米ラスベガスで始まったCES 2017(1月5日~8日)で、GoogleのモバイルVRプラットフォーム「Daydream」が話題の1つになっている。たとえば、Qualcommが発表したモバイルSoCの新フラッグシップ「Snapdragon 835」だ。10nmのFinFET技術で製造されており、製造プロセスの微細化によるSoCの向上によって、スマートフォンの限られた消費電力枠からでも今日のモバイルノートPCに匹敵するようなパフォーマンスが引き出されるようになると期待されている。そうしたスマートフォンの新たな可能性の1つとして、QualcommがアピールしたのがVR(仮想現実)である。その例として、同社は発表の中でDaydream対応を挙げていた。
Daydreamは、昨年春にGoogleが開発者カンファレンスGoogle I/Oで発表した。ヘッドセットにスマートフォンを装着するだけという手軽な方法で、本格的にVRコンテンツを楽しめるようにデザインした。使用するには、対応するスマートフォンとOS(Android 7.0以上)、対応ヘッドセットが必要。それらの組み合わせによって低レイテンシで精度の高いヘッドトラッキング、快適なVR体験を実現する。
今のところ対応ヘッドセットはGoogleの「Daydream View」のみ。それが米国で発売されたのが昨年末で、日本ではまだ販売されていない。新年早々「 販売が芳しくないDaydream VRソフトウエア 」という記事が話題になり、早くも先行きを不安視する声も出ている。しかし、まだDaydreamは立ち上げ期間であり、Googleが正しく導ければ、大きく成長する可能性は十分にある。
その根拠だが、DaydreamはVRシステムの大きな課題を乗り越えている。本当に、すぐに始められるのだ。ハイエンドのVRシステムは、それにふさわしいVR体験をもたらすものの、PCを起動して決まった場所でヘッドセットを装着して……と準備に時間がかかる。最初はそれが苦にならなくても、やがて使うのが面倒になってしまう。アクセスに手間や時間がかかるものでは日常的な道具にはなりにくい。
Daydreamは、スマートフォンをヘッドセットに乗せるだけ。NFCで自動的にペアリングされ、すぐにVRコンテンツやアプリを楽しめる。加えてケーブルフリーなので、どこでも利用できる。試したい人がいたら、その場でヘッドセットとリモコンを渡すだけである。1人でも多くに体験してもらう時期に、このアクセスのしやすさは大きな価値がある。
Daydream Viewに限って言えば、コンパクトで、布や柔らかい素材が用いられていて通気性も高く、長時間でも装着していられる。プラスチック製のVRゴーグルと違って、女性にも受け入れてもらいやすいデザインである。
Daydream Viewに付属する9軸IMUを備えて手の動きや傾きにも反応するコントローラーも、Daydreamの利用体験を優れたものにしている。「モバイルVRのためのマウス」といった感じで、ヘッドセットで覆われて手元が見えない状態でも、正確にDaydreamのインターフェイスを操作できる。CardboardやGear VRのようにヘッドセットのボタンやタッチパッドに触れる方法に比べて格段に使い勝手が良い。
ただし、インタラクションは限られる。矛盾しているように聞こえるかもしれないが、Daydreamは成熟して完成度が高いが、先端的なVRシステムではない。VRは日進月歩であり、仮想世界を目だけではなく、耳でも実感し、現実の世界の動きで仮想世界でも動けるというように様々な感覚を通じた体験に進み始めている。それに比べると今日のDaydreamは360度の世界を眺めるだけのVRである。VRの最初のステージのシステムであり、そのステージでは成熟して完成度が高いが、OculusやViveとはカテゴリーが異なる。画質もCardboardに比べたら良いものの、スマートフォンがベースであることに変わりはなく、それなりだ。楽しめるゲームはカジュアルなゲームになり、YouTubeでVR動画を鑑賞したり、Google Earthで知らない街を散策するといった使い方に適している。それでもVRが初めてという人なら驚きの体験になるし、コンテンツ作成者やアプリ開発者が新たにできることはたくさんある。カジュアルVRと割り切って、とことん手軽さを追求しているのがDaydreamの良さである。
気になった点を挙げると、まず利用できるデバイスが少ないこと。現時点で対応スマートフォンはPixelシリーズとMoto Zシリーズ、対応ヘッドセットはDaydream Viewしかない。手軽にいつでもすぐに使えるのがDaydreamの長所であり、たくさんの人に使ってもらうことで、その長所が生きるのに、対応デバイスが少なかったら台無しだ。ただ、Daydreamに関心を示すメーカーは多く、実際CESでもDaydream対応の発表がいくつかあった。今後Android 7.x世代のスマートフォンの増加と共に対応デバイスの問題が解消されると期待したい。
もう1つはアプリとコンテンツだ。Daydreamは良くも悪くもGoogle PlayのVRシステムである。Daydream向けアプリは、Daydreamを通じてDaydream版のGoogle Playから入手する。現時点ではGoogleによってキュレーションされたアプリのみが配信されており、よく言えば良質で安心できるアプリを入手できるが、悪く言うとアプリが少ない。
厳選されているだけに、今Google Playに並ぶDaydream向けアプリはいずれも楽しめる。だが、楽しめるだけではDaydreamにユーザーは定着しない。冒頭で紹介した有料アプリの販売が芳しくないという問題も、そこに起因するのではないだろうか。GoogleマップやGmailがWebアプリの価値を変えたように、本当に役立つアプリがキラーアプリになる。そうしたアプリが出てくることで、手軽に使えるDaydreamの価値が引き出される。「Only Select Developers Can Publish Google Daydream Apps Until 2017」によると、昨年までGoogleはDaydreamの面白さを知ってもらうことに専念してアプリを厳選しており、2017年からはより自由にアプリ開発者がDaydreamに参入できるようにする。
現時点でDaydreamが成功できるか予測するのは難しい。Googleのプラットフォームへの囲い込みによってユーザーが増えず、Daydreamの良さを伸ばせずに終わってしまう可能性もある。しかし、Daydreamは可能性を秘めたプラットフォームであり、Daydreamを体験した開発者たちによって、VRでしか実現できないコンテンツ、VRを欠かせない存在にするような役立つソリューションが生み出されれば、VRユーザーの拡大をけん引する存在になり得る。