会場が8割弱しか埋まらなかったことにショックを受けたアーティストによるコンサートのドタキャンが話題になったが、チケット完売だけがアーティストのプライドを満たすわけではない。というのも、米国でも今、完売にならないコンサートが話題になっている。テイラー・スイフトのReputationツアーだ。こちらは正規料金で700ドル (約84000円)の席があるという法外な料金でチケットを販売、「想定内の空席」であり、(ビジネス的に) ツアーは大成功、アーティスト本人は成果に満足している。

テイラー・スイフトのチケットはアリーナツアーでも、すぐに完売するほどの人気だ。そのためダフ屋行為のターゲットになっていた。ひどい場合は、チケットの正規料金の3~4倍の価格で転売され、アーティストより転売屋の方が儲かるという困った状況になっている。転売屋はボットを使って発売と同時に大量購入するため、スイフトのツアーのような人気チケットは瞬く間に完売になる。そうした行為によってファンが不快な思いをするのを何とかしたい。そこでスイフトはチケット販売大手Ticketmasterの「Verified Fan」プログラムを採用した。

Verified Fanを、Ticketmasterは「ファン優先テクノロジー」と呼んでいる。アーティストのファンが正規の販売チャンネルからチケットを購入できるように用意したプログラムだ。チケットを購入したい人は、メールアドレスを使ってVerified Fanに登録してアクセスコードを入手し、それを使ってVerified Fanの先行販売でチケットを購入する。しかし、登録するだけなら転売屋も容易に紛れ込める。Verified Fanの特徴は、アーティスト側と連携した取り組みが行えるようになっている点だ。テイラー・スイフトの場合、Verified Fanに登録したファンが、ミュージックビデオを観たり、音楽を聴く、またはグッズを購入することで、優先度が"ブースト"されるようにしている。

  • 音楽アルバムや公式グッズの購入で地位を上げられるシステムをファンは歓迎、しかし食い物にしているという批判も

Verified Fanプログラムは熱心なファンがチケットを入手できる有効な方法である。でも、必ず購入できるわけではないから、熱心なファンはアルバムを何枚も買い、グッズを購入して自分のステータスを上げる。あるファンは、先行販売前に同じアルバムを13枚、そして5つのグッズを買って上限の「Priority」にブーストさせた。使った金額は400ドル。チケットの正規料金を合わせたら転売屋から購入するのと変わらない。もちろんファンのお金が転売屋の利益になるのと、テイラー・スイフトに届くのでは大きな違いである。熱心なファンの間では、スイフトのVerified Fan導入は歓迎されている。とはいえ、コンサートを本当に観たいファンの負担が大きいという問題が解決してるとは言い難く、スイフトのVerified Fanのブーストは論争を巻き起こした。

それでもVerified Fanのチケット価格は、従来と同じ価格帯だ。では、冒頭の「正規料金で700ドル」は何なのかというと、Verified Fan以外の通常販売である。そのまま販売したら以前と同様に転売屋の餌食になってしまうため、スイフトは転売屋が儲からないぐらいチケットの価格を上げるという大胆な対策に打って出た。その結果が最高で700ドルの席だ。Verified Fanに登録せずに購入する人たちは、熱心ではないけど、近くでコンサートがあるなら行ってみようと思うぐらういのカジュアルなファンである。そうした人たちに、熱心なファンが転売屋から購入するような価格は高い。Quartzの「Taylor Swift is smart enough to not let her shows not sell out」によると、Reputationツアーは1公演あたり平均600席が余ることになった。

  • U2など他のアーティストもVerified Fanを採用しているが、仕組みが分からずに戸惑うファンも多い。また既存のファンクラブを優先する仕組みで十分という声もある

満席にならないツアーを「大失敗」と見る向きは多い。しかしながら、Financial Timesによると、Reputationツアーの売り上げは1公演あたり2015年のツアーより140万ドルも多く、ツアー全体の売り上げの増加分は5000万ドルになると推測している。完売ではない。「正規料金で700ドル」と聞いてほとんどの人は驚く。だが、アリーナツアーで600席を余すぐらいにとどめ、自身の売り上げを大幅に増加させているのだ。近年、人気のあるミュージシャンにとってコンサートツアーは音楽販売よりも大きなビジネスになっている。だからこそ、スイフトの大胆かつ見事な需給バランスの見極めを高く評価する声も多い。

テイラー・スイフトは2014年に、「壮大な実験にアーティストを巻き込んでいる」としてSpotifyから作品を引き上げて話題になった (2017年に復帰)。その時も、人々の新しい音楽の楽しみ方になろうしてるSpotifyからの撤退がビジネス的に不明な判断と言われた。だが、Spotifyを外すことで、YouTubeなど他の方法からの売り上げを伸ばし、結果的に新作発売をより大きなビジネスにした。私個人はテイラー・スイフトのアルバムを聴くことはないが、普通に活動しても十分に儲かる人気アーティストなのに、リスクを恐れずに700ドルのチケットを実行して成果を出す。そのビジネスセンスには感服する。