宇宙に巨大な帆を広げ、太陽の光をいっぱいに浴びて航行するソーラー・セイル。宇宙ヨット、宇宙帆船など呼び方はさまざまあれど、燃料を使わなくても宇宙を航行できる利点があることや、まさしく帆船をイメージさせる優美な姿などから、古くからSF小説などでおなじみだった。

しかし実際には、その帆をつくる技術や、展開させる方法などが難しく、長らく実現しなかった。しかし2010年、日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)が打ち上げた「IKAROS(イカロス)」によって、ソーラー・セイルを使い、太陽光だけで惑星間空間を飛べることが世界で初めて実証された。IKAROSはさらに、液晶の透明度を変えることで機体の姿勢を制御する仕組みや、帆の表面に貼り付けた薄い太陽電池による発電の実証にも成功。ソーラー・セイルが本当に太陽光を受けて宇宙を飛べることだけでなく、その帆を使った発電をも組み合わせた、「ソーラー電力セイル」という技術が宇宙航行で使えることも証明した。

そして今、IKAROSを生み出したJAXAの宇宙科学研究所(ISAS)では、IKAROSよりもさらに大きく、より本格的な宇宙航行を目指した"本番機"となる「ソーラー電力セイル探査機」の研究が進んでいる。ISASは7月13日、相模原市立総合体育館において、そのセイルの実寸大モデルを広げ、製作精度の確認や、セイルに搭載機器を貼り付ける実験を行った。

ソーラー電力セイル探査機の打ち上げは2022年ごろを目指しており、その目的地は、「木星トロヤ群」と呼ばれる宙域にある小惑星である。

JAXAの宇宙帆船が目指す太陽系大航海時代。はたして、木星トロヤ群の小惑星にはいったい何があるのか。そしてソーラー電力セイル探査機はIKAROSから何が変わるのだろうか。

ソーラー電力セイル探査機による木星トロヤ群小惑星探査の想像図 (C) JAXA

7月13日に広げられたソーラー電力セイルの実寸大モデル。これだけでも実機の1/4しかない

木星トロヤ群というところ

太陽系第5惑星の木星。大きさ・質量ともに太陽系の惑星の中で最大で、その大きさのおかげで、望遠鏡を使えば比較的簡単にその姿を見ることができ、表面に見える縞模様は、いつ見ても息をのむ。

しかし、地球からの距離は平均で約7億5000万kmも離れており、光の速さでも40~50分ほどかかる。先日、木星に到着したNASAの探査機「ジュノー」は、強大な打ち上げ能力をもつロケットで打ち上げたにもかかわらず、到着まで約5年もかかった。地球から見て木星の手前にあたる火星であれば半年から1年ほどでたどり着けることを考えると、その距離は途方もない。それだけの時間、宇宙を飛び続けても壊れない探査機をつくり、そして運用を続ける苦労は、想像を絶する。

JAXAの「ソーラー電力セイル探査機」が挑むのは、まさにそんな過酷な木星圏への旅である。

ただ、ここで注意しないといけないのは、ソーラー電力セイル探査機が目指すのは木星そのものではないということである。目指すのは、木星が太陽をまわる軌道(公転軌道)の上の、「木星トロヤ群」と呼ばれる宙域にある小惑星である。

小惑星というと、探査機「はやぶさ」が訪れた「イトカワ」で有名で、現在はその後継機の「はやぶさ2」が、小惑星「リュウグウ」を目指して航行中だが、これらの小惑星と、木星トロヤ群にある小惑星はまた別なものである。

イトカワやリュウグウは「地球近傍小惑星」と呼ばれる、太陽のまわりを回りながらも、その過程で地球に接近するような軌道にある小惑星である。地球に接近するということは、タイミングさえ合えば比較的探査機を送りやすいということを意味している。

一方、木星トロヤ群というのは、木星の公転軌道上の、太陽と木星と正三角形をなす場所のことである。専門的な言葉でいうと、太陽・木星系のラグランジュ点のL4とL5を指す。

ここは太陽の重力と木星の重力、そして物体にかかる遠心力の3つの力が釣り合うため、物体、つまり小惑星などが安定して存在し続けることができる。実際、下図のように、木星の公転軌道の前方と後方の、太陽・木星との位置関係がほぼ正三角形になる場所に、小惑星が多数集まっていることがわかる。その数は、これまでに発見されているだけで実に6000千個を超える。ちなみに、ラグランジュ点やトロヤ群といったものは、大きな質量の天体が2つあれば成立するため、木星だけに存在するものではない。実際にこれまでの観測で、海王星や土星、地球にも少数ながら、トロヤ群小惑星が存在することが確認されている。

木星トロヤ群の場所を示した図。中央に太陽、右に木星があり、それと正三角形となる図の上下に、小惑星(黒い点)が集まった場所がある (C) Carnegie Institution for Science

木星トロヤ群小惑星の想像図 (C) NASA/JPL-Caltech

木星トロヤ群小惑星はもちろん地球には接近しないため、イトカワやリュウグウへ行くよりも、はるかに時間も労力もかかる。ではなぜ、わざわざ木星トロヤ群の小惑星まで行く必要があるのだろうか。

木星トロヤ群小惑星はどこからやってきたのか?

その理由は、木星トロヤ群小惑星がどうやってできたのかを巡って、ある壮大な説があることにある。

太陽系は今から46億年ほど前にできたとされる。太陽系のもととなったガスや宇宙塵の大部分は太陽になり、残りは太陽のまわりを回りながら徐々に集まって、衝突や合体を繰り返し、現在の地球や水星、火星、木星といった惑星ができ、さらに小惑星や、それらのまわりを回る月などの衛星もつくられていったと考えられている。

かつて木星トロヤ群の小惑星も、この流れに沿い、木星やその衛星がつくられていく過程で余った残骸からできたと思われていた。ところがそれでは説明のつかないことも多く、そこで2005年に「ニース・モデル」という新しい説が登場した。この説を提唱したのがフランスのニース(Nice)の研究グループであったため、こう呼ばれている。

このニース・モデルによると、木星系ができたときの残骸はたしかに過去にはトロヤ群にあったものの、それは後に弾き飛ばされ、その代わりにエッジワース・カイパーベルト天体(EKBO)という、木星はもちろん海王星よりも外側にある天体がやってきて、現在の木星トロヤ群小惑星になったというのである。

もう少し詳しくみていこう。まずニース・モデルは初期条件として、木星・土星・天王星・海王星といった外惑星は、今よりも全体的に太陽系の内側で形成され、またEKBOも今より内側まで存在していたと考えられている。つまりかつては、木星や海王星といった惑星やEKBOの位置は、現在の私たちが知っている位置とは大きく異なっていた、ということに注意する必要がある。

その後、それら惑星が現在の位置へ向けて惑星が大きく移動する出来事が起きた。海王星はかつてEKBOがあった領域まで移動し、EKBOを重力的に散乱させる。そしてEKBOの軌道が大きく乱れた結果、多数のEKBOが太陽系の内側までも降ってくる。そのとき、軌道が安定している木星のトロヤ群に捕まえられたものが、現在の木星トロヤ群小惑星になった、というのである。

かなりダイナミックな、少し想像しにくい仮説だが、たとえば現在の惑星のそれぞれの位置関係や、後期重爆撃期と呼ばれる、かつて太陽系の星々に大量の隕石が降ってきたと考えられている時期などは、このニース・モデルを使えばうまく説明がつくため、太陽系の起源を説明するシナリオとして、改良が加えられつつ有力視されている。

ニース・モデルの正しさを求めて

このニース・モデルが本当に正しいかを確かめるには、実際に木星トロヤ群小惑星へ行き、その組成などを調べる必要がある。ISASのソーラー電力セイル探査機は、まさにそれを狙っている。

木星トロヤ群にある小惑星が、本当にかつてEKBOだったものなのかを確かめるには、現在火星と木星のそれぞれの軌道の中間に位置する、小惑星帯(メインベルト)の小惑星と比べる必要がある。小惑星帯にある小惑星は、木星の重力の影響で惑星になれずに残った残骸と考えられており、つまりかつての木星トロヤ群小惑星の起源説である、木星系に取り込まれずに残った残骸とほぼ同じだと考えられている。もし両者を比べて明確な違いがあれば、現在の木星トロヤ群小惑星がEKBOからやってきたと言える可能性が高まる。

その違いの識別のため、ソーラー電力セイル探査機では「軽元素の同位体比の測定」と「水質変成の有無」を調べることが考えられている。

まず軽元素の同位体比の測定からみていきたい。同位体とは、同じ元素で質量数の違うもののことで、化学的性質は同じだが物理的な重さが異なっている。原始太陽系のガス雲中で、ある元素がガスから凝縮して固体になり、その固体から蒸発・昇華でガスになるとき、共存する固体とガスで同位体の重さに違いが出る。一般に固体のほうが重い同位体が多くなるものの、温度によってその割合に違いが出る。たとえば水素の同位体比では、太陽系の平均値(太陽や木星のガスの値)に比べると、地球や小惑星は1桁ほど重い同位体が多く、彗星など外惑星物質はさらに数倍高い値になっていることが知られている。

そこで木星トロヤ群小惑星にある軽元素を、高精度の質量分析計によって調べることで、太陽系の内側領域起源なのか外側領域起源なのかを調べることができるのだという。

もうひとつの水質変成の有無とは、まず太陽系の内側に入った天体は、太陽光の影響などで加温され、鉱物と水(氷)が反応(水質変成)し、粘土のような含水鉱物になると考えられている。一方で、できてからずっと太陽から遠方にあると水質変成が生じない。そこで、天体の赤外線の吸収スペクトルを計測することで、同じく太陽系の内側領域起源なのか外側領域起源なのかを調べることができるのだという。

多くの時間と労力をかけてまで、木星トロヤ群に行かなければいけない理由はわかった。しかし、どうして「はやぶさ」のような形の探査機ではなく、ソーラー電力セイルという、少し変わった形の探査機をつくる必要があるのだろうか。そこには、とくに日本が置かれた難しい事情がある。

ソーラー電力セイル探査機による木星トロヤ群小惑星探査の想像図 (C) JAXA

(第2回へ続く)

【参考】

・ソーラー電力セイル探査機による木星トロヤ群小惑星探査計画について
 http://www.hayabusa.isas.jaxa.jp/kawalab/files/documents/
20160615SPS_introduction_ver1.1.pdf
・JAXA | 小型ソーラー電力セイル実証機「IKAROS」
 http://www.isas.jaxa.jp/j/enterp/missions/ikaros/index.shtml
・The impact rate on giant planet satellites during the Late Heavy Bombardment in the Nice 2 Model
 http://www.lpi.usra.edu/meetings/lpsc2013/eposter/2772.pdf
・List Of Jupiter Trojans
 http://www.minorplanetcenter.net/iau/lists/JupiterTrojans.html
・The Nice Model
 http://www2.ess.ucla.edu/~jewitt/kb/nice.html