Appleのスペシャルイベント終了後にiPod touchの新モデルを購入した。サンフランシスコのApple Store店内ではまだ初代モデルが販売されていたのだが、すでに第2世代が入荷済みで、頼めば出してくれる状態だった。日本国内での出荷はもうしばらくかかる模様なので、まずはiPod touchだけを6日間使い続けた印象を紹介しよう。

正面からだとほとんど変わっていないように見えるが、背面の緩やかなカーブと鏡面仕上げで優美さが増している。Wi-Fiアンテナ部分のカバーも細長い丸になって、スリムなデザインを際立たせている。個人的に驚いたのは内蔵スピーカーだ。びっくりするぐらい音がいい……というわけではない。どこにスピーカーがあるのか分からないのだ。どこからともなく、それなりの音が聞こえてくる。iPhoneの場合、Dockコネクタのサイドにスピーカーから音が出る穴がある。薄いiPod touchではDockコネクタを併用しているのかと思ったが、Dockコネクタを手でふさいでも、出力される音がほとんど変わらない。試しにボリュームを最大まで上げると、本体背面の小さな振動が伝わってくる。裏面でも音が大きく聞こえるので、NXTの平面スピーカーのような技術を使って本体全体をスピーカーにしていると考えられる。iPhone 3Gの内蔵スピーカーに比べると出力・音質ともに劣るが、ゲームやYouTubeを気軽に楽しむには十分。見えないスピーカーであることを考えると、むしろ驚かされる。

どこを探しても内蔵スピーカーが見あたらないiPod touch

曲面はスリムで洗練されたデザインと持ちやすさを両立させ、音量ボタンの追加でメディアプレーヤーとしての使い勝手も大幅に向上した。初代モデルはスリムさを除いてiPhoneに及ばないという印象だったが、遊び機能でiPhoneと肩を並べた第2世代はiPhoneに似て非なる魅力を備えている。

共有を意識させない「Genius」

さてスペシャルイベントでは、iPod touchにも搭載されている「Genius」が強くアピールされた。iTunesユーザーのライブラリ情報がクラウドに送られ、その分析を基にGeniusがプレイリストを自動作成してくれる。より多くのユーザーからの情報が集まるほどに賢くなるからジーニアスだ。う~~ん、ずいぶん大胆な名前をつけたものである。それだけ自信があるのか、それとも名前負けの可能性を考えなかったのか……。

スペシャルイベントで前半にGeniusが登場したときは、サブスクリプションサービスを発表するための前ふりだと思った。プレイリストの対象になる曲が多ければ多いほど、リコメンデーションは充実する。ところが音楽販売方法には何も触れることなく、あっさりとイベントは終了してしまった。Appleならではのサブスクリプションサービスを期待していたのに、これではあまりにも中途半端。「自分のライブラリに数十曲しか入っていない人はどうするのだろう……」などと思いながら帰途についた。

それから1週間、今やGeniusに頼り切った音楽生活になっている。プレイリスト作成のジーニアスぶりに感動させられるには至っていないものの、「これはあり得ないだろ」という組み合わせのない賢い機能である。

Last.fmやPandoraと比較する記事をよく見かけるが、実際に使ってみるとソーシャル音楽サービスではなく、シャッフル機能の進化であることが分かる。その時の気分にマッチしている曲を選択してGeniusボタンを押すだけでBGMが完成する。Nike + iPod用ならジョギングに適した曲からGeniusリストを作成すると、それなりのものができる。これまでワークアウト用の曲には、専用のコメントをつけて、それらをスマートプレイリストでランダムに絞り込んでiPod nanoに転送していた。それだと全体的な雰囲気が似かよって、どうしてもマンネリ気味になる。Geniusリストの場合、ジョギング向けではない曲が混じるだけに、逆に新鮮な気分でワークアウトを楽しめる。これもジョブズ氏の言う"音楽の再発見"のひとつか……。

実際に使ってみると、予想外に自分のライブラリを対象にしたリコメンデーションというのが心に響く。数百万曲が対象になるサブスクリプションサービスのおすすめプレイリストの方が、はるかに新しい曲と出会える可能性は高い。だが、自分で色々調べて買ったCDや友達とあーだこーだ批評し合いながら貸し借りした音楽ほどの思い入れはない。自分のライブラリ内の楽曲にはそれぞれにストーリーがあり、思い入れのあるそれらの曲で構成されるプレイリストは格別なのだ。音楽オタクのたわごとかもしれないが、聞いている時だけが音楽ではないと実感させられた。これもまた、ジョブズ氏の言う"音楽の再発見"か……。個人的にAppleの音楽製品で最も評価しているのは、実際に音楽を聞いている人が求めそうな機能、喜びそうな機能が随所に見られる点だ。Geniusも、そのひとつと言える。

Geniusをオンにした後に作成されたGenius用のデータベースファイル。約2,100枚のアルバムで約200MB

GeniusはAppleのクラウドサービスということになるのだろう。一般的にこのようなサービスはユーザー同士のつながりを見せようとするものだが、Geniusは完全に個人向けで閉じている。情報の共有だけど、共有を意識させない。

個人的には音楽を聞く行為を他人に見せるのには抵抗がある。集めることが趣味だったら公開をいとわないのだろうが、聞くのが目的だからCD棚やiTunesのライブラリの中身は趣味の合う友達にしか見せない。iTunesで聞いている曲をSNSで公開したいとも思わない。ソーシャルブックマークも同様で、面白いサイトがあったら広く教えてあげたいとは思うが、それにも限界がある。すると、どうしても格好をつけたリストになってしまう。米国の場合、ネット上のつながりが個人に結びついているからなおさらだ。

しかし勝手な話だが、他人の行動を参考にする時は、どんな曲を心から楽しんで、普段どんなWebサイトを訪れているのかを知りたい。上っ面の情報よりも、そっちの方がずっと役立つように思えるのだから仕方がない。

音楽の趣味やブックマークなどは本当の姿までは共有しにくいから、逆にその部分でユーザ同士を結びつけられたら大きな価値がある。そこのところをGeniusは捉えた仕組みになっているから面白いし、今後の展開が楽しみだ。例えばGeniusがブックマークに発展したらどうだろう。普段どのようなサイトを訪れて、どのようなサイトをブックマークしているかが匿名でクラウドに送られる。ユーザーが気になったWebサイトのURLを選択して、Geniusボタンを押したら、Safariユーザーたちの素のブラウジング動向を収集・分析したジーニアスが、ユーザーが興味を持ちそうなWebサイトリストを作成してくれる。面白そうだ。