米国で今、HDD/DVDレコーダーが販売されていないのをご存じだろうか。

日本でのダビング10運用に絡んで「米国はどうなってるの?」とよく聞かれる。コピーワンスの見直しが検討され始めた頃によく紹介されていた通り、米国ではEPNが採用されている。暗号化を用いたEPNでは、比較的アナログ時代に近いコンテンツ利用が可能だ。ただ複製制限の議論で、米国のケースはあまり参考にならないと思う。その理由はBEST BUYのような米家電量販店のオンラインショップをのぞいてみると分かる。Blu-ray/DVDプレーヤーのセクションに、再生専門のDVDプレーヤーやDVD/VCRコンボ、DVDレコーダー(HDDなし)はあるものの、HDD/DVDレコーダーの姿が見あたらない。複製制限で最も注目されている製品が存在しないのだ。

HDD/DVDレコーダーが売っていないと言うと、「それはハリウッドの陰謀ですか」と聞かれる。たしかに、ここに至るまでにハリウッドの思惑も反映されてはいるが、HDD/DVDレコーダーが消えたのはコンシューマの意思と言える。

米国でもデジタル放送への移行準備が始まる前までは、SonyやPanasonicなど主要家電メーカーが競ってHDD/DVDレコーダーを投入していた。専門サイトのレビュワーそしてユーザーからも、DVR(HDDレコーダー)よりも機能的であると評価されていた。ところが、売上げには結びつかなかった。そしてDVDプレーヤー/レコーダーにコストのかかるATSCデジタルチューナーの搭載が課されると、ほとんどのメーカーがHDD付きの新モデルを用意せず、ラインナップからHDD/DVDレコーダーが消えてしまった。今でも、ネットでよく探すとPhilipsとPolaroidのATSCチューナー搭載HDD/DVDレコーダーが見つかるが、どちらも電子番組表をサポートしていない。時間とチャンネルを指定して録画予約する古いスタイルで使いづらい。これらのモデルがなくなるのも時間の問題という様相だ。

HDD/DVDレコーダーが苦戦した理由としてまず、DVRの開拓者であるTiVoがHDDレコーダー市場を席巻していたことが挙げられる。TiVoの番組予約の手軽さ、番組探しを容易にする機能はすばらしい。ただ、そのTiVoもDVDレコーダー付きのモデルはふるわなかった。となると理由は価格だ。TiVoには月々10数ドルのサービス料金が必要だが、セールスシーズンにはDVR本体を100ドル以下で入手できる。値札だけを比べれば、400~700ドルのHDD/DVDレコーダーとの差は大きい。機能やサービスコストを含めて長い目で比べると、HDD/DVDレコーダーの方がコストバリューが高いように思えるのだが、実際にはニッチを超えるブレークには至らなかった。

もう1つの大きな理由が米国人のテレビ視聴のスタイルだ。ほとんどの人がテレビ番組を録り残しておこうとは考えない。これはVCR時代も同様で、時間にしばられずに番組を楽しむために録画し、見たら消してしまうのが一般的だ。1~2週間分ぐらいの番組を録り貯められるだけで十分だから、DVR機能付きのセットトップボックスのレンタルが今の主流となりつつある。

有料コンテンツも数あれば安い

米国の場合、放送後すぐに系列局などを含めて再放送されることが多い。学校や職場で、あのドラマが面白かったと話題になった後でも番組表を探せば再放送が見つかる。見逃したとしても、オンデマンドという手があるし、ドラマのようなコンテンツなら新シーズンが始まるタイミングに合わせて前シーズンのDVDボックスが発売される。それが安い。例えば「Heroes(ヒーローズ)」は7月7日現在、Amazon.comでシーズン1が48.99ドル(約5,300円)、8月発売予定のシーズン2なら25.99ドルで販売されている。日本のAmazon.co.jpではシーズン1が2つのボックスに分けられて、それぞれ7,880円だ。

単純には比較できないが、それでも米国はずいぶんと安い。そのからくりは有料サービスの徹底にある。米国家庭の多くは有料のCATVまたは衛星サービスを通じてTV放送を受信しているし、iTunes Storeのようなダウンロード販売やオンデマンドストリーミングなども多くが有料である。このようにハリウッド側が人気コンテンツからあの手この手で料金を徴収する仕組みを用意し、コンシューマも見たいときにお金を払って手に入れるというスタイルだから、格安なDVDボックスが実現する。

それでも、このDVDボックスの価格差を納得できないという人がいるだろうが、その代わり米国にはHDD/DVDレコーダーという便利なAV家電が存在しない。米国人が面白そうな番組をしっかりと録り残しておくような国民性じゃないから、このDVDボックスの価格が実現するのだ。

米国ウケする要素を網羅したNetflix Player

再生主体である米国人の視聴スタイルなら、比較的安全かつ効率的にオンライン配信サービスを展開できる。

米国では最近RokuのNetflixのストリーミングサービス用端末「Netflix Player」が話題だ。生産台数が明らかにされていないが、5月の発売の時に買い逃したらしばらく入手できなかった。

RokuのNetflix Player

NetflixはWebサイトと郵便を組み合わせた月額制のDVDレンタルサービスで成功したものの、DVDレンタル大手Blockbusterなども追随してきたため、メンバーが自由に視聴できる映画のPC向けストリーミングサービスを開始した。タイトル数は10,000本を超える。ストリーミングサービス自体は特にめずらしくはなく、同サービスのスタートは話題にならなかったが、このサービスをテレビで楽しめるようにするNetflix PlayerをRokuが発売したことで評価が一変した。Netflix PlayerはHDMIまたはコンポジットでテレビと接続し、有線LANまたは無線LAN(802.11b/g)でインターネットにアクセスする。価格は99.99ドルだ。

セットアップが簡単、AppleTVのような競合製品に比べて本体価格は安く、いつでも自由に10,000タイトル以上の映画やテレビ番組にアクセスできる。実際にはNetflixのメンバー(月額17ドル程度)である必要があるし、ブロードバンド接続が不可欠だ。サービス利用のコストは少なくない。しかし、すでにインターネット利用者であるNetflixメンバーにとっては無料サービスのように思える。Netflix Playerは、かつてのTiVo同様に米国人の家電選びのツボを的確にとらえた製品といえる。パソコン内のメディアにアクセスとか、音楽も再生可能というような余計な欲を出していないシンプルさも米国人向きだ。

ここに来てRokuとNetflixのかけひきが報道され始めた。Rokuはプログラムの一部をGPLライセンスで公開すると共に、Netflix以外の動画配信サービスへの対応を示唆している。注目はNetflixの方で、ストリーミングサービス対応機器を拡大するべく、Microsoft(Xbox 360)やSCEA(PlayStation 3)と交渉しているという。15日から始まるE3で、どちらかが(どちらも?)発表するのではないかと注目されている。最新世代のゲーム機はWiiをのぞいて、一般的な米国人が気軽に家電を購入する価格帯を超えている。Netflix Playerと同等の機能は実質99ドルの値引きに相当するので、ゲーム機本体の購入にふみ切らせる大きな材料になる可能性が高いというわけだ。