今回は花王株式会社におうかがいしました。花王は、シャンプー・化粧品・洗剤など毎日の生活に関わる商品を開発・展開している企業です。
お客様の声に応えることのできる商品の開発や展開にはマーケティングが必要となってきます。マーケティングにおいて、どんな数学が使われているのか、花王株式会社マーケティング開発部門の本間充さんと永良裕さんに、お話をうかがいました。
-本間さん、永良さん、本日はよろしくお願いします。マーケティングという言葉はよく聞くのですが、どのようなお仕事なのでしょうか?
永良さん:基本となるのは「お客様とのコミュニケーション」です。商品の良さや、商品に込められた思いをお客様にわかりやすく伝えます。同時にお客様の声を聞き、より良い商品作りに役立てるということだと考えています。
-ウェブマーケティングという言葉も最近よく耳にしますよね。
永良さん:はい。ウェブというのはお客様が何時何分にサイトを訪れた、商品を購入したなどの情報がわかるという特長があります。
本間さん:その情報を1人ひとりのニーズにあった商品作りに生かすことができるのです。ウェブが生活に欠かせないものとなった今、新しいお客様との関係が築けるのではないかと考えています。たとえば弊社はたくさんの商品を扱っていますが、それらを組み合わせてお客さまの生活ニーズにあった提案ができるようになるかもしれません。
-なるほど、ますますマーケティングの考え方の需要は高まっているというわけですね。そのマーケティング、実は数学と深く関わっているという話を聞いたのですが。
本間さん:はい、マーケティングと数学は深い関わりがあります。それは、大学で数学を専攻していた私のような人間が、マーケティング開発部門に所属しているということからもわかりますね。
-本間さんは数学を学ばれていたんですか!
本間さん:はい。私は北海道大学理学部の数学科で、偏微分方程式の解などを研究していました。
-本格的に数学を専門として学ばれていたんですね。本間さんの数学の力が、マーケティングの分野ではどのように生かされているのでしょうか?
本間さん:昔ながらのマーケティングというのは言葉で語られることが多いものでした。イメージや印象による表現ですね。ところが、それは伝達という意味ではあまり優れた形体ではありません。自分の頭の中にあっても、それを共有することが難しいからです。
永良さん:たとえば1人のカリスマバイヤーがいたとして、その人は高いクオリティの仕事できるかもしれませんが、他の人に仕事を引き継ぐのは難しいというようなことです。
本間さん:そのカリスマバイヤーのやり方を論理に落としこめたとしたら、まったく同じクオリティとまではいかなくても、引き継いだり共有したりすることはできますよね。その論理がまさに数学なんです。
-たとえば、グラフや図による提示・統計のようなものですね。
永良さん:はい。みんなが使える説明書を作るといった表現に近いのかもしれませんね。
本間さん:科学の世界で重要となるのは、論文を読んで、違う人が実験しても同じ結果が求められる再現性です。これまでのマーケティングでは、その再現性がなく、人事異動で人が入れ替わったときに、マーケティングの手法を引き継ぐことはできませんでした。
永良さん:温度や湿度などの気候、男女比、年齢層や日付など、ものが売れるときにはそのようなデータとの関連づけができるはずです。
それができれば、よりお客様がほしいと思うタイミングや場所で、ぴったりの商品を提供するためのマーケティングが可能になってくるわけです。
-お話を聞いていると、数学は人に広く伝えるための言葉の1つなんだなという気がしてきますね。
そうですね、数学とは現象を計算で理解するための道具、言語のようなものですね。
-本間さんや永良さんはどのようにして数学の重要性に気がついたのですか?
本間さん:僕の場合、小・中学校のときはあまり数学が得意ではなかったんです。集中力のない子どもでもあったので、よくケアレスミスを連発していました(笑)。先生に恵まれて、それまでの算数を全部やり直した結果、得意科目になっていきました。センター試験の数学はほぼ満点というぐらいでした。
-それはすごいですね!
本間さん:数学って現象を書くということなんですよね。物理と比較するとわかりやすいです。現象を抽象化して理解するのが物理、抽象を現象化して理解するのが数学ということです。これは企業ではとても使える考え方ですね。
永良さん:僕も大学で情報を専攻し、プログラミングなどに関わってきたので数学とは切っても切りはなせないですね。私たちがふだん使用するコンピュータなどはまさにそうですが、数学を使って世の中にどんな影響を与えることができるのかという考え方はとても大切だと思いますよ。
-社会で役立つ数学ですね。
ウェブの時代に入ったことで、これからは数学を使える人のニーズがどんどん増えてくると思いますよ。実際にドイツでは数学者が足りないという現象も起きているそうです。また、変化のスピードが早い世の中ですが、数学を使って理論をしっかり組み立てておけば、対応できるわけです。
永良さん:いま、数学が得意な学生の方には、さまざまな分野で自分の力を試してほしいですね。
-本日はお忙しいなか、貴重なお話をありがとうございました。
「数学は言語」という本間さんの考え方は、非常に納得いくところがありました。数学は現象を表すときに使え、書いたり話したりするよりも共有しやすい、普遍性をもたせることができる言語とだと思いました。
紙の上での勉強だけでなく、若い学生の方にもそういった観点から数学に取り組んでいってくれれば、日本の未来はもっと楽しくなりそうですね。
今回のインタビュイー
本間充(ほんま みつる)(右)
花王 株式会社
マーケティング開発部門
デジタルマーケティングセンター
デジタルトレード室長
永良裕(ながら ゆたか)(左)
花王株式会社
マーケティング開発部門
マーケティング開発センター
デジタルビジネスマネジメント室長
このテキストは、(公財)日本数学検定協会の運営する数学検定ファンサイトの「数学探偵が行く!」のコンテンツを再編集したものです。
(公財)日本数学検定協会とは、数学の実力を図る数学・算数検定の実施をはじめ、数学に関する研究や講習会、普及、啓発活動を通じて数学的な思考力と応用力を提案する協会です。
数学検定・算数検定ファンサイトは、(公財)日本数学検定協会が開設する、数学好きが集うコミュニティサイトです。 社会と数学との接点や、数学教育に携わる人々の情報交換など、数学を軸により多くの示唆と教養を社会に提案していくために生まれました。本コラムのベースとなった「数学探偵が行く!」をはじめ、数学を楽しみながら学べるコンテンツをたくさん運営中です。