世界経済を揺るがす米国トランプ大統領の「相互関税」政策が半導体分野でどのような影響をもたらすかに業界の注目が集まっている。

世界中に広がっている半導体サプライチェーンの影響を考慮せずに「相互関税」をかければ、結局、自国の半導体業界とその利用者にとって不利になる事態となるのは明らかだ。トランプ大統領の狙いは中国に依存しない国内生産体制を構築することのようだが、最近の中国側の半導体「原産地」についての発表は非常に興味深い。

「最終組み立て地が原産地」が業界内での合意であったかつての半導体業界

半導体製造の過程を大別すると、回路をシリコンウェハに造り込む「前工程」と回路を造り込んだシリコンチップを電子機器に搭載するためのプリント基板に実装するためのパッケージングを行う「後工程」に分けられる。

歴史的に「前工程」には高度な技術集約性が要求され、「後工程」では組み立てに必要な労働集約的な要素が強かったが、近年成長目覚ましい生成AI用の半導体では両工程に高度な技術が必要となっているのが現状だ。

私がAMDに勤務していた時代(1986-2010年)では、半導体製品の原産地は「最終工程が行われた場所」、あるいは「テスト終了後、出荷された場所」という解釈が常識であった。その当時AMDの前工程は米国テキサス州かドイツのドレスデン市のファブが担当しており、トランジスタ回路が形成された後、マレーシアの組み立て・出荷テストを行う後工程工場で最終製品に組み上げられ、全世界へと出荷されていた。ということで、関税制度上はこの製品は「マレーシア製」ということになる。

  • AMD Athlon

    「Assembled in Malaysia」のマーキングが見える「AMD Athlon」 (筆者所蔵品)

  • AMD K6-III+

    こちらは同じく「Assembled in Malaysia」のマーキングが施された「AMD K6-III+」

Athlonの人気が沸騰した頃には、マレーシアの工場から空港までの国道で強盗団が頻発し、警官との銃撃戦などがあったことをふと思い出した。

盗まれた製品はグレーマーケットに流れて高値で取引されるケースなどがあって、本社は報告があるごとに、押収したデバイスを解析し、その出どころの解明に取り掛かる。たいていの場合マーキングを偽った「リマーク品」が多かったが、まったくのでたらめのひどい例もあった。下記に掲載するのは完全なまがい品である。細かくてわかりにくいが「Diffused(前工程) in Singapore」と「Made in Malaysia」と2つのマーキングが施されている。私の知る限りでは当時AMDはシンガポールで前工程を行うファブはなく、この製品はまったくのまがい物である事は明らかだが、真ん中にあるチップは何のチップかは謎である。

  • グレーマーケットで発見されたAthlon64

    グレーマーケットで発見されたAthlon64。「Made in Malaysia」とともに「Diffused in Singapore」と書かれているが、当時AMDはシンガポールにファブを持っていなかったので偽造品ということとなる (著者所蔵品)

半導体の原産地を「前工程」に決定した中国の実力

現在ではRFIDなどのトラッキングシステムが発達して、そのチップがどこでどのような工程をたどって、顧客のもとに届いたかが瞬時にわかる仕組みになっているので、こうした牧歌的な例はなくなったと思うが、関税合戦を繰り広げる米中の半導体関税事情では「原産地」がどこになるのかは重要な事柄である。

そんな中で最近、中国のCSIA(中国半導体産業協会)が会員に対し「今後、半導体原産地はウェハ処理(前工程)が行われた国と認定する」というメッセージを発出した。このような重大な発表を業界団体のみでできるわけはないので、中国政府の承認のもとと考えるのが妥当だろう。

この発表を受けて、米国でウェハ処理を行っているIntel、GlobalFoundries(GF)、Texas Instruments(TI)などの米系半導体ブランドは中国への輸出の場合には125%という高関税がかかる、ということになり株価が急落した。

これらの米系ブランドと対照的に、AMD、NVIDIA、Qualcommらの企業は台湾のTSMCがウェハ処理を行っているので、この高関税の対象にはならず、中国ビジネスへの影響は限定的と受け取られているようだ。

IntelとCPU市場で真っ向から競合するAMDにとってはむしろ追い風とも考えられる。もっとも現在市場に出ているIntelのCPUも前工程はTSMCが受託生産しているので台湾製とみなされるが、Intelが現在総力を挙げて取り掛かるファウンドリ会社の将来に大きな影を落とすことは確実だ。世界最大の半導体市場である中国の「原産地」定義の急変は半導体サプライチェーン全体へ大きな影響を与えるだろう。

  • Lunar Lake

    TSMCの3nmプロセス(N3B)をコンピューティング・タイルに、TSMCの6nmプロセス(N6)をプラットフォーム・コントロール・タイルにそれぞれ採用しているIntelの「Lunar Lake」(開発コード名)

この決定の背景には中国内での半導体製造技術の急進展があるのではないかと思う。昨年、中国のファウンドリ企業であるSMICが7nmプロセスレベルの微細加工を実現したことが大きな話題として取り上げられたが、その後も中国内での技術の進化には大きな進展があったと見ることが妥当だろう。

「相互関税」を声高に振りかざす米国のトランプ政権にとっても、半導体分野での今後の関税政策は大きな変更を余儀なくされる事が予想される。

中国向けにダウングレードしたAI半導体「H20」が禁輸対象となったことで、最近NVIDIAは大きな損害が出ることを見越して8000億円近くの巨額の引当金を計上するなど、半導体をめぐる業界の動きは目まぐるしいが、中国企業を含む半導体各社にとって現在確実にできることは、相も変わらず技術の進化にひたすら集中することである。