カリフォルニア州では今年の秋学期から公立高校が、数学と理科でボランティアの手による無料のデジタル版の教材を採用できるようになる。5月6日(米国時間)にアーノルド・シュワルツェネッガー知事が無料のオープンソース・デジタル・テキストブックを実現するためのイニシアチブ「Free Digital Textbook Initiative」発足を発表した。
これは公立学校の経費節減策の一環で、シュワルツェネッガー知事によるとオープンソース・テキストブックの利用が軌道に乗れば、10,000人以上の高校生を抱える学校区では年間200万ドル規模のコスト削減になる。
もう1つのメリットはスピードだ。公立学校で採用されるテキストブックは州の基準を満たす必要があり、カリフォルニア州は米国の中でも要求レベルが高い。内容は安心できるものの、一方で印刷版のテキストブックの作成から承認までのサイクルが6年と長く、その間の変化にテキストブックの中身が対応しきれていないという指摘がある。特に理科のような変化の早い分野は、最新の動向が反映されるべきだ。ボランティアの手によるオープンソース・プロジェクトでは、最新の情報へのアップデートに対応しやすい。
このオープンソースは例えばボランティアによって執筆・編集・監視が行われているWikipediaが"オープンソース"プロジェクトと呼ばれるのに近い。オープンソースという言葉を使うと誤解を招くように思うが、カリフォルニア州がオープンソース・テキストブックという言葉を使っているので今回は使用している。
コストとスピードのメリットに対して、オープンソース・プロジェクトの問題はコントロールしにくい点だ。オープンソース・テキストブックというアイディアは新しいものではない。これまでいくつかの団体によって試みられている。例えばカリフォルニア州ではCalifornia Open Source Textbook Project (COSTP) というプロジェクトが2002年に始まった。小中高校向けの世界史教科書を共同作成するWikibookプロジェクトとして進められていたが、まだテキストブックとして形になっていない。シュワルツェネッガー州知事の後押しでオープンソース・テキストブック・プロジェクトは進んでいるが、公立学校のテキストブックに見合う内容や信頼性への不安で同プロジェクトを批判する人も多い。そのため、内容についての議論を比較的避けられる数学と理科に限定したスタートとなった。
どちらかと言えば期待よりも、不安の方が大きいのが現状だ。ただカリフォルニア州のテキストブック評価を請け負っているCalifornia Learning Resource Networkの最新レポートで状況が変わりつつある。これまでに10社を超える出版社がオープンソース・テキストブックとして、以前まで販売していたマテリアルを提出しているそうだ。こうした土台ができつつあるのならば、シュワルツェネッガー・プロジェクトは予想以上にうまく進むかもしれない。
しかし、出版社がなぜ売っていたものを、オープンソース・テキストブックに寄付してしまうのだろうか? オープンソース・テキストブックが軌道に乗って最も困るのは出版社ではないのか。
Simon & SchusterがScribdに参入
テキストブックというと、個人的にも大学時代に大変苦労した。専門的になるほどに高くなり、100ドル超が珍しくなくなる。経済的に州立大しか選択できなかった身には、毎セメスターのテキストブック代が重荷だった。しかも講義によっては数チャプターしか使わなかったりする。
サンフランシスコを本拠とする文書共有サービス「Scribd」が、書籍分野でAmazon.comに対抗するような勢力になろうとしている。同サービスをひと言で説明すれば"文書版のYouTube"だ。メンバーが投稿した文書を、メンバーが評価・共有できる。
文書版のYouTubeと言われるだけに、サービスは便利だが、2007年のサービス開始以来、著作権違反の問題が同サービスについて回っていた。しかも著作権侵害がテキストブックで頻繁に起こっていたのが問題を複雑にした。著作権侵害行為をレポートする団体の上位には、常にハーバード大学やマサチューセッツ工科大の出版部の名前があった。著作権侵害行為は許されない。だが、Scribdにおけるテキストブックの問題は人々の"知"への欲求や、高額な教材の問題を浮かび上がらせるものとも考えられる。そのうちScribdでの公開を見て見ぬふりをする著者、さらには著者自身がScribdで著作を公開するケースも出てきた。
断っておくが、専門的なテキストブックの価格を批判しているのではない。まして高すぎるから公開されても仕方ないと言っているのでもない。知への欲求に応えたくても、小さな需要からどうしても高額になってしまうテキストブックしか方法がなかった人たちが、もっと幅広く効率的に自分の知識を伝える手段ができたということだ。
こうした動きはテキストブックだけではない。12日に米大手出版社のSimon & Schusterが5,000タイトルをScribdストアで販売すると発表した。同ストアはScribdで誰でも文書を簡単に販売できる仕組みで、Scribdが売り上げの20%を徴収し、残りの80%を著作者が受け取る。大手出版社はこれまで海賊行為を懸念し、こうしたコンテンツ提供方法への参加を避けてきた。だが、Scribdで無料タイトルやサンプルの提供をテストしたところ、ブログやマイクロブログを通じて話題になったのが書籍の売上げ増につながった。YouTube同様にScribdはWebページに埋め込めるため、Web媒体を通じてサンプルを広められる効果もある。書店で立ち読みを容認するような効果という感じだろうか……。Webの口こみに着目して、Simon & SchusterはScribdに本格参入し始めた。
Scribdのような新しいコンテンツ配信は、海賊行為の防止、ビジネスモデルの確立、品質の維持、読みやすい環境の確保など、様々な課題を伴う。信頼性という点では大手出版社は慎重にならざるを得ない。ただ文章の価値は読まれてこそだ。そのためには、まず知への欲求がある場所で期待に応えるのが自然だ。それがコンテンツの価値を広める起点になる。だからこそオープンソース・テキストブック・プロジェクトに協力し、そしてScribdを試みる。活字離れに悩む出版業界に、デジタル時代ならではの方法でコンテンツと読者を結ぶ動きが見られ始めたのは歓迎すべきことである。