iPhone 7シリーズを発売する週末の販売台数をAppleが公表しないというBloombergの報道が議論を呼んでいる。これまで最初の3日間の販売台数の伸びがiPhone需要の高まりを示していた。だが、昨年は1,300万台であり、その規模でも予約段階で売り切れてしまう。数字は供給次第になっており、需要の勢いを示すデータとして適切ではないと判断したという。ただ、今回はAppleも慎重にならざるを得ないという声も少なくない。今年に入ってiPhoneが減速しており、加えて今回は「7」にナンバーが上がる年でありながら、デザイン刷新が見送られた。買い換え需要がどの程度になるのか、昨年並みの出足を維持できるのか、様子を見ながら製造を進めていこうとしているのではないか、と見ている。

ワイヤレスヘッドセット「AirPods」、「iPhone 7 Plus」、「iPhone 7」

そうした中、早くも発表前の段階でAppleがiPhone 7シリーズ向けの部品の発注を10%増やしたとDigiTimesが報じた。真偽は分からないが、iPhone 7シリーズを発表する直前に報じられた2つのニュースによって、米国においてiPhone 7シリーズの需要が高まっているのは事実である。1つはSamsungのGalaxy Note7の過熱・発火問題、もう1つはGoogleのATAP(Advanced Technology and Projects)グループが手がけている組み立てスマートフォン・プロジェクト「Project ARA」の終了だ。

9月2日にSamsungはバッテリーの問題でGalaxy Note7の回収・交換プログラムを発表

Galaxy Note7のバッテリーが過熱する問題は事故の危険が伴うため、Samsungが速やかに回収・交換に乗り出したのは評価したい。だが、同社はふた月ほど前にGalaxy S7 Activeの防塵防滴論争に巻き込まれたばかりだった。Consumer ReportsがGalaxy S7 Activeをテストしたところ、SamsungがアピールするIP68の環境に耐えられなかった。同社はライバルよりも先ゆく機能として急速充電や防塵防滴をアピールしているだけに、防塵防滴論争に続いてバッテリーの発火問題が起こったのは信用を損なう痛手になっている。

モジュールを組み合わせて機能を自由にカスタマイズできるARA端末

Project ARAの打ち切りには驚かされた。3カ月前にProject ARAは、年内の開発キットリリースと来年の一般販売開始というスケジュールを打ち出しており、それをTIMEは「スマートフォンの未来を変える可能性を秘めたプロジェクト」、WIREDは「準備が整ったGoogleのモジュラー携帯」と紹介、順調ぶりが伝えられていたからだ。

ただ、Googleのカルチャーを考えるとProject ARAの打ち切りは異例のことではない。次世代技術の開発を担うX(旧Google X)を率いるAstro Teller氏のTEDでの講演などによると、Googleの先端的なプロジェクトは「失敗を成功させる」ことを重んじている。

Xは、私たちが直面する大きな問題を解決するアイディア(ソリューション)と、それを実現する技術の開発に幅広く予算を提供する。スタートは成果を求めないラボ・プロジェクトである。だが、ゴールはプロジェクトの事業化だ。普及が見込めるだけのコストダウン、マーケティングなど、ビジネス面の課題にも挑まなければならない。そして、それらが達成できる見込みがなければ撤退になる。

シリコンバレーには失敗を糧とするカルチャーがあると言われる。上手くいかなくても、失敗から学べることは多い。ところが、実際には失敗したらキャリアにキズがつくとか、解雇されるかもしれないというような恐れから撤退に踏み出せない。失敗に踏み出す勇気を持たずに、逆にプロジェクト存続のために人員を増やし、損失を膨らませて大きく倒れることになるケースが多いそうだ。だから、Xではプロジェクトの撤退にボーナスを提供する。「安全に失敗」する仕組みを用意しておくことで、リスクの大きなプロジェクトに挑むという気概が組織に育まれ、やがていくつもの失敗の中から本当に社会を変えるような偉業が生まれる。

ARAから撤退する理由は分からないが、多くの開発者を巻き込んだプロジェクトにする前に”安全な失敗”を選択したのだろう。

ただ、正直なところスマートフォンに関心のある一般人の立場では、あれだけスマートフォンの未来の可能性として話題になっていたものが突然消えてしまうと戸惑ってしまう。華々しいプロジェクト紹介ビデオで話題になったものの、そこから進まずに倒れてしまうKickstarterプロジェクトを支援してしまったような気分である。

持続的イノベーションと破壊的イノベーション

Appleはここ数年、iPhoneの新製品を送り出す度に「驚きに欠ける」と言われ続けてきた。スペック競争に踊らされず、ユーザーを満足させられる機能やサービスを着実に組み合わせているのだが、そうした体験の向上に派手さはない。それが成熟期を迎え、高機能な低価格機が充実し始めたスマートフォン市場で、iPhoneが苦戦し始めた理由の1つではないだろうか。

SamsungのトラブルとProject ARAの終了は、ユーザーに届ける製品にこだわるAppleの価値が見直されるきっかけになった。そんな追い風を受けて登場するiPhone 7シリーズの販売台数は注目に値する。

成熟した市場において、その市場をけん引する企業が持続的イノベーションを進め、ローエンドの価格破壊的イノべーションが起こり、やがて破壊的イノベーションが成熟した市場を破壊する。Appleは今日のスマートフォン市場において持続的イノベーションをけん引している。中国などにおいてローエンド型の破壊に直面しているものの、まだまだ改善でユーザーのニーズに応えられる余地が残されている。しかし、もし今年後半のiPhoneの販売台数が一部のアナリストが指摘するような昨年の6~7割程度にとどまるようなことになったら、逆に持続的イノベーションへの期待が薄れ、破壊的イノベーションを受け入れる気運が高まるかもしれない。iPhone10周年にあたる来年にスマートフォン市場が新たなフェーズに突入する可能性もある。