらワイドのコアなファンをさらに増やしていきたいと思っています。そして、『はたらいて、笑おう。』という世界観っていいな、と思ってもらえたらいいですね」(石山氏)
働くことの意義が問い直されている昨今、「自分はどのように生きていくのか」についてモヤモヤした気持ちを抱えている人は少なくないだろう。
はたわらワイドは、そんな人々にとって少しだけ前向きになれる心のサプリメントであり続けるはずだ。