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先週見つけたMediumで公開された記事なのだが、これはクリックせずにいられなかった。そして読んでみて、とても切ない気分になった。タイトル通り、個人経営書店のオーナーや働く人達に聞いた店で最も万引きされる書籍をリストしている。
大手書店チェーンと違って、書棚のスペースが限られる個人経営の書店の商品は厳選された書籍が並ぶ。そんな書店から盗むのだから、盗む人の動機や趣味が色濃く現れる。だから著者は個人書店に限って調査を行った。
書籍を盗む動機というと、まず思いつくのが「買うお金がない」。記事の中で、ブルックリンの書店オーナーが今年の夏にセキュリティカメラで万引き犯に気づき、通りを追っかけて捕まえた時のことを紹介している。万引き犯が盗んだ6冊の本は、村上春樹作品を含む全て男性作家のもの。動機は「買うお金が無いけど、どうしても読んでみたかった」。書店オーナーはすでに警察に連絡していたものの、図書館に行くことを勧めて万引き犯を解放した。
でも、どうしても読んでみたい本を買えなくて盗んだというのは、この1件だけなのだ。
次に思いつくのが、レジを通して購入するのが恥ずかしい本。たとえば、「Computer for Dummies」のような初心者向けハウツー本がよく盗まれているそうだ。でも、今はAmazonなどオンライン書店があるから、レジで書店の人に向かわなくても気軽に購入できる。見つかって、人に知られたくない本を盗もうとしていることがばれる可能性を考えると、買えるならそんなリスクを負ってまで盗む必要はない。
では、一体どのような本が万引きされているのか。
最も挙げられたのが、ジョーン・ディディオンの「ベツレヘムに向け、身を屈めて」。1960年代のカウンターカルチャーを描いた彼女の作品は、他のものもよく書棚から消えていくそうだ。そしてディディオンと同じぐらい狙われているのが、酒と女性、競馬や放浪を愛した無頼作家チャールズ・ブコウスキーの作品。他にも、人権問題のオピニオンリーダーとして注目されたリベラル派の作家スーザン・ソンタグの「写真論」、公民権運動家であるジェイムズ・ボールドウィン、人類への絶望と愛をユーモラスに描いたカート・ヴォネガットの作品などが挙げられている。つまり、 反体制、モラルやシステムに疑問を投げかけるような作品が盗まれている。そうした反体制作家の作品で出版ビジネスを潤させるのではなく、盗むことで反体制作家の作品を解放しているというのだ。
本当にそれが理由なら、それを個人書店から盗むのは短絡的な行動だ。というのも、今日、反体制作家の作品にスポットライトをあてて議論を促しているのが個人書店だからだ。
近年、個人経営の書店に活気が戻ってきている。Amazonとの競争で大手書店チェーンがどんどん縮小し、かつて大手書店チェーンに苦しめられた個人書店が地域の書店として残っているのが理由の1つ。そして地元のビジネスをサポートしようという気運の高まりも追い風になっている。規模の小さい個人経営の書店は、地域コミュニティやその時のトレンドに敏感に対応できる。トランプ政権が誕生してからは、ニューヨークやカリフォルニアなどではリベラル勢力の拠点となっている書店が増え、関連するテーマの読書会を開いたり、フェミニズムを掲げた編み物イベントが開催されることもある。反体制作家のコーナーを設け、大衆の怒りを解説した書籍を紹介し、政治について考え、行動を促すきっかけを作る役割を個人書店が担っているのだ。おそらく盗んでいる人達も、できることなら反体制作家の作品をAmazonから解放したいのだろうが、オンライン上の巨大書店からは解放できないから個人書店から解放する。残念な行動というか、個人書店のことを思うと切なくなる。
読むつもりのない本もターゲットになっている。万引き犯の平均年齢は若く、中にはインスタグラムやブログに「ベツレヘムに向け、身を屈めて」が自分の傍らにある写真を載せたい (だけど、読むつもりはない)から盗んでいるというケースも……これまた切ない気分にさせられる。
ある書店オーナーが切なくなった話として、自分のお気に入りの書棚を熱心に見ていた若い女性2人に、自分が大好きなその年のベストに挙げられる詩集を勧めた時のことを紹介している。レジで接客している間に、女性2人は何も言わずに店を出ていった。後で棚を確認すると、勧めた詩集のうちの3冊がなくなっていた。盗まれるからNYタイムズ・レビューの書籍は置かないという書店もある。勧められて興味を持ったけど、本当に買うだけの価値があるか不確かだから盗む。個人書店の人達が勧める本は、アフィリエイトでもなんでもない、本当のオススメである。ソーシャル世代こそ、その価値がよく分かっているはずだが、良い作品を広めるオススメが悪い方向に機能してしまっている。"読むつもりはない"よりはまだ本が救われるけど、切ない気分にさせられることに変わりはない。