近年、デジタルトランスフォーメーション(DX)に取り組む企業が増えています。しかし、いざ本格的に実践しようとすると経営層が前例がないことに対して消極的だったり、既存のやり方を変えることに反発する部門が出てきたりといった”壁”が立ちはだかることも少なくありません。

そうした組織の課題を解決するのに大きな力を発揮するのが大規模アジャイル開発フレームワーク「SAFe(Scaled Agile Framework)」です。同フレームワークでは、経営層が意思決定した戦略を複数のアジャイルチームがプロダクトに具現化するまでのシナリオを提供し、DXに取り組む組織をあるべき姿に導きます。

本連載では、SAFeを活用してDXの課題を解決する13のアプローチをお伝えしていきます。

そもそもDXとは

「DX」や「デジタル化」という言葉にどのようなイメージをお持ちでしょうか。すでに組織内で当たり前の概念として定着しており、このDX時代をどう生き抜くかを模索し、答えを導いている組織もあれば、DXの必要性を耳にはするがなぜ必要なのか、何からやったらいいのか実感がわいていない経営者やマネジャーの方もいらっしゃると思います。こうした感覚の違いは、自組織の主力サービス/主力製品の収益力や将来性に対する危機感の違いから来るものでしょう。また、「ITとは、現在の作業の効率化やコスト削減のためのもの」という従来の感覚から抜け出せていないケースもあります。

しかし今、市場ニーズの多様化、規制緩和による新たな競合の出現、新技術の登場などにより、ビジネス環境が変化するスピードは刻々と速くなっています。スマホやSNSなどのソーシャルメディアを活用し、新しいマーケットをつくったり、認知度を上げて新たなユーザー獲得したりしている事例は日常生活でも多々目にします。そして、これから実現されていく新しいビジネスは想像すらつきません。今は安泰のビジネスも、1年後には社会における魅力度が下がり、成り立たなくなる可能性もあるのです。

このような状況下において、各企業は単に「データ分析、AI/RPA、CX、IoT、サイバーセキュリティなどに関する先進的な技術や手法を活用した業務のデジタル化」だけではなく、「既存の組織とビジネスプロセスを変革して新たな体験/サービス/ビジネスモデルを創造/創出」し、その結果として「社会と人々の生活を変革」することで、新たな競合と差別化し、市場シェアを獲得できると考えられます。これがすなわち、DXです。

「DXの必要性は感じているものの、いざ実践しようとするとなかなか思うように進まない」――そうしたケースは決して少なくないようです。初回となる今回は、DXを推進する企業が抱える組織/プロセスに関する課題の全体像を見ていきましょう。

DXに取り組む企業が直面する組織/プロセスの課題

DXを進める企業/組織が直面する課題は、DXの進み具合とその企業/組織の特徴によって異なります。ここでは、企業/組織をその特徴に応じて以下の3つに分類した上で、それぞれにおける課題について考えてみます。

A.DX先進企業:ビジネス環境の変化が激しく、意思決定スピードを向上させ、新しいビジネス戦略をいち早く展開することが必須の企業
B.DX慎重企業:既存のビジネスを安定的に継続することを志向しつつ、より良い組織体に改善していきたい企業
C.情報システム子会社/部門:親会社/事業部門のITシステムの開発/保守を担当し、ビジネス戦略の実行をIT面で支える企業(ビジネス戦略は親会社の方針に影響を受ける)

それぞれの企業分類をイノベーター理論に当てはめると、以下の図のようなイメージとなります。

DXに取り組む企業の分類

「DX先進企業」がアーリーアダプターからアーリーマジョリティ、「DX慎重企業」がレイトマジョリティからラガートに位置し、「情報システム子会社/部門」はポジションによらず親会社や事業部門を支援します。

各分類におけるビジネス環境と、それに伴う課題を抽出/整理したものが以下の表です。

A.DX先進企業

立場 ビジネス環境 課題
顧客 これまでの知名度、ブランドだけでは商品/サービスを選ばれなくなっている A-1:優先度の高いビジネスアイデアがあっても、開発の着手までに時間がかかる
市場のニーズが短期間で大きく変わり、市場の今後の維持/拡大が不透明
競合 技術開発とシェアの競争が激化している A-2:新技術が登場しても、それを活用したサービスを他社に先駆けて生み出せていない
自社 顧客/競合/市場の変化を受けて、さらなる次の手を検討し、早期に展開する必要に迫られている A-3:経営層/ビジネス層が戦略を変更しても、現場まですぐに浸透させられず、組織内に混乱が生じる
A-4:開発規模の小さなITシステムの開発方針を柔軟に変更できていたが、システムの規模が大きくなると、アジリティが低下してしまう

B.DX慎重企業

立場 ビジネス環境 課題
顧客 これまで扱っている商品/サービスであっても、顧客の求める水準とスピード感が上がっている B-1:危機感を抱き始めてはいるが、DXをどのように始めればよいかがわからない
B-2:既存の会議体やリスク審査(法務、財務など)が足かせとなり、システム開発の着手に時間がかかる
競合 従来は優勢を誇っていたが、新技術の登場や規制緩和により、他業種の競合が市場参入してきている B-3:先行する競合他社の成功事例に、すぐに追随できていない
自社 従来ビジネスの安定性が失われ、徐々に収益が悪化している B-4:DXを推進すべき経営層/管理職層がレガシーなマインドを抱えたままで、適任なリーダーが育てられていない

C.情報システム子会社/部門

ビジネス環境 課題
顧客/親会社が内製化や新技術導入を進め、スピード感を高めている C-1:従来のシステム開発の進め方では、顧客/親会社の期待するスピード感についていけていない
C-2:顧客・親会社がデジタルに関心を示しても、そのケイパビリティを確保できていない
顧客/親会社の経営層はDXを推進しているが、現場関係者のIT開発に対する協力意識が低く、スピード感を出しにくい C-3:顧客/親会社の関係者とIT/開発のメンバーがフラットな立場で開発を進められていない
親会社とIT子会社とで達成目標/KPIが異なるため、企業グループとして足並みがそろっていない C-4:親会社の方針変更に追随して、自社の組織方針を軌道修正することができていない
C-5:親会社を含めた企業グループ全体として戦略/ビジョンに基づいたビジネスが行えていない

また、全ての企業分類に共通する課題は以下の通りです。

  • D-1:DXに適した人材が不足している
  • D-2:優秀なエンジニアが確保できない、確保できてもすぐ離職してしまう
  • D-3:ITシステムの開発のアジリティを高めようとすると、セキュリティ/性能などの非機能要件の対応が後回しにされる
  • D-4:利用者の視点に立った商品、サービスの開発ができていない
  • D-5:レガシーシステムの維持/メンテナンスのコストが高く、DXに予算を確保できていない

いかがでしょうか。どれか1つでも身近に感じるものがありましたか?

次回からは、これらの課題をSAFeを使うことでどのように解決していくのか、もう少し掘り下げてお伝えしていきます。

著者紹介


近藤陽介 (KONDOH Yohsuke) - NTTデータ システム技術本部 デジタル技術部
Agileプロフェッショナルセンタ

総合的な顧客体験・サービスの創出のための「方法論」、それに必要な技術・ツール・環境をすぐに利用できるようにする「クラウド基盤」、そして、それらを十分に活用するための「組織全体にわたる人財育成やプロセス改善のコンサルティング」を提供することでDXを支援するデジタル技術部に所属。

業務では、このうちの「コンサルティング」において、大規模アジャイルフレームワーク「Scaled Agile Framework(SAFe)」などを活用し、DXを実現しようとする企業が抱える課題を解決するためのアプローチを共に考え、お客様の組織/プロセスの変革を支援している。