前回は、DXを進める企業/組織が直面する課題について整理しました。本連載では、それらの課題を解決するためのアプローチを紹介していきます。それに先立ち、今回からは数回に渡り、アプローチの主軸となる「SAFe」について説明しておきましょう。

そもそもSAFeとは

SAFeは、Scaled Agile Framework(スケールド・アジャイル・フレームワーク)の略称であり、大規模アジャイルフレームワークの一種です。米Scaled Agile(以下、SAI社)の共同創業者、ディーン・レフィングウェル(Dean Leffingwell)氏が中心となって提唱しているもので、リーンアジャイルやDevOpsを組織全体で実践するための、実証済みかつ統合された原則やプラクティス、コンピテンシーなどで構成されています。

その適用範囲は1チームもしくは複数チームによるアジャイル開発(開発チーム層)に留まらず、製品やサービスを企画/提供する組織のビジネス層、さらには意思決定を行う経営層の活動までを包含しています。

SAFeを活用することで、組織の経営層によるタイムリーな意思決定から、組織内でのゴール/ビジョンの共有、そして開発チーム層での複数チームによる円滑な協働までを実現でき、組織全体のビジネスのアジリティ向上が可能になるとされています。

また、Collabnet Versionが公開している「13th Agile State of Agile Report」によれば、大規模アジャイルフレームワークのなかで一番高いシェアを獲得しています。

SAFeのフレームワーク自体はSAI社の公式サイトで公開されており、誰でも自由に閲覧可能です。また、同サイトではSAFeの全体像を「Big Picture」と呼ばれる一枚絵で示しており、ここから個々の原則やプラクティス、コンピテンシーなどの詳細情報をたどっていくことができます。

SAFe 5.0のBig Picture(Full SAFe Confiugration)/出典:SAI社の公式サイト

SAFeは2012年にバージョン1.0がリリースされて以降、継続的に改善されており、最新版のバージョン5.0は2020年1月にリリースされました。本連載では、SAFeバージョン5.0の内容に基づいて解説していきます。

SAFeは組織のビジネスアジリティのための「2つのOS」

組織のビジネスアジリティを維持/向上させるためには、投資配分や人員配置などの意思決定を迅速に行うことが求められます。組織的にこれを実現するためには、2つの”オペレーティングシステム(OS)”を導入する必要があります。

その1つ目は、多くの組織が既に備えている階層型の組織です。組織/企業に求められる健全性や安定性、スケーラビリティのために、この組織体系が必要となります。

2つ目は、顧客中心のネットワーク型組織です。変化の激しい市場に適応し、顧客に効率的に価値を提供しつつ、組織のプロダクトやポートフォリオの品質を維持するために必要な組織体系だと言えます。

SAFeは、階層型組織を維持しながら、第2のOSであるネットワーク型組織の導入を実現し、両OSのメリットを両立させるフレームワークなのです。

SAFeは2つのOSのメリットを両立させる/出典:「SAFe 5.0の新機能

SAFeの根幹を成す「7つのコアコンピテンシー」

SAFeの根幹を成す重要な考え方が、「7つのコアコンピテンシー」です。SAFeに含まれる原則やプラクティスなどは、この7つのコアコンピテンシーに基づいています。先に示したBig Pictureのなかでは、下側に書かれている「Lean-Agile Leadership」と、左側に並んでいる「Organizational Agility」から「Continues Learning Culture」までの6つがそれにあたります。各コンピテンシーの概要は、以下の通りです。

◆Lean-Agile Leadership:組織のビジネスアジリティを高めるために、組織のエグゼクティブやマネジャーといったリーダー層に必要なコンピテンシーで「『リーンアジャイルのマインドセットと原則』を習得した上で、自らが手本を示しつつ、組織の変革をリードしていく」ことを指します(「リーンアジャイルのマインドセットと原則」については、次回説明します)。

◆Team And Technical Agility:ビジネスアジリティの土台となるのは、パフォーマンスの高いクロスファンクショナル(職能横断的)な「アジャイルチーム」です。そして、SAFeでは複数のアジャイルチームが「アジャイルリリーストレイン(ART)」という組織を構成し、より大規模なソリューションの構築を可能にします。さらに、高品質なソリューションを提供するフローを実現するため、リファクタリングやコードの共同所有などを含む「Built-in Quality」という考え方も含まれています。

◆Agile Product Delivery:顧客やユーザーに対して、価値のある製品やサービスを継続的に提供するためのフローを構築します。「顧客中心(Customer Centricity)とデザインシンキング」や「DevOpsと継続的デリバリーパイプライン」という考え方に加えて、「ART内の複数のアジャイルチームが同期の取れたタイムボックスで開発を行い、タイムボックス内でのARTのインクリメントを予測可能にすること」や、「リリースタイミングを開発完了と切り離し、市場のニーズなどに応じて行うこと」が含まれています。

◆Enterprise Solution Delivery:大規模なITシステム/ソリューションの開発には、数百人から数千人のエンジニアが参画し、運用やサポート、アップデートやセキュリティの強化を継続して行っていく必要もあります。その実現のため、「システムのライフサイクル全般にわたるリーンアジャイルのプラクティスの適用と、ソリューションの現在の姿および将来像の継続的な更新」「複数のARTや外部のサプライヤーの連携」「システムの素早いデプロイ/運用によるフィードバックの早期取得と継続的な価値の向上」が含まれています。

◆Lean Portfolio Management:急速な市場の変化に対応した意思決定を行うため、リーンアジャイルの考え方をポートフォリオ管理に適用します。「戦略と現状把握に基づく適切な優先順位付けと投資判断」、「ポートフォリオと(単一または複数の)ARTの連携」「継続的なコンプライアンスの担保とポートフォリオのパフォーマンスの測定」が含まれています。

◆Organizational Agility:急速に変化する市場に適応できるように、組織には柔軟性と順応性が求められます。これを実現するため、「組織内でのリーンアジャイルの手法の浸透と、リーンアジャイルのマインドセット/価値観などの人事/採用への導入」、「バリューストリームを考慮したビジネスプロセスの改善」「市場変化の継続的な調査と戦略の素早い適応」が含まれています。

◆Continues Learning Culture:市場の変化に適応し続けていくためには、組織および個人の継続的な成長と改善が必要です。これを実現するため、「全員が継続的に学び続ける組織の構築」「イノベーションを起こすための組織文化の醸成」「競争力を維持し続けるための製品やプロセスのたゆまぬ改善」が含まれています。

また、これら7つのコアコンピテンシーに基づいて組織のビジネスアジリティの達成度を測定し、現状と改善点を把握するためのセルフアセスメントとして「Measure & Grow」が提供されています。

SAFe 5.0のOverview/出典:SAI社の公式サイト

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今回は、SAFeの概要をお伝えするとともに、SAFeの基礎となる重要な考え方や原則として、7つのコアコンピテンシーを紹介しました。次回はこのコアコンピテンシーのなかでも特に重要なLean-Agile Leadershipについて解説します。

著者紹介


近藤陽介 (KONDOH Yohsuke) - NTTデータ システム技術本部 デジタル技術部
Agileプロフェッショナルセンタ

総合的な顧客体験・サービスの創出のための「方法論」、それに必要な技術・ツール・環境をすぐに利用できるようにする「クラウド基盤」、そして、それらを十分に活用するための「組織全体にわたる人財育成やプロセス改善のコンサルティング」を提供することでDXを支援するデジタル技術部に所属。

業務では、このうちの「コンサルティング」において、大規模アジャイルフレームワーク「Scaled Agile Framework(SAFe)」などを活用し、DXを実現しようとする企業が抱える課題を解決するためのアプローチを共に考え、お客様の組織/プロセスの変革を支援している。