ウチの家族はワクチンエンジェル(Vaccine Angels)をやっている知り合いに、COVID-19ワクチン接種の予約を取ってもらった。
ワクチンエンジェルは、ワクチンの予約に手こずっている人達に代わって予約してあげるボランティアである。ウチは予約の年齢制限がなくなってから希望し始めたが、それでもまだ予約枠が公開されるとすぐに埋まってしまうような状態だった。予約枠は深夜〜早朝にアップデートされることが多く、普段通りに朝起きてからだともう空きがなくなっている。早起きすればいいが、そんな話しをしていたら、西海岸より3時間早い時差の東海岸に住むワクチンエンジェルがサクッと取ってくれたのだ。
もちろん、ワクチンエンジェルの本来の活動はウチみたいなぐうたら家族を助けるものではない。予約したくてもどうやったら良いのか分からない高齢者や、忙しくて予約する時間を取れないファーストラインワーカーを助けるための活動から始まった。
まだ高齢者(とコロナ禍におけるファーストラインワーカー、学校関係者)だけが対象だった頃、今とは比べものにならないぐらい予約のプロセスが煩雑だった。専用の予約方法で、ホームドクターに連絡しても対応してくれない。ワクチンには複数の種類があり、接種場所によって予約のプロセスも異なる。なにが最善の方法か分からないまま、Webサイトをうろうろと巡り、中々つながらない電話をかけ続けることになる。
そこでニューオーリンズのNOLA Vaccine Huntersなど、予約するためのTipsやワクチン接種関連の情報を共有するFacebookグループが立ち上げられ、それらを全米規模でまとめたVaccineHunter.orgというWebサイトが登場した。
ワクチンハンター(vaccine hunters)が現れたことで、例えば、ミシシッピ州まで行けばModernaのワクチンを打てるというような情報が共有され、ジョージア州からミシシッピ州までワクチン旅行する人が現れた。そうした行動を問題視する人もいたが(ミシシッピ州はワクチン旅行を控えるように要請)、それ以上に支持する声が大きかった。それぐらい当時のワクチン予約は不便だったのだ。
例えば、ニューヨーク出身の31歳のソフトウェアエンジニアが、botを使って同州の53の異なるサイトから情報を収集してTwitterに自動投稿する「TurboVax」という仕組みを作った。100万ビューを超える利用者を集めたものの、その影響を懸念したニューヨーク市がTurboVaxを一時ブロックした。あちこちに散らばっていたワクチン予約の情報を1カ所でシンプルにゲットできる方法を失った市民は猛反発。交渉の末、市とTurboVax開発者とのパートナーシップが実現した。ちなみにTurboVaxは50ドル(約5500円)の費用で立ち上げられたというから、すさまじい費用対効果だ。
ワシントン州でも予約サイトが開設された時、無数のリンクをクリックしなければならない複雑な仕組みに多くの市民が戸惑った。それを、AmazonやMicrosoftが拠点を置くシアトル地域のエンジニア達が解決した。CovidWA.com(WA COVID Vaccine Finder)というワクチンの予約状況の情報を1つのハブにリダイレクトするシステムを構築。グループの発足からわずか4日でシアトルのあるキング郡で稼働し始め、1週間でワシントン州全域をカバーするまでに拡大した。プロジェクトには100人以上のボランティアが参加し、今はワシントン州保健局と協力して、その取り組みをサポートしながら活動を縮小させている。
そして、米国のさまざまな場所に現れたFacebookグループが結びつき、経験や知り得た情報を共有する過程で、そのノウハウを使って実際に予約を取る手助けをするボランティア活動が生まれた。ワクチンエンジェルである。参加しているのは普通の人達で、昼に働いている人は夜に、夜に働いている人は昼に、自分の空いている時間を使ってパソコンの前に座り、または電話をかける。
空いているスポットをすぐに見つけてワクチンエンジェルが予約を入れてしまうから、ただでさえ難しいワクチンの予約がより困難になってしまう問題も指摘された。しかし、何の知識もない状態で一から情報を集め、初めての予約プロセスに戸惑いながら申し込むのは時間がかかる。予約のプロセスを知り尽くしたワクチンエンジェルが行うことで、結果的に限られた時間でより多くの人が接種にたどり着ける。市民ボランティアの活躍によって、2月末時点で約15%だった米国のワクチン接種率(1回以上)は5月末に50%を超えた。
日本でも集団接種が始まって戸惑うことも多いと思う。だから「日本でもワクチンエンジェルを」と言いたいのではない。どういう方法が効果を発揮するかは国やケースによってさまざまだ。ただ、「希望者のワクチン接種をより早く完了させる」という目的をシンプルに共有し、そのための行動したことが成功に結びついたのは参考になる。
米国でワクチン接種が拡大し始めた頃、ワクチンの移送や解凍を失敗したり、予約取り消しが伝わっていなかったりというようなことが毎日のように報告された。ワクチンが余ると「無駄にした」と言われ、無駄を避けるために特別にすぐに接種できる人に打つとルール破りのように言われた。当時は新規感染者数が高止まりしたままという不安もあって、スムースに進まないことに批判的な空気が強まり、混乱して状況が悪化するばかりだった。
そうした中、ワクチンハンターやワクチンエンジェルは、自分達の活動をシンプルに「ワクチンを無駄にしないため」と説明してきた。限られた準備期間で国民の大多数にワクチンを接種する大きなプロジェクトを動かすのだから計画通りにいかないこともある。それをただ批判したり嘆いていても前には進まない。余ったワクチンを無駄にすることなく希望する人に届ける方法をみんなが考えて行動してこそ、「ワクチン接種をより早く完了させる」という目標の達成につながる。それをシンプルに実践して示したから、草の根の活動が否定されることなく、多くの人に受け入れられ、地方政府も巻き込むようなムーブメントになった。