IT技術系人材の中途求人倍率は史上最高値の10.8倍
2019年8月に内閣府が発表した「景気動向指数」の基調判断では、景気後退の可能性が高いことを示す「悪化」に下方修正されました。このことには、米中の貿易摩擦が不透明さを増しているため海外経済が減速し不透明感が一段と強まっていることや、消費税の引き上げによる個人消費の落ち込みが影響しているとレポートされています。
しかし、IT業界の転職求人市場は積極的で、留まることを知りません。dodaエージェントサービスのデータによると、2019年8月のIT・通信業種の求人倍率は8.33倍で、全体求人倍率の2.79倍と比較すると遥かに高いです。特に、IT・通信業種の技術系に限ると、求人倍率が10.83倍で、2014年4月に記録した最高値を更新しています。これは驚異的な数値です。
それを裏付けるように、2019年度の下期がスタートする10月に入ってからも、多くのひとり情シスの方々から転職の知らせが届きました。会社のITプロジェクトが峠を越えメンテナンス主体になって最新の技術に触れられなくなることが、ひとり情シスの方が転職する表向きの理由として多いです。しかし実際のところは、人間関係の構築上の悩みや、自身が正当に評価されていないことへの不満などで退職を決意したと聞きました。本人が考えて次のステップに進む決断したことは、尊重すべきことかと思います。しかし、IT系職種の転職機会が多種多様に増加するほど、転職後のスキルのミスマッチも増えてきています。仕事にフィットするまでには多大なエネルギーを費やすケースも多くなっています。今回は、大企業子会社のひとり情シスに対して参考になる対策を実施している企業についてのお話です。
コミュニケーションが取りにくい職場を改善
当たり前のことですが、定期的なワンオンワンミーティングを実施するなどして、十分なコミュニケーションを取ることが重要だと多くの方が語っています。独立系企業から大企業子会社に転職したひとり情シスの方から、「そもそも、上司と顔を合わす機会も少ない」というお話をよく聞きます。総務部長や管理部長が上司のことが多いのですが、社長や役員が上司のこともあります。社長や役員は、親会社とのコミュニケーションに多くの時間に費やさなければならない人たちです。同じ100名の企業でも、独立系の中小企業と大企業子会社の場合では、管理職の動きが異なります。大企業子会社の場合では、必然的に上司と情シス担当者とのコミュニケーションが希薄になります。
また大企業の親会社から出向している上司の場合、突発的に人事異動の決定がされることもあります。海外へ赴任することもあり、ほとんど引き継ぎに時間が取れないという事態も少なくないようです。そのため、部下のほうからの打ち合わせの記録などを残しておいて、次の上司に情報提供するようなことなども考えておく必要があります。本来、上司がすべきことですが、大企業子会社の上司と部下であるひとり情シスはコミュニケーションする時間が絶対的にないことを肝に銘じておくべきです。
上司がITに詳しくない場合でも、月に1回昼食を共にすることや、半年に1回はサイバーセキュリティ関連のセミナーに上司と共に参加して、その後に一杯やるなどを決めごとにしたら、コミュニケーションが大きく改善されたとお話しされる方もいました。通常の業務では切り出せない時間を、上司とひとり情シスで共に作り出すことが第一だと思います。
グループ企業内でのローテーション
技術的な向上をし続けたいと思う方が情シスには多いです。大企業子会社であっても、中小企業規模の会社では新しいIT技術に触れることができるような心を常にくすぐられる新しいプロジェクトが次々にあるわけではありません。プロジェクトが一段落してしまうと、自身の技術的スキルが高まらないことに不満を覚え、転職を考えてしまうことがあります。そして、新天地を求めてグループ外に転職することが多いです。
しかし大企業グループ全体として考えると、企業グループ外への情シスの異動は社外への人材流出に相当します。企業グループとして創業者の考えや行動規範、仕事の仕方、カルチャーの類似性、さらにグループとしてのITガバナンスを情シスの方々は理解しているわけですから、大きな損失です。そこで、対策をとる会社も出てきています。
ある大手企業では人材紹介会社がグループ傘下にあり、グループ企業の情シスが転職を考えたら、グループ企業の中で自身のキャリアに合致するものを紹介されるようです。新技術の立ち上げ時期のプロジェクトが好きな情シスの方もいれば、成熟したビジネスでコンサルティティブに課題を解決するのが得意な方もいます。最適な仕事をグループ内で見つけられるという、企業グループのスケールメリットを発揮する動きがあります。
さらには、定年退職後のシニア活用もグループ内で行われ始めています。定年退職後の本人のワークライフの計画に合わせた再雇用という形での人材の活用できることが、大企業グループの強みだと思われます。迫りゆくIT人材不足の対策としても有効で、是非ともそのような方向が盛んになってほしいと思います。
社内でのキャリア形成
ひとり情シスの方の中には、技術だけではなく、会社の経営サイドへの支援ができる仕事を目指す方も増えています。ある調査によると、ひとり情シスの17.6% がITの知識や経験の上に総務・経理・人事などの管理部門へのスキルを高めていきたいと回答しています。また、7.4%のひとり情シスが、経営企画などの経営そのものに関与する仕事に強い関心を持っています。本人の多大な努力を必要としますが、そのようなキャリアを現実のものとして進んできている方も増えています。やはり、大企業の親会社から出向する優れた上司に鍛えられて成長のチャンスを与えられることも、職種や度量の広い大企業子会社ならではのことかもしれません。現に、上司を一生の師と仰ぐ方を耳にすることも多いです。現在の環境下で次のキャリアパスが見えることは理想的と言えます。
社内外の勉強会参加
大企業子会社の情シス部門は、情報不足になるケースがあります。親会社の集中購買などにより近隣のリセーラーなどから購入できなくなり、必要な情報をタイムリーに得られなくなるからです。最近では、グループ会社子会社での情報共有に向けて、IT関係者を一同に集めて全体ミーティングを開催しているという話を聞くことも多いです。とてもいい傾向だと感じます。
しかし、ある子会社のひとり情シスの方は、「勉強会の内容が全く分からず、専門的で高度な内容なのであまり関係なかった」と言っていました。IT系のセミナーに共通する課題でもありますが、参加者に一堂に理解させることはとても難しいのが実態です。実際に困っているのは経験が少ないひとり情シスの方々なので、こちらにも目線を置いた勉強会や相談会の開催を考えてもらうことも切望します。しかし、同時に「情シス担当者は待ちの姿勢ではダメだ」と語る方も多いです。社外のセミナーや勉強会にひとり情シス自身が積極的に参加して、アナログ情報を持ちかえるという気持ちも持ち続けないといけないようです。
給与のベンチマーク
情シス担当者が転職するのは給与だけが理由ではないと思いますが、IT人材不足の中、最近では驚くような給料が情シス担当者に提示されることも多くなってきています。ある会社では、情シスの転職が連続して続き、定着に苦慮していました。ある時、現在の情シスのスキルセットと同等の人を外部で採用するとなると、いくらくらいの給与を提示すべきかを人材紹介会社に確認しました。その結果、大きな給与額ギャップがあることが判明しました。全ての給与ギャップを一度で埋められなかったのですが、社長や親会社などに協議して、数年で調整することにしたら情シスの方が企業にとどまってくれたようです。給料に関する話は、情シス本人からはなかなか言いにくいことです。本当に給料に不満のある場合は、給料アップの交渉などすることなく、静かに次の転職先を決めてしまうものです。そうなる前に、上司や周囲にいる人が情シスの市場価値をベンチマークなどして、ひとり情シスが満足して働き続ける環境を構築してあげられることが理想的だと思います。
社内のシャドーITを探す
大企業子会社でも中小企業でも、ひとり情シスの方が頑張っている姿を社員の方はいつも見ています。今でも理不尽な要求を言われることもあると思いますが、あまりに忙しい姿を見ると、理不尽な依頼をすることが減ると言われています。しかし、解決しなければいけないITの課題はなくなりません。そうなると、ユーザー部門も自分たちで対応しなければいけないということになってきます。最近はITリテラシーが高い方がユーザー部門にいることも多く、以前よりハードル低くシャドーIT的な役割を担うことが可能になっています。PCの活用などを工夫してユーザー部門での活用マニュアルなどを作ることなどから始めていますが、ストレージの格納容量が足りなくなったからファイルサーバーを導入してしまうとか、SaaSを部門で契約してしまうなど、独自路線の動きが激しくなってきています。どこまで黙認するのか、どこから禁止にするのかはとても難しい問題ですが、サイバーセキュリティの関係では簡単には看過できません。
そこで逆の発想として、シャドーITの方を情シスメンバーに迎え入れることも起き始めています。実際、「私は、昔、シャドーITでした」の記事でお伝えしたように、シャドーIT経験者が情シスで活躍しています。事業部の悩みも理解していて、かつ、独学でITを勉強してきた努力家でもあるので、ユーザー部門とコミュニケーションも取れて人気があります。IT人材不足で困っている場合は、もう一度社内を見渡すことも重要かもしれません。
おわりに
中小企業や独立系企業から大企業子会社に転職すると、仕事の仕方や責任範囲に最初は戸惑うことが多いです。しかし、その経験も将来は大きく評価される可能性があります。
定年退職を迎えて新しい仕事を調べ始めると、過去の経験が大きく評価され、中小企業のIT責任者として白羽の矢が立つことがあります。IT全般の知識はもちろんですが、最近は中小企業が海外進出することが多くなっており、法令順守やITガバナンスを理解している人はとても貴重な存在だからです。また、子会社時代に社長などの幹部社員と一緒に仕事をしてきた経験から、経営参謀として経営判断への助言なども有効と見込まれてのオファーとのことです。
また、ひとり情シス向けのセミナーを開催していると、「定年退職したら、ボランティアでひとり情シスの方を支援したい。今まで自分が受けてきた支援をいつかお返ししたい」と言ってくれる方がいます。そのような方には大企業子会社のひとり情シスの方が多いです。心がとても暖かくなる思いです。恐らく、とてもいい職場環境だったのだろうと思います。その方々も新天地で活躍されているものと思います。 3回のシリーズで大企業子会社のひとり情シスの紆余曲折の姿をご報告しました。少しでもお役に立てればと思います。
デル株式会社 執行役員 戦略担当 清水 博
横河ヒューレット・パッカード入社後、日本ヒューレット・パッカードに約20年間在籍し、国内と海外(シンガポール、タイ、フランス、本社出向)においてセールス&マーケティング業務に携わり、アジア太平洋本部のダイレクターを歴任する。2015年、デルに入社。パートナーの立ち上げに関わるマーケティングを手がけた後、日本法人として全社のマーケティングを統括。中堅企業をターゲットにしたビジネス統括し、グローバルナンバーワン部門として表彰される。アジア太平洋地区管理職でトップ1%のエクセレンスリーダーに選出される。産学連携活動としてリカレント教育を実施し、近畿大学とCIO養成講座、関西学院とミニMBAコースを主宰する。著書に「ひとり情シス」(東洋経済新報社)。AmazonのIT・情報社会のカテゴリーでベストセラー。ZDNet「ひとり情シスの本当のところ」で記事連載、ハフポストでブログ連載中。早稲田大学、オクラホマ市大学でMBA(経営学修士)修了。
Twitter; 清水 博(情報産業)@Hiroshi_Dell
Facebook;デジタルトランスフォーメーション & ひとり情シス https://www.facebook.com/Dell.DX1ManIT/」