ひとり情シス社長の「社長の決断」

1980年代のバブル時代の直前、テレビではパソコンやコンピューターなどに豪華なタレントを起用したコマーシャルが流れていました。その中で印象的なのは、 大手コンピューター会社の主力商品であるオフコンで展開された「社長の決断シリーズ」です。昭和の映画界を代表する国民的俳優の森繁久弥氏が扮する中小企業の社長が社員を前にして、「コンピューターを導入します!」という宣言をするコマーシャルです。今でも、動画共有サイトには残っているので、ぜひ見てください。社長が宣言した後に、社員がお互いの顔を戸惑いながら見合わせ、その後狂喜乱舞してコンピューター導入を喜ぶというシーンが残っています。

昨今のデジタル・トランスフォーメーションの実現では、メディアでは、トップの関与が弱いことが指摘されることも多いです。いま思うと、この昭和の時代のような社長のリーダーシップが求められているのではないでしょうか?

社長の年齢の変化

長い間、「社長はITが分からない」と言われていましたが、その状況も徐々に変化しつつあります。帝国データバンクによると、2019年の全国の社長の平均年齢は59.7歳となっていました。この年齢は、1960年以降の生まれにあたります。1960~1970年ごろに生まれた「新人類世代」と呼ばれる人たちです。この年代の人たちには、社会を構成する一員として自覚や責任を引き受けることを拒否し、高尚な哲学や思想を語ることなどもファッション的に取り入れる、一風変わった若者時代を過ごしてきたという特徴があります。また、この世代はコンピュータネイティブ第一世代と言っても大袈裟ではありません。この年代が成人する1980年前後には、Digital Equipment Corporation(DEC)のミニコンピュータ「PDP-11」シリーズが多くの大学の工学系学部に導入されました。さらに裕福な学生は、日立製作所が発売したパソコン(当時はマイコンという名称が一般的)「ベーシックマスターJr.」を購入して、コンピュータプログラミングが自宅でできるという当時としては夢のような環境にいました。

今の世代は、スマホなどのITを意識することなく利用しており、その技術は遥かに高いと思います。ノートPCや携帯情報端末(PDA)など、次々と登場するテクノロジーを試行錯誤して経験していくことで、自然とITリテラシーが高まってきたといえます。これからの世代では、抵抗なくITに取り組める人がほとんどではないでしょうか。また、学生時代の友人達もIT関連企業などに勤務しているという方も多く、様々な情報が得られやすいです。いよいよ、その世代が経営の前線に出てきたと言えます。

ひとり情シス社長の増加

商品やサービスのデジタル化実現を目指すデジタル・トランスフォーメーション(DX)は、大企業の場合は経営管理部門やDX推進部門などの専門組織で行われることが多いです。中小企業ではシステム管理と同様に、デジタル化でもIT部門が駆り出されます。デジタル化に手に負えない中小企業も多いかと思いますが、積極的にITやデジタル化を取り込み業績拡大している会社も増えてきています。現に、最新の日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)は企業IT動向調査報告書のCIO設置率(兼務も含む)について興味深い報告をしています。売り上げ1,000億円の大企業と10億円未満の中小企業の設置率がほぼ同じで、小回りが効く分、CIOの役割を兼務する社長も多くなってきていると言うのです。社長自身が全ての状況を理解して仕様化して、ベンダーなどとも交渉してプロジェクトを実行するようなことも増えているようです。まさに、「ひとり情シス社長」です。

  • 「売上高別 CIO設置状況」(一般社団法人 日本情報システム・ユーザー協会(JUAS) 企業IT動向調査報告書 2019 2019年4月26日より)

2代目社長が先代から経営を引き継ぎ、革新的なITを導入して大成功した事例をたびたび耳にするようになりました。

ある東大阪の中小企業の社長に伺ったお話です。先代の時代では長年取引のある代理店経由で展開するビジネスモデルでした。しかし、ITに詳しかった2代目社長はオンラインサイトでの販売を始めました。未開拓の顧客にリーチして多くの新規取引を獲得することができたことや、取引先台帳の顧客名簿からきちんと過去の取引状況やお客様情報のプロファイルなどに加え、過去の受注トレンドを分析して需給バランスが正確になるような生産計画を立てるなど、大きく利益に貢献しました。しかもお客様個別に小口ロットで提供できる受注体制を構築して、劇的に売り上げも伸ばしました。この社長も当初は「パソコンばっかりいじっている」と笑われ、古参の社員の輪からは離れていました。しかし、自身の仕事が終わってから夜な夜な準備をして、デジタル化を実現したのです。

次は、川崎にある中小企業の会社のお話です。現社長は、研究職を目指して博士号を取得していました。しかし、ポスドクの就職はやはり厳しく、希望する企業からは内定をもらえませんでした。自宅近所の小さな部品メーカーが人手不足で悩んでいたのですが、そのメーカーはたまたま母親の知人の会社でということもあり、紹介されて入社しました。この方は、工学系の研究で培われたITの知識を十分兼ね備えていたので、プログラミングなども自在にこなすことができました。それまで誰もいない状態の「ゼロ情シス」でしたので、様々な部門から要求が来ました。そして、黙々と対応して、社内の誰からも認められて頼れる「ひとり情シス」になりました。そこで前社長が長年考えていたアイディアについて相談されました。その内容は、この会社の職人の経験則をデータ化し、設計の標準化を図りたいというものでした。腕利きのベテラン技術者たちはノウハウを盗まれるのではないかということで、なかなか協力してくれませんでした。しかし、コツコツデータを積み上げていき、設計標準化のマニュアルが完成しました。その後、中途入社の技術者も短期間で戦力になることができました。生産部門でも、プログラミングを自身で行い、数値制御の工作機械にリプレースし、見る見る内に生産性が高まりました。様々なデジタル化により、取引先からの信頼もより向上し、ビジネスが拡大してきました。また、当初はまったく予定していなかったことですが、モノ作りへのIT化も評価され、取引先へのデジタル化のコンサルティングやIT活用の支援ビジネス部門もでき、劇的に会社の業績を伸ばしました。そうして、このひとり情シスは次期社長に指名されました。しかし、ひとり情シスとしての職務を辞める気は全くないようです。

オフコンの失敗から学ぶ

オフコンとは、中小企業や支店などの事業所で事務処理を行うために設計された比較的小型のサーバータイプのコンピューターのことです。もうオフコンという言葉は馴染みが薄くなりましたが、オフィスコンピュータの略称としてそう呼ばれていました。中小企業の財務会計や給与計算、販売管理、生産管理など、全社的な業務処理情報システムとして1970年代後半から1990年代にかけて導入されました。導入企業の60%が200人以下の中小企業と言われ、日本の中小企業が初めて体験したIT化だったと言えます。

この頃の高度経済成長期も今と同じような人員不足でした。そこで、「ひとり分の給与のリース代でオフコンを導入して合理化して生産性を向上しましょう」と盛んに宣伝されていました。経産省が発表した「DXレポート」の中で「2025年の崖」として、複雑化・老朽化・ブラックボックス化した既存システムが問題と指摘されています。この問題にはオフコンも含まれており、40年以上も使われているシステムもあります。

しかしながら、当時は導入したはいいものの60%近くのオフコンが何らかの理由で稼動していないとも言われていました。使うのに苦労して、電源の入らないオフコンに毎月リース料を払い続けたという話は結構聞きます。この失敗に懲りてしまって中小企業がIT化について常に懐疑的になってしまったと言っても過言ではないと思います。

その時のオフコンで失敗した理由を当時の文献で探すと、興味深い示唆が得られました。

● 完璧なシステムを意識しすぎて仕様化できなかった。
● 運用できるスキルセットを持った社員がいなかった。
● 販売側がユーザーのニーズを把握していない。
● SEの人手不足で支援体制が組めない。
● 経営者の後方支援が明確ではなかった。
● 会計関係部門の事前教育が十分なされていなかった。
● 忙しすぎて担当者がコンピューターを利用できなかった。
● データを有効活用することができなかった。
● 担当者が引き抜かれて頓挫した。
● 親会社との親和性がなく、中止した。

など現代でも当てはまる理由が多くあるような気がします。この当時はコンピューターを購入するのも慣れておらず、仕様を決定するまでのプロセスなども明文化されていないため「そんなことは聞いていない」というトラブルがとても多かったようです。そこまでの状況では今はないにしても、明確なゴールイメージを持った運用計画の必要性を痛感させられます。

そこで、冒頭の「社長の決断」です。デジタル・トランスフォーメーションには経営層のコミットメントは重要です。しかし、過去のオフコンの失敗を見ると、勢いだけのコミットメントだけでは不十分のような気がします。二人のひとり情シス社長の成功例のように、人から揶揄されても笑われても何度も何度も試行錯誤を繰り返し、プロジェクト上の問題をひとつずつ潰し、お客様への価値向上と競争優位性を徹底的に追い求めたことが、デジタルを活用してビジネス・トランスフォーメーションの実現に繋がったのだと思います。ひとり情シス社長が、中小企業の事業承継のひとつの姿になっていくことを期待しています。

デル株式会社 執行役員 戦略担当 清水 博
横河ヒューレット・パッカード入社後、日本ヒューレット・パッカードに約20年間在籍し、国内と海外(シンガポール、タイ、フランス、本社出向)においてセールス&マーケティング業務に携わり、アジア太平洋本部のダイレクターを歴任する。2015年、デルに入社。パートナーの立ち上げに関わるマーケティングを手がけた後、日本法人として全社のマーケティングを統括。中堅企業をターゲットにしたビジネス統括し、グローバルナンバーワン部門として表彰される。アジア太平洋地区管理職でトップ1%のエクセレンスリーダーに選出される。産学連携活動としてリカレント教育を実施し、近畿大学とCIO養成講座、関西学院とミニMBAコースを主宰する。著書に「ひとり情シス」(東洋経済新報社)。AmazonのIT・情報社会のカテゴリーでベストセラー。ZDNet「ひとり情シスの本当のところ」で記事連載、ハフポストでブログ連載中。早稲田大学、オクラホマ市大学でMBA(経営学修士)修了。
Twitter; 清水 博(情報産業)@Hiroshi_Dell 
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